このマンションには、有名な三姉妹が住んでいる。姓を南さんという彼女たちは、名前を上から順に春香、夏奈、千秋といい、ご近所では実によく知られている存在だ。並んで歩く姿は見慣れたものであり、擦れ違う誰もが笑顔で三人を見送っている。
例えば、末妹の千秋。小学五年生の彼女は、制服の帽子をきちんと被り、ハイソックスの足を一歩一歩確かに進める姿がお馴染みだ。真面目で勤勉で礼儀正しいけれども、言葉遣いがそっけないのが玉に瑕。時折次女に対して暴力行為を働いている姿も多々見かけられ、大人しそうな外見に似合わずアグレッシブだというのが彼女に対する評判だ。しかし千秋はまだ小学生。細い手足や小さな身体は可愛らしいし、特に最近では越してきたばかりの隣人・冬木と共にいる姿が見られるようになり、大人たちの微笑を誘っている。
「あら千秋ちゃん、冬木君、おはよう」
「おはようございます」
「おはようございます」
二人してぺこりと頭を下げて、てくてくと登校していく。あまり会話のない二人だけれども、ご近所さんたちにしてみれば可愛らし以外の何物でもない。小さなカップルさんねぇ、というご近所の間違った認識を千秋が知れば、それこそ怒涛の怒りを見せるだろうが。
次に、真ん中の夏奈。中学二年生の彼女は、短いスカートの裾を翻して、「遅刻だー!」と叫びながら駆けていく姿がお馴染みだ。元気が良くて明るくてムードメーカーだけれども、猪突猛進すぎるところが玉に瑕。成績はそこそこらしいけれども運動神経は良いらしく、あんな子が息子のお嫁さんだったら楽しいでしょうねぇ、というのが彼女に対する評判だ。夏奈は今、中学生。順調に育ちつつある体躯は伸びやかかつ健やかであるし、だからなのか最近では同じ中学らしい少年の姿がマンションの近くで多々見かけられ、大人たちの頷きを買っている。
「あ、あのさ、南っ! 今度の日曜なんだけど、よければ映画でも」
「ああ、今度の日曜は春香に町内清掃に参加しろって言われてるんだった。面倒くさいなぁ」
「じゃあ俺も手伝うよ!」
「そうか! さすが藤岡、おまえはいいやつだなぁ!」
すたすたと歩く夏奈の隣を、美少年に分類されるだろう少年が同じ歩幅でついていく。どう見ても彼が夏奈に片思いしているのは明らかで、ご近所さんたちにしてみれば己の青春を振り返らずにはいられない。若いっていいわねぇ、という感想を夏奈が聞けば不思議そうに首を傾げ、少年はおそらく真っ赤になってしまうだろうが。
そして長女、春香。高校二年生の彼女は、ブレザーのネクタイを綺麗に締め、スーパーの袋を手に帰宅する姿がお馴染みだ。一家を預かる長女らしく落ち着いた物腰は柔らかくて、家事も運動も勉強も出来るという絵に描いたような優等生。おまけに身の回りもきちんとしていて、まさに理想の女性だというのが彼女に対する評判だ。しかし春香はもう高校生。制服が包む身体はすでに十分凹凸があり、所作はもはやいっぱしの女性だ。そろそろ彼氏の一人や二人や五人や十人はいてもおかしくないだろうに、妹たちとは違ってそんな影はマンションどころか町内にも見当たりはせず、大人たちの心配を煽っている。
「あのね春香ちゃん、良いお見合いの話があるんだけどどうかしら?」
「は?」
「春香ちゃんは高校生だけど、早いなんてことはないわよ。会ってみるだけでもねぇ、一回」
「えっと、あの・・・?」
話が見えないといった感じで首を傾げる春香は、やはり魅力的な容姿をしているというのにご近所さんたちにしてみれば男っ気の欠片も見えなくて心配以外の何物でもない。当の春香が知れば、「余計なお世話です!」と非難の声をあげるだろうが。
とにかくこうして南家の三姉妹は、ご近所さんの人気者なのである。
うわさの三姉妹
(保坂先輩は公に姿が見えないので認識されていないようです。)
2008年8月4日