ADAMAS





きらりと視界の隅を掠めた輝きに、淡島は瞳を眇めた。記憶の中にある何かと照合し、数秒後に納得する。視線を感じたのか、カウンターの中でカクテルグラスに餡子を盛りあわせていた草薙が小首を傾げた。
「何や? じっと見てきて、どないしたん?」
「先週の日曜日に、同僚の結婚式があったの」
問いかけに返されたのは理由ではなく唐突な会話の始まりで、草薙は面食らいながらも話を聞く態勢を作った。もちろんその間、注文されたマティーニを用意する作業は続けている。青い隊服ではなく柔らかいシルエットの私服に身を包み、髪を下ろしている淡島は、セプター4の副長ではなく、どこにでもいるうら若き女性にしか見えない。
「職場の女子会とかでも顔を合わせていて、親しかったから二次会に御呼ばれしたのよ」
「そりゃあ目出度いなぁ」
「そうね。同じ部署の後輩の女の子と二人で出席したわ」
ぴくりと、草薙のマティーニを作る手が一瞬だけ止まる。次の瞬間にはすぐに再開されたけれども、その動揺を見逃すような淡島ではない。けれど素知らぬ振りで、彼女は話を続ける。
「式と披露宴は身内だけでやったからかしら。二次会は新郎新婦共にたくさんの知り合いを呼んだらしくて大賑わいだったわ」
「・・・今時はゲームとかビデオレターとかやるんやろ? あんまり出たことないから知らへんけど」
「ええ。レストランを貸し切って盛大だったわね。ビンゴの景品で、選べるスイーツカタログを貰ったの」
「ええなぁ。何にしたん?」
「京都本石是清の和三盆最中詰め合わせ」
「・・・せやな。世理ちゃんやもんな。聞いた俺が阿呆やったわ」
草薙がどこか遠い目をしたけれども、淡島は構うことなく話を進める。本題はこれからなのだ。
「だけど、今時の二次会って出会いの場でもあるのね」
呟けば、草薙の顔から表情が消える。素直だこと、と評判よりも分かりやすい反応を返してくれる吠舞羅の参謀に、淡島は心中で思わず笑った。もちろん、組織間のやり取りではこうはいかないだろう。今回は話題が彼女のことであるからに違いない。
「新郎が男子高出身で、大学でも体育会系サークルに所属していたからかしら。向こうの出席者はほとんどが男性で、随分積極的に声をかけてきたわ。今度合コンでもやりましょう、って」
「・・・世理ちゃん、美人やしなぁ」
「そういう事情が分かってたからでしょうね。新婦が前もって忠告しておいてくれたの。もしも声をかけられるのが嫌だったり、特定の恋人がいるのなら、指輪でも身に着けてきた方がいいって」
「・・・・・・」
「同じ部署の後輩は、指輪はしてこなかったけど、ネックレスを着けて来たわ。どう考えても彼女には大きすぎる、男物のサイズの指輪を通したネックレスをね。ダイヤとプラチナのそれに何を悟ったのか男たちは声をかけてこなかったけど」
ちらり、淡島は草薙を見上げて笑った。
「七歳も年下の女の子に贈るには、余りにも大人げない代物じゃない?」
「・・・あー・・・」
「しかも、伏見は十代よ? あんなにあからさまな牽制なんて、あなたらしくもない」
「・・・こっちも、必死だったからなぁ。あいつ、ほんま八田ちゃんしか見てへんし。俺の存在を染み込ませるまで、どんだけかかったか」
情けない顔で眉を下げて、草薙が笑った。彼自身も少しばかりやり過ぎたと思っているのだろう。うわぁ、恥ずかし。柄にもなく頬を染めて、照れ隠しにマティーニ作りを再開させる。少し待てばすぐさま、グラスは淡島の前へと差し出された。
「・・・あいつ、まだ持っててくれたんやなぁ。てっきりもう、質に出されとるもんかと」
今日はまだ営業時間外のため、スカーフを巻いていなかった。だからこそシャツの合間から見えてしまったのだろう。自身の首元を彩るプラチナのチェーンを指に引っかけ、草薙はペンダントトップの代わりを務めている指輪を手で弄ぶ。伏見のために選び、伏見のために購入し、伏見が身に着け、そして伏見が置いていった伏見の指輪だ。
「そんなに薄情な子じゃないでしょう?」
「せやな。せやけど・・・あかん、顔がにやける」
「あなた、伏見のことになると形無しね」
「しゃーないやろ。ずっと見守ってきたんやから」
「それは保護者として? それとも男として?」
試すような問いかけに、草薙は苦く笑った。想いなど、このネックレスを着け始めた日から、とうに認めている。草薙出雲はずっと、ずっと、伏見猿比古のことを。ずっと、ずっと。
「――男が女に指輪を贈る理由なんか、ひとつやろ?」
今度は冗談でも、建前でもない。紛れもない本気だ。淡島は冷静な瞳で、探るように草薙を見据えていたが、彼の心情を察したのだろう。肩を竦めてマティーニに口を着ける。
「伏見は手強いわよ」
「はは。そんなん、出逢ったときから知っとる」
「うちの敷居は高いから気を着けなさい。室長相手に『おたくのお嬢さんを僕にください!』と言いに来る日を楽しみに待ってるわ」
「『だが断る!』って言われるのが目に見えとるんやけど。あかんわ、尊に応援頼まな」
「そうすると逆に伏見が逃げそうだけれど」
軽口を叩けば、草薙が楽しそうに笑う。その瞳がとても優しい色を湛えて自身の持つ指輪を眺めているのを、淡島は視界の隅で捉えていた。伏見は淡島にとっても優秀な部下であり、そして手のかかる妹のような存在なのだ。草薙なら、まぁ、彼女を下手に扱うことはないだろうし、吠舞羅とセプター4という立場の違いはやや問題になるかもしれないけれど、そこらへんも上手くやるだろう。何より、伏見はもう離れて三年近く経つというのに、まだ草薙から贈られた指輪を後生大事に持っている。セプター4では勤務中の貴金属類の着用は禁止しているため、平時は外しているけれども、きっと部屋ではビロードのケースにでも入れて大切に保管しているに違いない。二次会で指輪を指摘され、少しばかり頬を染めて「貰いものです」と返していた姿を思い返し、淡島は薄く笑った。あのときの伏見は、今目の前にいる草薙と同じ顔をしていた。
「・・・必ず迎えに行くから、待っとってな」
草薙がそっと、指輪に霞めるような口付けを贈った。





いつか、この指輪を本物にする日が来ることを願って。お付き合いくださりありがとうございました!
2014年11月8日(pixiv掲載2013年3月1日)