10.十二月七日、夜





額に、頬に、瞼に、鼻先に、顎に、こめかみに、耳たぶに。触れる柔らかい羽のような感触を、夢ではなく現実だと認識できるようになったのはいつからのことだろう。割合と最近の気がするが、伏見にはよく分からない。気が付けばいつの間にか、すっかりと十束のハグに慣らされていたからだ。だから、最初は夢だと思っていた。けれど、あれは多分、リアルなのだろう。眠っている自分の顔中に、十束がキスの雨を降らしているのだ。それはやましいものではなく、いや、確かに少しの情欲を感じはしたのだけれど、それ以上に愛情深いものだったから、伏見も特に抵抗することなく睡魔に身を任せて十束の好きなようにさせていた。気持ちいいと感じる気持ちがあったのも事実だ。何で唇にしないんだよ、ともどかしく思ったことは一度や二度ではない。つまり、そういうことなのだろう。恋愛に興味のない伏見でも、それくらいは理解することが出来ていた。
だからかもしれない。赤のクランズマンとしてではなく、この約二年間、誰より十束の傍で、彼を見てきたからかもしれない。同じ時を過ごしたからかもしれない。
「っ・・・!?」
全身を襲った激しい悪寒に、伏見は手にしていたタンマツを落としてしまった。ケースが床とぶつかって音を立てる。けれども、それどころではなかった。血の気が引いていくような感覚が、第六感に訴えている。
「・・・十束、さん・・・?」
手のひらだけでなく、発した声まで震えた。自分の発した弱弱しいそれが耳から改めて伝わり、だからこそ逆に冷静になれたのかもしれない。次の瞬間、伏見はタンマツを拾い上げて玄関に走った。出しっぱなしだったパンプスに爪先を突っ込み、ドアを押し開ける。施錠している暇なんてない。コートすら纏わず、スキニ―パンツに薄っぺらいシャツ一枚で、冬の街へと飛び込んでいく。
目指す場所はひとつだ。久し振りに使う赤の力を全力で解放して、伏見はネオンの輝く夜の街を駆け抜ける。嫌だ、怖いなんて、我儘を言っている暇なんてない。何より恐ろしいのは失うことだと、知っているから。





いやだ! 待って、いかないで!
2014年11月8日(pixiv掲載2013年3月3日)