3.触れ合う体温が怖いなんて
濡れた髪のまま出てきた伏見を嗜めて、ドライヤーなんて必要がないから、いつも通り赤の力を使って乾かす。吠舞羅では最弱を誇る十束だけれど、その分小手先の技は得意なのだ。髪を傷めない温度にした手のひらで、ゆっくりと伏見の髪を撫でていく。あんた、変なところで器用ですよね、というお褒めの言葉に十束は笑った。
「そろそろ寝ようか」
そうして日付が変わり、一時間が経とうとしていた頃に十束が言うと、はぁ、と伏見が頷いた。玄関の鍵は帰って来たときに施錠してあるし、ガスの元栓も確認してある。後は電気を消すくらいなのだけれど、伏見がリビングから動かないため十束は首を傾げた。
「伏見、電気消すよ?」
「どーぞ」
「ベッドはこっちだから、早くおいで」
言えば、伏見がきょとんと目を瞬く。けれどすぐさま理解したのか、眉間に皺を刻んで十束を睨み付けてきた。
「・・・タオルケットでも貰えれば、ここで寝るんで」
「駄目だよ、フローリングじゃ身体も痛くなるし。それに夏用の布団ってクリーニングに出したから夏まで開封したくないんだよね」
「ちっ! 適当にそこらへんで寝るんで放っといてください」
「それは無理な話かなー」
にこりと十束は笑った。十束のマンションの作りは2Kである。玄関を入ると廊下がキッチンを兼ねており、洗面所と風呂とトイレがすべて独立しているのが少し自慢だ。浴室乾燥機と追い炊き機能もついており、コンロも二つと一人暮らし用にしては設備が良い。突き当りにある部屋は六畳で、十束はそこをリビングダイニングとしていた。そして左隣に続いている五畳の部屋にはベッドが置いてあり、一応パーテーションもあるけれど常に開放して一間のように扱っている。散らかっているわけではないから、確かに伏見が床で寝るスペースは十分にあるだろう。けれど十束はそうしたくなかった。やましい気持ちではない。伏見を、一人で寝かせたくないのだ。
「シングルベッドだけど、伏見は細いから二人でもいけると思うんだよね」
「・・・・・・」
「襲ったりしないよ。誓ってもいい」
出来るだけ安心してもらえるように、十束は優しく微笑んだつもりだ。おそらく、今日、一緒に寝なければ、これから先にそうすることは不可能になるだろう。万が一可能性があるとしたら、それは恋人にでもなったときだ。だけど伏見に与えられるべきは純粋な愛情による抱擁であり、十束自身がそうしたいと考えている。
「おいで」
強引に腕を引っ張って立たせ、十束はリビングの、次いで寝室としている部屋の電気も消した。カーテンの隙間から差し込む街のネオンがうっすらと室内を照らしてくれる。伏見は自ら動かない。動けない。だから十束は自分のしたいように、ベッドに彼女を座らせると、そのまま肩を押して倒し、壁側へと転がした。そうして自分もベッドに入り、毛布と掛布団を羽織る。伏見の肩がはみ出ないように引き摺り上げて、ぽんぽんと布団の上から優しく撫でた。シングルベッドに二人は、やはり狭い。こちらに背を向けている伏見に、十束は身体ごと向き合った。
「伏見」
腕を伸ばし、肩を越え、その細い身体を抱き寄せる。ひゅ、と小さく息を吸い込む音がして、腕の中の身体が強張ったけれども、十束は気づかぬ振りで拘束を解くことはしなかった。スウェット越し、同じシャンプーを使っているからか、まるでひとつになっているような気さえしてくる。それでも十束の胸に浮かんでくるのは情欲ではなく、慈愛だ。怖がらなくていいんだよ、と分かち合う熱で伝えたい。
おやすみ。伏見の耳元で囁いて、十束は瞼を下ろした。腕の中の身体は未だ緊張を孕んでいて、仕方のないことだけれども、悲しいなぁ、と十束は思った。
八田とも一緒に寝てたはずなのに、どうしてそんなに怖がるの。
2014年11月8日(pixiv掲載2013年3月3日)