美味しいと、君が笑った





約二ヶ月ぶりになるらしい学校は、志々尾に大した感銘を与えなかった。長期欠席から顔を出したことでクラスメイトたちの視線を受けたが、話しかけてくる輩はいない。それでも名も知らない女子数人に「お、おはよう、志々尾君」と挨拶され、「ああ」とだけ答えを返した。返してから、学校で良守以外と話したのは初めてかもしれないと気づく。ホームルームを受け、一時間目の授業が始まる前に教室を抜け出した。
「志々尾、さぼるの早過ぎ」
屋上への階段で良守とばったり出くわし、呆れたように目を瞬かれた。彼女は片手に紙バッグを持っている。
「おまえはどうなんだ」
「俺はいいんだよ。おまえ、復帰初日だろ? 怒られるんじゃねーの?」
「別に構わない」
「ならいいけど、教科書くらいは持ってきておけよ? 俺が忘れたとき借りに行くから」
分かった、とは言わなかったが、明日には全部の教科書を持ってくるだろう自分がたやすく想像できて、限は表情に出さずに失笑する。鉄で出来た屋上のドアを開ければ、青い空が広がっている。一段高い給水塔に登ろうと梯子に手をかけ、譲るべきか一瞬考え、けれど先に登った。続いて上がってきた良守は、ぺたりと座るなり「じゃじゃーん!」と持っていた紙バッグを掲げる。
「シフォンケーキだ! 抹茶とスパイスだから甘くなくておまえでも食べられる!」
・・・・・・と、思う。小さく続けられたそれは聞かなかったことにする。どんなに甘いものであっても、良守が作ったのなら元よりすべて食べるつもりだ。気遣いなんて必要ないのにな、と限が思っていると、彼女はいそいそと紙バックから大きめのタッパーを二つ取り出す。水筒に紅茶を入れてきたらしく、紙コップも二つある。それとな、と良守は続けた。
「こっちはパン。明日の朝にでも食えよ」
ビニール袋を押し付けられて、良守と見比べながら開いてみれば、香ばしい焼き目のついたパンがいくつか入っている。ところどころ形が不恰好で、まさか、と限は尋ねた。
「・・・・・・おまえが作ったのか?」
「悪いかよ」
拗ねたように良守は顔を逸らす。
「大体おまえがもっと早く帰ってくるって知らせてれば、手の込んだもん作ったのに」
昨日の今日だから簡単なもんしか作れなかった。良守はそう言うが、限が彼女の家に電話をしたのは昨日の夕方だ。夜には烏森で仕事があった。それでは一体いつ、このケーキとパンを作ったのだろうか。横顔にじっと視線を注げば、ふっくらとした目元に僅かな隈が見える気がする。寝ずに、作ってくれたのだろうか。自分に食べさせてくれるために。
どうしようと限は思った。目覚めてからこっち、泣きそうになることが多くて困る。それも大概、良守に関してばかりだ。じわりじわりと沁みこんでくる温かさに、涙が溢れそうになる。
とにかく一緒にケーキを食べて、その後で前と同じように昼寝をしよう。明日の朝には、このパンを必ず食べる。そう決めて、限は良守に向かって口を開いた。ありがとうと告げるために。





よっしーは、大好きな人には手作りを振舞うタイプかと。
2008年3月1日