Last.君との明日への第一歩
結局のところ、十束を襲い、伏見を撃った「無色の王」は、その後第一王権者アドルフ・K・ヴァイスマンの飛行船に乗り込んだことでヒトフタマル協定に違反し、セプター4によって捕縛された。病院で目覚めた伏見が聞いたところによれば、あの夜、伏見の投げた包丁が無色の王の腕に刺さり、それによって十束が撃たれることはなかったけれども、逆に伏見が狙われて脇腹を撃たれたらしい。出血が多くて一時はかなり危なかったんやで、と見舞いに来てくれた草薙に言われても、伏見としては「はぁ」と答えるしかない。とにかく、後を追ってきてくれた八田たちの手も借りて伏見はすぐさま病院に搬送され、どうにか一命を取り留めることが出来た。そうして約二週間の入院の後に、彼女は十束と暮らすマンションに戻ってきたのである。
しかし今、伏見は何故か十束と向かい合ってフローリングの床に正座していた。向かいには、同じく正座して何やら神妙な顔をしている十束がいる。何なんだこの人、どうかしたのか。伏見がそう思っていると、姿勢を正した十束が、深呼吸をひとつしてから口を開いた。
「伏見」
「はぁ」
「まずはお礼を言わせて。俺を助けてくれて、ありがとう」
ああ、そのことかと伏見は納得した。
「別に。無事ならそれでいいです」
「ありがとう。でも、それで伏見が怪我してちゃ元も子もないだろ」
「だって、あのときはああするしかなかったでしょう」
「・・・そうなんだけどね。こういうときは、非力な自分が本当に嫌になるよ」
「いいんじゃないですか、あんたは弱くて。その分俺が強いんですから」
「うん。でもね、俺は守りたいんだ。伏見のことを、ひとりの男として」
気づけば膝の上に置いていたはずの手が十束に握られていて、あれ、と伏見は今更に違和感を覚えた。触れられ方が、何となく違う気がするのだ。確かに十束はスキンシップを好み、一緒に暮らすようになってから、伏見は様々なボディタッチを行われてきた。だから手を握られるなんて序の口のはずなのに、何だかそれが今はやけに落ち着かない。あの、と何となく声を挙げれば、十束は柔らかく微笑んでくる。声はすんなりと伏見の心に染み込んできた。
「好きだよ」
俺もです、と反射的に返しそうになったのは、きっと衝動ではない。紛れもない伏見の本音だろう。だけど想いは声にならず、ただ伏見は唇をきゅっと噛み締めて、十束を見つめ返すしかなかった。膝の触れ合う距離で向かい合い、十束が静かに優しく、けれど強く笑う。
「俺はこの通り弱くて、戦いになるとてんで役に立たなくて、伏見のことを守るどころか逆に守られちゃうような情けない男だけど。これから先も今回と同じようなことがあるかもしれない。だけど」
「・・・・・・」
「伏見のことを、俺の全力で守っていきたい。命だけじゃない。伏見の心も、守っていきたいんだ。伏見を傷つけるものすべてから君を守りたい。そのためなら俺は何度やられたって立ち上がれる」
「・・・うん」
「伏見が悲しいときは一緒に泣きたい。伏見が嬉しいときは一緒に分かち合いたい。辛いときも苦しいときも楽しいときも喜ばしいときも。これから先をずっと、伏見と一緒に生きていきたいんだ」
「うん」
泣くようなことを言われているわけではないのに、伏見の瞳は涙を湛え、ついに一滴が頬を伝った。十束の微笑みが更に優しいものとなり、指の背で涙を拭われる。伏見が思わず瞼を伏せれば、滴は次々に睫毛を濡らした。人は嬉しくても泣けるのだということを、伏見は初めて、実体験として知った。
「伏見、見て?」
目尻をなぞった十束の親指が離れていく。その手は再び伏見の手を握り締める前に、一度隣にあったローテーブルの上へとやられた。いつの間に置いてあったのか、A3サイズの薄っぺらい紙を掴み、ゆっくりとひっくり返す。印字されている文字に、伏見は目を瞠った。信じられないように見やれば、十束は照れくさそうに笑っている。伏見はもう一度、ローテーブルに視線を戻す。すでに半分は十束の文字で埋められていた。氏名・生年月日・住所・本籍・父母の名前、その他色々。届出人のところには、シャチハタではない判まで押されている。そして、証人の欄には周防と草薙の名前が、おそらく彼らの直筆で書き込まれていた。
「後は伏見が書いてくれれば完成だよ?」
「でも、これ・・・」
「『ずっと一緒に生きていきたい』って言っただろ?」
途方に暮れる伏見に、十束はまるで悪戯が成功した子供のような顔で笑った。何度見ても、紙に刻まれている文字は消えない。仰々しいそれは公的な力を持つものだ。婚姻届。その文字をなぞって、十束は再び伏見の手を握った。柔らかく、しっかりと、強く。好きだよ、ともう一度囁いて。
「伏見、俺と家族になろう。俺の奥さんになってください」
二年前、戯れで口にした台詞を、今度は本気で繰り返した。一度は止まったはずの涙が、再び伏見の瞳から溢れていく。後頭部に手を回して抱き寄せながら、ねぇ、返事は、と十束は伏見の耳元で囁いた。答えなんてとうに分かっていたけれども、それでも小さく返された言葉に、十束は蕩けるように眦を下げて笑う。
その日も二人は同じベッドで一緒に眠った。次の日、伏見の姓は変わった。お幸せに、と役所の職員に見送られて照れたように笑い合う二人はどこからどう見ても恋人同士であり、そして仲睦まじい夫婦だった。
リア充お幸せにな! 以上、お付き合いくださりありがとうございました!
2014年11月8日(pixiv掲載2013年3月3日)