潔くハイヒール





こんなことを言うと怪訝な顔をされるし、嘘だと笑われることが多いのだけれど、シェリルにはいつだって死は身近にあった。ギャラクシーのスラムでゴミを食い漁りながら必死に生を繋いできたのだ。グレイスに見出され、「銀河の妖精」という名声を得てからだって、いつこの脚光から蹴落とされるのか毎日怖くて仕方がなかった。だからこそ逆に自身を磨き、いつだって最高の己であるよう努力してきた。ランカが台頭し、V型感染症が発病して表舞台から追いやられても、来るべきときが来たのだと必死に自分に言い聞かせてきた。屈辱ではあったし理不尽だとも思ったけれど、それでも得られたものもある。死はいつだってシェリルの傍にあった。生はいつだって戦いの先にあった。銃を持ったことがないから、人を殺したことがないから、だから違うなんて言わせない。シェリルは常に戦い続けてきたのだ。誰でもない、自分自身と。
「いくらランカちゃんが真実は違うと訴えても、ギャラクシーのみんなは信じない。実際にランカちゃんはバジュラのために歌っしまって、そのバジュラはギャラクシーに大きな被害を与えてしまったから。人々は信じない。少なくとも、信じるためにはかなりの時間が必要になる」
人々が、世間が、大衆の心が、どんなに複雑なものか、シェリルは知っている。あっという間に移り変わり、過ぎ去ったものには見向きもしない。そんな性質でありながらも、与えられた痛みは永久遠く忘れない。憎しみはマスメディアによって増幅され、ランカへと鋭い牙を向けるだろう。ランカの歌は素晴らしい。だけどそれは認められない。彼女の歌はバジュラの歌だから、ランカの存在は人々にとって受け入れられない。
「皮肉なものね。ランカちゃんに救われたわたしが認められて、救ってくれたランカちゃんが認められないなんて」
「・・・だが、それが責任というものだろう」
「そうね。だから本当は、決着なんてとっくの昔についてたのよ。歌はわたしの勝ち。そして恋は、ランカちゃんの勝ち」
一歩踏み出せば、ハイヒールが硬質な音を立てる。シェリルはその響きが好きだ。自らの足で地に立っている気がする。半歩後ろを歩くブレラは特殊軍人らしく、ひっそりと足音を立てない。アルトのように華やかな、知らず人目を集める気配もない。過去を振り切ってシェリルは進む。
「ランカちゃんには騎士が必要だわ。世間の荒波からランカちゃんを守り、傷つくその心を癒してくれる騎士が。抱き締めてくれる腕と、温かな抱擁が必要。それはアルトにしか出来ないことよ」
「・・・・・・」
「お兄さんとしては不愉快?」
「いや。ランカが責任を負うように、俺も償いをしなくてはならない。それに・・・・・・奴なら、任せられる」
「そうね。アルトだものね」
ふふ、とシェリルは笑う。甘くて優しくて優柔不断な、美しい男の子だった。アルトの抱擁は絶望の底にいたシェリルを救い上げてくれた。一時とはいえ、愛してくれた。慈しんでくれた。戦いの最中という極限状態だったからこその恋だったけれど、彼の優しさがシェリルを支えてくれたのもまた事実だ。恋をしていた。だからこそ、シェリル・ノームという人間は彼を手放すことが出来た。孤独には慣れている。得た恋が、訪れる孤独が、より己の歌を深くしてくれる。分かっていたからこそシェリルはアルトを送り出すことが出来たのだ。
死はいつだってシェリルの傍にあった。生はいつだって戦いの先にあった。シェリルは孤独に慣れていたし、愛されないことにも慣れていた。歌を口ずさめばひとりを忘れることが出来たし、コンサートの熱狂はファンの想いを感じられる。愛され、慈しまれて生きてきたランカとは根本的に違うのだ。シェリルの歌は、銀河すべての人のためのもの。ランカの歌は、たったひとりのためのもの。だから恋は、彼女のものだ。シェリルには歌さえあれば、それでいい。
「ランカちゃんはアルトのために歌えばいい。銀河のためには、わたしが歌うわ。だってそのためにわたしは生きてきたんだもの。生かされたこの機会だって逃しはしないわ。戦艦の先頭に立って歌い続ける。そのためのシェリル・ノームよ」
「ならば、俺がおまえを守る。アルトがランカを守るように、俺がおまえを守ろう」
「あら、あなたに出来る? わたしはランカちゃんと違ってじゃじゃ馬よ?」
「ついていくさ」
無表情だったブレラの顔にかすかな笑みが浮かび、それを見てシェリルも笑った。死と生が傍にあり、毎日は常に戦いだ。恋には破れたけれども、黒星ひとつついたところで己の価値は損なわれない。シェリルはランカとアルト、ふたりともが好きなのだ。彼らが笑顔であれば良いと思う。そして自分には歌う場所さえあれば、それでいい。きっと恋はまたいつか出来るだろう。例えばそれは銀河の果てにいる誰かかもしれないし、今隣にいるブレラかもしれない。未来は輝いている。生き抜けた、それだけで十分だ。自慢のハイヒールで、シェリルは戦艦へのタラップを駆け上がる。
「行くわよ、ブレラ! 銀河中にわたしの歌を響かせるんだから!」
ヒットチャートを独占してやる。高らかに宣言したシェリルについて、ブレラも戦艦に乗り込む。一度振り向いた街のどこかで、ランカとアルトはひっそりと暮らしていくことだろう。それでいい。彼らはひとりを愛するように育てられた生き物だ。そしてシェリルは、大衆を愛するように作られた生き物。
恋はない。だけど愛はある。十分素敵ね。シェリルは笑った。





ブレシェリを推奨してみる。ランカちゃんは多分、そのままアイドルには戻れないと思うのですよ。
2009年7月9日