2.思いはすべてゴミ箱へ
「どうぞ、入って。散らかっててごめんねー」
「・・・お邪魔します」
十束が無理やり引っ張ってきたというのに、伏見は律儀に断りを入れてからスニーカーを脱いだ。流石にここまで来れば逃げないだろうと踏んで、十束は握っていた伏見の手首を離し、一足先に室内へと入っていく。電気をつけて、もう日も暮れているから開けっ放しだったカーテンを閉めた。取り急ぎ隠すようなものはないけれども、昨日洗濯した服がそのままになっていたので適当にクローゼットに突っ込む。他は、まぁ、大丈夫だろう。おいでおいで、と十束は玄関で所在なさげにしていた伏見を手招きする。
「伏見は夕飯食べた?」
「まぁ、適当に」
「いまいち信用出来ないなぁ、その返事。伏見ってば好き嫌い多いし量も食べないし。今日は遅いからいいとして、明日からはちゃんとご飯を食べてもらうからね?」
「・・・っつーか、何でこんなことになってんすか?」
「だって、伏見がどこで何してるのか気になって仕方ないから。だったら見える範囲にいてくれた方が安心できるし。伏見も寝る場所が確保できて一石二鳥でしょ?」
ほらほら座って、とフローリングの床を叩けば、伏見は諦めたのか、溜息をひとつ吐き出して背負っていたショルダーバッグを下ろした。女の子がその日暮らしを続けるにしては、余りに少なすぎる荷物だ。元より伏見は化粧をしたり服装に気を使ったりする性質ではないが、それにしたって少なすぎるだろう。
「他の荷物は八田のところ? 今度取ってこようか?」
「いいです。あいつももう捨ててるだろうし。特にいるものもないので」
「ふぅん」
伏見はすげなく言い捨てたが、十束は何となく、八田は捨ててないんじゃないかな、と思った。伏見がいなくなった部屋で伏見のものを見つけて、それを怒りに任せて投げ捨てようとしながらも、結局のところそう出来ない八田の姿が容易く思い浮かぶ。きっと段ボール箱にでも詰めて、それを押し入れの奥深くに押し込んでおくに違いない。けれど想像を口にはせず、伏見がいいならいいけど、と十束はこの話題を終わらせた。
「じゃあ俺、先にシャワー浴びてくるね。伏見はテレビを見たり好きにしてていいから。あ、ちなみに出て行くの以外で!」
「はぁ」
「バスとトイレは別だから好きに使っていいよ。冷蔵庫を開けて何か飲んでてもいいし、ゆっくりしてて」
十束はそう言って、ベッドの上に脱ぎっぱなしにしていたパジャマ代わりのスウェットと、クローゼットから取り出した替えのボクサーパンツを持って浴室へと向かう。元より伏見は、中学を卒業してからは一人暮らしを始めた八田のアパートに転がり込んでいたから、今更照れることもないのだろう。控えめに、それでも物珍しそうに室内を眺めている様子を微笑ましく思いながら、十束は部屋を出た。
そして二十分後に戻れば、伏見は出て行かずに、リビングとダイニングを兼ねている部屋でローテーブルに肘をつき、テレビを見ていた。十束が戻ってきたことに気づいて視線を上げる。厚手のパーカーはすでに脱ぎ、伏見はカットソーの姿になっていた。
「お待たせ。伏見もシャワー浴びてきなよ。スウェットは俺のだけどいいよね? 明日にでも買いに行こう」
「いや、何日も世話になるつもりないんで」
「俺は数年単位で伏見の世話をするつもりだけど? 伏見は寝床が出来たくらいの気持ちでいればいいんだよ。とにかく、はい! お風呂行っておいで」
クローゼットを開けて先日洗っておいたはずのスウェットを取り出そうとすれば、先程押し込んだ洗濯物が雪崩を作って落ちてきた。伏見に呆れた顔をされるが、十束は構わずその手にスウェットを押し付けてやる。ゆっくり温まるんだよ、という言葉に返事は返されず、廊下へと消えていく背中を見送った。
「・・・さて」
十束は苦笑して、とりあえず足元の洗濯物を畳むことから始めた。えーと、AVとかどこ仕舞ったっけ。伏見に見つからないところに隠さないとなぁ、なんて呟きながら部屋の片づけに手を付ける。
十束さん、隠すならもっとマシなとこに隠してくださいよ。何でAVがキッチンの棚にあるんですか。
2014年11月8日(pixiv掲載2013年3月3日)