9.人生における覚悟について
「キングに隠し事はしたくないから言うね。俺、今、伏見と一緒に暮らしてるんだ」
周防に話があるから、とアンナを草薙に任せたバーHOMRAの二階で、十束はついに秘密を打ち明けた。とは言っても後ろめたいものではない。確かに体裁上は良くないかもしれないが、伏見との生活は余りに甘く穏やかで、それを誰かに話すことは十束にとって幸福の暴露でしかない。ベッドに腰掛けていた周防は、やはり些か驚いたのだろう。目を瞠った後に、そうか、と低い声で呟いた。うん、と十束は椅子に座って笑う。
「いつからだ?」
「伏見が八田と喧嘩した後だから、もう一年と九ヶ月になるかな?」
「・・・隠し事はしたくないって言う奴の台詞じゃねぇな。今更過ぎるだろ」
「あはは。だって邪魔されたくなかったからさ」
いけしゃあしゃあと言ってのける十束に、周防が肩を竦める。悪意があってのことではないのだと、周防も理解しているのだろう。煙草に火を点けて一服し、煙を吐き出した後に尋ねてくる。
「・・・元気か?」
不器用な優しさに、十束は笑った。
「元気だよ。ちゃんとご飯も食べてるし、睡眠も取ってる」
「ならいい」
「ありがとう。キングならそう言ってくれると思ってた」
周防も言葉や態度には出さなかったものの、ずっと心配していたのだろう。特に、伏見が吠舞羅を離れることになった直接の原因は、周防との相性の悪さにあったからこそ尚更だ。否、きっと周防にとっての相性は悪くなく、むしろ良いくらいだったのだろう。引き出された伏見の力の大きさがそれを証明している。けれど伏見にとっての相性は最悪に近かったのかもしれない。彼女は周防ではなく、周防の中にある「赤の王」を拒絶した。だからこそ結果的に吠舞羅を去ることになったのだが、周防はそれをずっと気にしていたに違いない。言うのが遅くなってごめんね、と今度は友人の心で十束は周防に謝罪した。だからこそ、次の周防の言葉には思わず笑ってしまった。
「できてんのか、おまえら」
「あはは! 残念! 俺と伏見はそんなんじゃないよ」
「だったら何で今まで黙ってた。八田があいつを探してんの、知らないわけがねぇだろう?」
今度のは疑問ではなく、やや詰問だ。挙げた笑い声を収めて、十束は唇の端を吊り上げる。意外なものを見た、といった感じで周防が片眉を跳ねさせた。それだけ今の自分は剣呑な顔をしているのかもしれないと、十束は思う。意地の悪い顔をしている自覚があった。
「八田に教えなかったのは、教えたくなかったからだよ。やっと傷が癒えてきたところなのに、また八田と会うことで伏見に傷ついてほしくないから。だから、言わないんだ。八田には悪いと思うけどね」
「・・・じゃあ何で今更、俺に言った?」
「それはキングがキングだから」
答えを口にすれば、周防が怪訝そうな表情を浮かべる。王様には分かり辛い気持ちかもね、と付け足して十束は続けた。
「キングの友達として、赤の王のクランズマンとして、戦う準備はいつでも出来てるよ。まぁ、俺は吠舞羅最弱だし? 邪魔だ引っ込んでろって言われるのが定石だけど。でも、キングの頼みなら、俺はいつだって前線に出るよ。その覚悟は出来てる」
「・・・・・・」
「だけど、ごめん。俺はキング以外の人のために戦うときが来るかもしれない。キングの友達で、王様のクランズマンだけど、でも、伏見のことを守りたいんだ。伏見を傷つけようとするすべてのものから彼女を守りたい」
戦闘員としては限りなく無力な自身の手のひらを見下ろし、握り、十束は顔を上げて周防を見つめる。
「弱くて、頼りなくて、力なんてない俺だけど、伏見のことだけはこの手で守りたいんだ。引っ込んでろって言われても、どんなに強い敵が相手でも、伏見だけは俺が守りたい。だからいつか、俺はキングや吠舞羅のため以外に、この力を使う日が来るかもしれない。それをどうか、許してほしい」
頭を下げて請うよりも、周防の目を見据え続けて十束は申し出た。その痛いくらいに真摯な眼差しを受けて、周防は短くなった煙草を灰皿に押し付け、新たな一本を取り出し、指で弾いて火を灯す。白い煙が細く天井へと立ち上っていく。
「・・・やっぱり惚れてんじゃねぇか」
からかいを混ぜて、周防がうっすらと笑った。十束もへにゃりと相好を崩して頬を掻く。
「だって伏見、可愛いんだもん」
「男が『もん』とか言ってんじゃねぇよ」
軽く小突かれた頭を撫でて、十束は笑った。誓いはすでにこのときから胸にあったのだ。実際に口にすることで、それは確かなのだと自覚を持って十束の中に落ちてくる。精々上手くやれよ、という周防の祝福に、頑張るよ、と十束も笑顔で頷いた。
そうしてまもなく季節は冬を迎える。十九歳の伏見の過ごす冬がやってくるのだ。
つまりそれは、十束さんの死亡フラグ回収日がやってくるということだ。
2014年11月8日(pixiv掲載2013年3月3日)