愛を知った獣





半月で怪我は完治したが、感を取り戻すのに更に半月かかった。大人たちの手合わせに混ぜてもらい、簡単な任務をいくつかこなし、ようやく納得出来るくらいの動きを取り戻す。鋭い爪を持つ手や足を見下ろし、限はひとつの確信を覚えていた。予兆はあった。あの夜、確かにそれを感じていた。だからこそ限は、頭領である正守に願い出た。
「頭領、俺の完全変化を見てもらえませんか」
「・・・・・・限、それは」
「お願いします。今なら俺は、あの力をすべて俺のものに出来る気がするんです」
禁忌とされている行いを願い出た限に、周囲はざわりとさざめいた。完全変化はすべてを妖と化し、己を制御できなくなると言われている。体内の妖に飲み込まれる者、そして死していく者が多いため、禁じられているそれを限は自ら申し出た。正守はじっと限の目を見つめ、しばらくの後に頷いた。頭領、と周囲の者たちが叫ぶのを、片手を振って押さえ込む。
「ありがとうございます」
限は深く頭を下げた。確信していた。確たる自信が、限の中にはあったのだ。



あの夜。限の知る限り最も甘美な、良守が聞いたら間違いなく怒るだろうが、それでも限にとっては何より幸福だったあの夜。
禁忌だと知っていて完全変化を遂げた。黒芒楼の攻撃を前に、それしか手段がなかった。だけど、すべては限の意思だった。守るために戦う自分を化け物じゃないと言ってくれた良守。人ではない姿の己を前に、強がりかもしれないが「かっこいい」と言ってくれた。隣に並んでくれた。何にも代えがたいあの夜、すべての恐怖は塵となって消えたのだ。
「あれが完全変化・・・・・・」
「・・・・・・すげぇ」
ちりちりと空気が震える。完全変化した姿を見ることは、夜行に属する者とてほとんどない。限が暴走したときのためと控えていた面々が、感嘆のような恐怖のような、そんな呟きを漏らしている。それは正守の問いかけに限が答えたことで、更に驚きを増した。
「限、俺が分かるか?」
「・・・・・・はい、頭領」
意識は明確だ。酷く静かで、すべてを律することが出来る。正守が「結」と唱え、床に結界を作る。五重になっているそれを示し、正守は命じた。
「四つ目の結界まで壊してみろ。一番内側の結界には傷ひとつつけるな」
「はい」
持ち上げた手は相変わらず化け物のそれにしか見えないが、良守が「違う」と言うのならきっと違うのだろう。少なくとも、彼女は違うと言ってくれた。それだけでいい。特別気を張らなくとも、爪はやすやすと四つの結界を切り裂いて消した。残った一番小さな結界は、つややかな立方体を築いたまま床の上にある。歓声と拍手が上がった。
「やったな、限」
常は見上げている正守を、見下ろしているのがとても不思議だった。ぽん、と腕を叩かれて、限は安堵した。やはり予感は正しかった。
「だが完全変化をすることで、おまえの身体にどんな影響があるかは分からない。俺の許可なく完全変化はするなよ」
「はい、分かりました」
「おまえを烏森の結界師補佐に任命する。前と同じように墨村および雪村と協力し、すみやかに烏森を害するものを排除するように」
「―――はい」
膝を着き、限は深く頭を垂れた。じわりじわりと湧き上がってくる歓喜は、おそらく完全変化を自分のものにしたからではない。烏森にまた行けること。その喜びだろうと、限にも分かっていた。
ようやく、ようやく、ようやくだ。この力も、この身体も、この心も、すべてが自分のものになった。後はこれを用いて、大切なものを守りたい。もう二度と傷つけないように。
すべてに気づかせてくれた良守に、与えてくれた良守に、会いたくて仕方がなかった。





気が逸る、足が駆ける、あの場所へ心が向かう。
2007年7月29日