8.求めていた人





十束と伏見の密やかな生活は、誰にも見つかることなく一年と半年を迎えた。伏見は相変わらずインドアな生活を送っているけれども、十束が誘えば買い物だけでなく散歩にも出るようになった。もしかしたら、吠舞羅の誰かに見かけられたこともあるかもしれない。けれど今の伏見は髪も肩を超すくらいに伸びているし、服装もかつてのようにメンズではなく、ボーイッシュではあるがちゃんとレディースを身に着けている。吠舞羅にいた頃の伏見しか知らない人間には、きっと気づくことが出来ないだろう。そんな風に伏見は変化していた。これもすべて、十束のリクエストだ。髪を伸ばしてほしいと言ったのも十束なら、伏見はふんわりとした服も似合うと思うけどなぁ、と言ったのも十束だ。伏見自身がガーリッシュな服は好まないため、店を回っては二人でああだこうだと言い合って譲歩し合って、そして色々と購入している。だから今の伏見はある意味、十束の好み通りの格好をしていると言っても過言ではなかった。もちろん、伏見に似合うから、と十束が思ったのが大前提ではあるけれども。そしてまた、十束の服も伏見が選んでいた。十束もまた、伏見好みの格好をしているのである。おまえ雰囲気変わったなぁ。せやけどその服、似合うで。草薙にそう言われて、十束は本当に嬉しかった。
一緒に暮らし始めて半年が経った頃、伏見が家賃と光熱費を払うと言い出した。伏見はアルバイトはしていないものの株取引で充分に稼いでいるし、十束は親の遺した生命保険に加え、草薙から回ってくるネゴシエーター的な仕事をこなしているため、どちらも金銭面で不自由はない。だけど対等でありたいという伏見の考えを買って、十束は月に約十二万円の家賃を折半し、ガス代を払ってもらうことにした。水道代と電気代は十束が負担し、食費はお互いに二万円ずつ出し合って朝昼は一緒に食べ、夜はそれぞれで済ませることにしている。
そして更に半年、つまりは一緒に暮らし始めて一年が経った日のことを、十束はきっと忘れることはないだろう。今までずっと背を向けて寝ていた伏見が初めて、十束の方に顔を向けて眠ったのである。途中で寝返りを打ったのではない。ベッドに入った最初から、彼女は壁を見つめるのではなく、壁に背を向けて、十束の方を見たのである。そのとき顰められていた眉が照れから来るものだということを、もはや理解出来ない十束ではなかった。指摘したらきっと怒るだろうけれど、スルーされるのもまた複雑だ。そんな伏見の心中を慮って、だけど本当に嬉しかったから、十束は笑って目の前の額にキスをした。腕を突っぱねられてベッドから落とされそうになったのは良い思い出である。あの日からずっと、伏見と十束は向かい合って寝ている。十束の腕は伏見の背中に回されているから、抱き合って、と言った方が正解かもしれない。
そうして更に半年。この日々がとてつもない幸福なのだと、十束は実感している。伏見は親と折り合いが悪いらしいが、十束も実の両親には捨てられ、その後拾ってくれた養父母も母親は夫に愛想を尽かして出て行き、残され十束を育ててくれた父親も数年前に病気で亡くなった。愛情に飢えて育った二人だ。そんな中で伏見は八田と出逢ったし、十束は周防と巡り合った。敬虔なる運命だと思っている。だけど、それでも、心のどこかで泣き叫び訴え求めていた愛情を与えてもらうことは出来なかった。それもそうだと、今は十束も納得している。
腕の中に伏見がいる。穏やかな寝顔が愛しくて、十束は笑った。腕の力を強めて、隙間などなくなるように抱き締める。伝わる温もりを逃さぬように、十束もそっと瞼を下ろした。
求めていたものが、ここには、ある。





これが愛ではなくて何なのだろう。
2014年11月8日(pixiv掲載2013年3月3日)