5.共に過ごす誰かのいる幸せ
十束と伏見の二人暮らしは、意外と上手くいっていた。そもそも、伏見は基本的にインドア派であり、外に出たがらない。今までは八田がいたからバーHOMRAに顔を出していたけれども、その理由もなくなったのだから尚更だ。十束も無理して外に出る必要はないと思ったため、伏見は買い物などの必要最低限を除いて、後はすべて十束のマンションで過すことになった。ワンルームじゃなくて2Kにして良かったなぁ、と十束は契約時の自分を褒めてやりたくなった。
朝ご飯は十束が作って、二人して掃除と洗濯をして、昼ご飯は伏見が作って、そして午後は十束はバーHOMRAへと出かけていく。伏見は部屋でタンマツを利用して株取引をしているらしいが、詳しいことを十束は知らない。一度説明してもらったのだが、よく分かんない、と素直に言ったら、馬鹿を見る目を向けられた。そうだろうとは思いましたけど、と溜息を吐き出す伏見の隣に並んで、のんびりと十束はコーヒーを啜る。
伏見の予定では数日のはずだった滞在は、十束が引き止めて駄々を捏ねたため一週間に伸び、二週間に伸び、三週間に伸び、そして一ヶ月に達した。今となっては伏見ももう、出て行くことは考えていないだろう。ふふふ、と十束は嬉しくなって笑う。何すか、と伏見に怪しげに言われても気にしない。これは自身の成果だと十束は分かっているからだ。
八田は近づきすぎたから駄目だったのだ。寸分の狂いもなく嵌ってしまったからこそ、二人の関係は崩壊した。ならば最適な距離感を見極めつつ近づいていけばいい。そして、それは十束の十八番だった。過去に一度後悔しているからこそ、慎重に、注意深く、全身全霊の気遣いを持って、十束は伏見との距離を縮めている。同居を始めて一ヶ月経った今となっては、寝起きにベッドから蹴り落とされることもなくなったので順調だろう。いや、伏見を知る者からしてみれば驚かれるかもしれない。何たって、十束が伏見を抱き締めて眠ることさえ日常となりつつあるのだから。未だ背は向けられているけれども、十分だよね、と十束は思う。
日付が変わる前にバーHOMRAから帰ることも当たり前になりつつある。電気のついている自室をマンションの外から見上げ、へにゃ、と眉を下げる自分がどんな顔をしているのか知りたいようで知るのが怖い。それでも階段を上る足取りは歌うように軽いのだから誤魔化せはしない。
「伏見ー?」
いつでもかけておくように言ってある鍵を開けて玄関に入れば、数メートルの距離にあるリビングの扉が開いて、伏見が顔を出す。帰って来たときはいつでも玄関まで出てきてくれる。そんな一面があることを十束は知らなかった。靴を脱いで上がり、手を取り、笑う。
「ただいま、伏見」
「おかえりなさい、十束さん」
挨拶できる誰かがいる喜びを知らなかったのは、伏見だけでなく十束も一緒だ。零れる笑みは余りに自然で意識する暇もない。共有できる気恥ずかしさが、日々を幸福で彩っていく。
僕の、俺の、知らなかったもの。
2014年11月8日(pixiv掲載2013年3月3日)