ある晴れた空の下。
ケーキを焼いてきたのだと、監視対象の人物は言った。





神の穀物





転入してからこっち、いつの間にかお決まりの場所となっている屋上で、閃は良守と向かい合っていた。いつもと違うのは二人とも起きていることであり、白い小さな箱を間に挟んでいることである。ケーキを焼いてきたのだと、良守は繰り返して言った。
「ケーキ」
「趣味なんだ。いつかお菓子の城を作るのが俺の夢だ!」
単語を繰り返した閃に、良守は胸を張って今時小学生でも見ないような夢を語る。無理だろ、という言葉が喉元まで出かけたけれども、閃はどうにか飲み込んだ。ケーキの城には住みたくないが、実物を見てみるのは面白いかもしれない。閃は割合と甘いものが好きだった。
白い箱の蓋を開けると、中には手のひら大のホールケーキが収まっていた。生地は茶色く、上面だけ粉砂糖が振りかけられている。学校で食するために最初から切ってきたらしく、ケーキは十字に切り込みが入っていた。
「ガトーショコラだし、手掴みでいいよな」
っていうかフォークなんて持ってきてねーけど、と言いながら良守はペーパーナプキンを使って一切れ掴みあげた。てっきりそれを差し出されるものかと思っていたのだが、どうやら違うらしい。良守はそれを屋上の床に置いた。向かい合っている良守と閃のそれぞれから見て、九十度の位置に。ひらひらとナプキンの端が風にめくれる。
「それ」
「あぁ、志々尾の分」
あっさりとさも当然のように言うものだから、閃はどうしたものかと悩んだ挙句、無言でガトーショコラに手を伸ばした。指先に粉砂糖が移る。しっとりとした生地はそれなりの重みがあり、齧り付くと意外にもビターな甘さが口の中に広がった。この手のケーキはしつこいくらいの舌触りが特徴のはずなのに、それがない。閃は思わず眉を顰めた。
「あんまり甘くないな」
「志々尾は甘いの嫌いだからさ」
またしてもあっさりと、当然のように良守は言う。自身もガトーショコラに食いつきながら、「もうちょっと甘くない方がいいのかな」などと呟いている姿を見て、閃は訳も分からずイライラとしてきた。閃は甘いものが好きなのだ。ガトーショコラだって甘い方が良い。甘いものであるべきだ。どうせ手作りの品を食べるのなら、自分好みのものを食べたい。誰かのために作ったものなんかじゃなくて。
苛立ちのままに手の中のガトーショコラを食べつくし、閃は粉砂糖に塗れたままの手で床の上のケーキも掴んだ。あ、という良守の声など無視して二つ目のそれに歯を立てる。流石に飲み物なしでは辛かったが、全部飲み込み、閃はふふんと胸を反らした。
「こんなに美味いケーキも食わないうちに、勝手に満足して死んでいったあいつが悪い」
ぱちくりと良守の目が瞬かれる。重みを失ったペーパーナプキンが風に攫われて飛んでいく。亡き仲間に対し、いい気味だと閃は笑った。
おまえのために作られたケーキも食べれないで、何が満足だ馬鹿野郎。



残された一切れを、良守は校庭に向かって放った。弧を描いて褐色の菓子は落ちていく。
「今後とも、墨村良守をドーゾよろしく」
了承を示すかのように周囲の空気がざわりとさざめき、ケーキは地面とぶつかることなく烏森の地に吸い込まれた。





良守と、閃ちゃんと限限が好き。烏森もある意味好みです。
2007年6月30日