【 『ADAMAS』を読むにあたって 】
○ 伏見猿比古くんが生まれつき女の子です。女体化です。
○ 草薙さんと伏見♀ちゃんが指輪を買いに行くようです。
○ しかし二人はnot恋人のようです。おかしいな。
○ そんな感じのもったりとした話です。
○ 草薙さんの口調マジ分からんぜよ。関西圏に生まれたかった…。
注意書きを無視して閲覧し、気分を害されても責任は負いかねますのでご了承ください。
それでは何でもいけるという方のみお付き合いくださいませ!
▼ GO!
ADAMAS
バーHOMRAは、二十二時になると十八歳未満の者たちを締め出し、帰路に着かせる。これはゲームセンターなどと同じ、青少年保護育成条例に則った行動だ。いくら吠舞羅がストリートギャングといえど、バーHOMRAはあくまで飲食店舗である。未成年を深夜まで居つかせていると警察に知れたら、営業停止を言い渡されるかもしれない。というか、そもそも子供は夜は寝るべきである。そう考える草薙によって、十八歳未満のメンバーは夜の十時近くになると自然と帰り仕度を始めるように教育されていた。それじゃあまた明日、と手を振って帰っていく若者たちの中、カウンターの片隅でカフェラテの最後の一口を飲み切った伏見も立ち上がる。八田はすでに店の外だ。この後、マックだかケンタだかどこだかで夜食でも買い込むのかもしれない。溜息を吐き出しながら入口へ向かった伏見の背中にに、声がかけられる。
「伏見、明日の昼は空いとるか?」
振り向けば、問うて来ていたのはカウンターの中にいる草薙だ。空いてるも何も、伏見は八田や他のメンバーのようにシフト制のアルバイトをしているわけではないので、時間に融通が利く。草薙もそれを知っているだろうに、聞いてきたのはどうしてだろうか。怪訝に思いながらも、空いてますけど、とぶっきらぼうに返せば、草薙は苦笑を浮かべた。
「ほな、十二時にここで待ち合わせな。昼飯奢ったる」
「・・・何か用ですか」
「それは明日、会うたときにな。気ぃつけてお帰り」
ひらひらと手を振られる。煙に巻かれることは不本意だが、草薙のことだ。これ以上聞いても今何か喋ることはないだろう。伏見は黙って踵を返した。おやすみ、伏見。十束の声を背中で聞いてバーを出た。
そして翌日、伏見は言われた通りにバーHOMRAへとやってきた。しかし昼間のこの時間帯、店は休みである。一応バーの看板を背負っているHOMRAは、夕方五時から営業するのだ。それまでは吠舞羅のメンバーの溜まり場と化しているが、それも主に午後からである。午前中は明け方に店を閉める草薙の休息時間なので、その間だけ静寂が訪れる。クローズドの看板がかかっているバーの前で伏見がタンマツを弄っていると、走り込んできた車がスピードを落とし、目の前で停車する。運転席から身を乗り出し、助手席のドアを開いたのは草薙だ。
「おまっとうさん。乗りぃや」
「・・・珍しいですね。車なんて」
「たまには乗らへんと腕も鈍るしなぁ。伏見、今腹減っとる?」
「別に」
「おまえはいつもその返事やな。まぁ、ええか。ほな先に用事を済ませてまうか」
乗り込んだ助手席で、伏見がシートベルトをきちんと締めたのを確認してから、草薙は車を出した。車に詳しいわけではない伏見だが、右ハンドルから外車ではなく国産車ということは分かる。スポーツカーというわけではないが、ファミリー向けという感じもしない。座席の座り心地の良さと、足を延ばせるスペースに満足感を得ていると、隣で草薙が小さく笑ったのが分かった。何すか、と睨み付ければ、かぁいらしいなぁと思うて、と返される。馬鹿じゃないすか、と吐き捨てて、伏見は窓から流れる景色を見ることに集中した。すでに独り立ちしている伏見は、こうして誰かと共に車に乗ることがほとんどない。吠舞羅のメンバーは車を持っている者の方が少ないくらいだし、一緒にいることが一番多い八田の移動手段はスケートボードだ。だから比較対象もないのだけれど、草薙の運転は上手いのだろうな、と伏見は思う。大きな振動を伝えることなく、車は滑らかに街中を駆け抜けた。
そうして路面店の並ぶ繁華街で車をパーキングに停め、少し歩いて草薙が訪れたのは宝石店だった。入り口にガードマンが立っており、そのような店に入ったことのない伏見は思わずぎょっとしてしまうが、草薙は気にも留めず店内へと足を踏み入れようとする。中からドアマンがガラス張りの扉を開き、出迎えた。
「いらっしゃいませ」
「伏見、おいで」
振り向き、草薙がやや強引に伏見の腕を取った。一歩踏み込んだ店内は柔らかな絨毯が敷き詰められており、目がちかちかとするようなダイヤモンドの輝きがそこかしこに散らばっている。明らかに場違いな雰囲気に、伏見は狼狽えるどころか帰りたくなった。そもそも、こんな店に来るなんて聞いていない。今日の伏見の格好は、いつものデニムにパーカーだ。とてもじゃないが、こんな高級そうな匂いのぷんぷんする宝石店に来られる格好じゃない。草薙はタイこそ絞めていないもののシャツにジャケットという服装をしているから良いが、本来十六歳の少女である伏見が立ち入るには、余りに気後れする場所だった。
それでも店員はやはり接客のプロだ。黒いスカートスーツに真っ白なブラウス、そしてカラフルなスカーフを巻いた女性店員が完璧な笑顔で歩み寄ってくる。
「いらっしゃいませ。本日はどのようなお品をお探しですか?」
「指輪を見たいんやけど。ショーメのを一通り出してもろうてもええかな」
「かしこまりました。少々お待ちくださいませ」
店員が頷き、にこりと伏見に微笑みかけてから奥へと消えていく。広い店内では、他にも一組の男女が何やら店員から説明を受けていた。腕を組んで仲睦まじく、いくつかの指輪を前に笑い合っている様はまさに恋人同士といった感じだ。結婚指輪でも選びに来たのだろうか。そんな場所に、どうして関係のない自分が連れて来られなくてはならないのだろう。伏見は溜息を吐き出し、草薙のジャケットの裾を引いた。
「ん?」
「帰ってもいいですか」
「あきまへん。伏見の指輪を見に来たんやから、本人がおらんとあかんやろ?」
「は? 俺の指輪? 何すか、それ。誰も欲しいなんて言ってないんですけど」
「んー、まぁ、いろいろ理由があってなぁ」
「そのいろいろを聞いてんですけど」
「伏見が気に入った指輪を選んだら教えたる」
「それ本末転倒って言うんですけど知ってます?」
「おまえ、アクセサリーとかつけへんやろ。ひとつくらい持ってたほうがええよ」
「大きなお世話です」
伏見の顔はどんどん険しくなっていくけれども、草薙は彼女の手首を逆に掴んで捕まえて、店内のショーケースを見て回る。逃げることが許されなくなり、伏見は舌打ちした。こらこら、と窘められるけれども、咎められるいわれはない。そうこうしている間に先程の店員が、深いベルベットのトレーを手に戻ってきた。
「ショーメの指輪にはデザインの種類が多数御座いますので、各種一つずつお持ちいたしました。お気に召したものがありましたら、その種類のものをご用意いたしますのでお申し付けください」
「ん、ありがとう。伏見、どれがええ?」
「どーでもいーです」
「こら。おまえの指輪やねんぞ。真面目に選ばんかい」
頭を横から小突かれるが、伏見にとって指輪など興味がない以外の何物でもない。何で自分がこんなこと、と心中で文句を連ねながら、伏見は店員に示されるがままに行儀よく並ぶ指輪たちへと視線を走らせた。すべてが銀色の眩しい輝きを放っている。曇り一つないとは、きっとこういうことを言うのだろう。ダイヤモンドのカラットについて知識はあれど、こうして目にするのは初めてであり、伏見は最初から最後まで見やって、一番上の端にあるものを指さした。
「これ」
「理由は?」
「何となく」
「おまえ、値札を見て選らんだやろ」
まったくこの子は、なんて溜息を吐き出されるけれども、ふざけんな、と伏見は吐き捨てた。それもそのはず、店員が持ってきた指輪は最低金額が三十万円を下らないのだ。八田の一ヶ月のアルバイト代の約二倍。もしくは伏見の一ヶ月の株取引における純利益の約七割。食べられもせず、指に嵌めるしか能のない代物に、何だってこんなに金を費やさなければならないのか。その考えが顔に出たのだろう、ふに、と横から頬を指で突かれた。しゃーないなぁ、と草薙が笑う。
「普段使いやし、あんまりごてごてしてへん方がええかな。せやけど、細すぎてもあかん。伏見の指にやったら映えるけど、なぁ?」
草薙が店員を見やれば、彼女は微笑ましそうに、そうですね、と相槌を打つ。
「それではこちらのプリュムやトルサードなどはいかがでしょう? グットレットも素敵ですが、こちらは少しダイヤが多いので」
「ほな、その三つで他の奴も出してもらえる?」
「かしこまりました」
店員が一礼して、再び奥へと消えていく。その背を見送り、伏見は今度は強めに草薙の袖を引いた。ん、と振り返り見下ろしてくる様に、視線を鋭くして睨み返す。
「理由、いい加減に教えてくれませんか」
「伏見が指輪を選んだら、っちゅうたろ?」
「理由も知らないで何十万もする物を選べるわけないでしょう。俺は別に指輪なんか欲しくないんで、このまま帰ってもいいんですけど」
「我儘な姫さんやなぁ。まぁ、それも当然か」
宝石が海のように並ぶガラスカウンターに向かっていた身体を、草薙は少し伏見の方へと向ける。バーHOMRAのときのように、カウンターを挟まず隣り合っている距離は近しい。見上げるサングラス越しの瞳は柔らかく、伏見は草薙の言葉を待った。
「伏見、この前入ったばかりの奴に言い寄られてたやろ?」
「・・・いつの話すか?」
「一週間前に、しょーもない騒ぎがあったやろ。うちの血気盛んな奴らと、酒に酔った大学生らがぶつかったっちゅう」
言われて伏見は記憶を探る。記憶力の良い頭は事の仔細もそのときのメンバーの顔や名前もすべて覚えているが、興味がないため、この一週間で思い返したことなど一度もなかった。だが、確かに伏見は先日、草薙に頼まれて八田と鎌本他数名と、吠舞羅の新入りと一般人の大学生が起こした喧嘩の仲裁に出向いている。しかし、何故それと指輪が関係あるのか。疑問が顔に出たのか、草薙が先を続ける。
「鎌本に聞いたで。おまえ、そんとき新入りに随分と絡まれたそうやん。絡まれたっちゅうか、口説かれたか?」
「さぁ? 興味ないんで忘れました」
「伏見はうちで唯一の女やからなぁ。まぁ、しゃーないっちゃしゃーないんやけど。美人さんやし」
「どーでもいーんですけど。それが何で指輪に繋がるんですか」
「指輪をしとったら『彼氏おります』ちゅうアピールが出来るやろ。俺もそろそろお客さんに誘われるんがうっとくなって来てたし一石二鳥や」
「大体自分でどうにか出来るし・・・って」
話している間に顰めていた眉を思わず解き、伏見は草薙を見上げた。どないした、と微笑んでくる草薙に呆気に取られるが、後に振り返ってみればそれすら彼の思惑通りだったのだろう。聞き捨てならない言葉に、伏見は反射的に問い返していた。
「・・・草薙さんもするんですか?」
「指輪? するで。ペアやないと虫除けにならへんやろ?」
「・・・それ、どういうことか分かって言ってんですか?」
「分かってへんかったら、こないなとこまで連れてきぃへんよ」
怪訝に不愉快と不理解を混ぜて顔を歪める伏見に、草薙は仕方なさそうに苦笑して肩を竦める。せやけどなぁ、と付け足して、宝石の並ぶショーケースに肘をついた。
「伏見だけが指輪をしとっても、相手がどないな奴か分からへんと牽制の意味がないやろ?」
「だったら美咲でいいじゃないですか」
「八田ちゃんはまだ若いし、言うたらきゃんきゃん吠えるやろうから言わへんけど、ちっこいから、見た目で判断する新入りに舐められることも多い。その点俺やったら一応吠舞羅の幹部やし、腕もそこそこ立つし? 何より年上の社会人やしなぁ。新入りなんかには特にうってつけや」
「十束さんじゃ駄目なんですか」
「あいつやと、実力行使で来られたら対抗出来へん。吠舞羅最弱やからな。まぁ、それを言うんやったらベストは尊なんやけど・・・」
ちらりと、草薙が瞳を細めた。
「伏見、尊とお揃いの指輪したいん?」
「・・・草薙さんでいいです」
「そこは『草薙さんが』っちゅうて欲しいとこやな。どや、伏見。尊とお揃いの指輪するか?」
「草薙さんっ、が、いいです! これでいいんでしょう?」
これでもかと不機嫌な顔で吐き捨てる伏見に、草薙は声に出して笑い、目の前の少女の頭を撫でた。態度にこそ出さないが伏見を気に入っている周防には気の毒だけれども、彼女は王という存在自体に拒否反応を抱いている。大きすぎる力に悍ましさを覚えているのもあるだろうし、何より王も一人の人間だと捉えている伏見は、だからこそ周防との距離を測りかねている。そんなところが逆に周防に気に入られる原因となっているのだが、草薙は教えてやらない。小動物のように震える伏見は愛らしいし、強気に振る舞う様もまた可愛らしいからだ。苦手な周防よりは、まだ草薙の方がマシだと判断したのだろう。伏見は不服に頬を膨らましながらもついに了承を口にした。ぽんぽん、と草薙は柔らかな黒髪を叩く。
「俺も最近、店でお客さんに声かけられることが多くなっててなぁ。光栄っちゃ光栄やけど、お客さんに手ぇ出す気はないし、伏見の件に便乗させてや」
「彼女とか、いいんですか」
「そないなもんがおったら毎日毎日おまえらの相手してへんよ」
「ホモなんですか」
「阿呆なこと言う口はこれかぁ?」
むにぃ、と両手で伏見の頬を引っ張る。細い伏見は肉付きが薄いけれども、頬はやはり少女特有の柔らかさを有している。野菜嫌いのくせに肌は荒れていなくてすべすべで、戯れで触れながらも草薙は感心してしまった。にゃにしゅるんですか、と反論してくる言葉も舌足らずになっていてあどけない。
「お待たせいたしました」
きっと空気を読んでいたのだろう。時間にしたら少し遅く、けれども伏見と草薙の会話が一段落したところで店員が戻ってきた。先程と同じようにベルベットのトレーを手にしており、そこにはイメージの異なる指輪が三列並んでいる。伏見は解放された自身の頬を両手で押さえて、文句の代わりに草薙の革靴の爪先を踏んだ。こいつ、と低い位置にある頭に、草薙は軽く頭突きをしてやる。
「トルサードはアームの部分が螺旋状になっているのが特徴ですね。プリュムは幅が厚く、グットレットは三連のアームに支えられています」
どうぞ、よろしければお手に取ってみてください。店員の勧めに、草薙はほら、と伏見の前にトレーを押しやった。けれど伏見は素手で触る気はないのか、手を伸ばさずにじっと視線だけで指輪を検分している。理由が分かったからだろう。先程までの投げやりな感じではなく、一応吟味しているその様子に草薙は小さく笑った。
「・・・草薙さんは接客業だから、派手すぎるのは拙いんじゃないですか。シェーカーを振るから手も見られるだろうし」
「せやな。ほなグットレットは外すか」
三種の中では最も華やかな、アームの部分にまで煌びやかなダイヤモンドを輝かせている指輪を除外する。残すは細身で精細さを感じさせるトルサードと、幅の広いアームでスタイリッシュな印象を与えるプリュムだ。どちらかと言えばトルサードの方がエンゲージリングの雰囲気ではあるかもしれない。いつまでも指輪に触れようとしない伏見に苦笑し、草薙が逆に手を伸ばした。トルサードの捻られたアームをそっとつまみ、トレーから取り上げる。伏見、と名を呼んで左手を取った。途端に眼鏡の奥の瞳がぎょっとして、今更やろ、と草薙は肩を竦める。先程の話から分かっていただろうに、実際に理解はしていなかったのだろうか。左手の薬指、特別なその指に、草薙はリングを通す。用意された指輪は女性の既製品と同じ十一号のようだが、伏見には少し大きいかもしれない。けれど十分に雰囲気は分かる。
「どうや?」
「・・・何か、変な感じ」
「似合うとるよ」
戦うときはナイフを握り、タンマツでのハッキングを軽々とこなし、決して褒められるわけではない行為をいくつ重ねていようとも、やはり伏見の手は少女のそれだ。美しい指輪が良く似合う。このまま手の甲にキスでもしてやろうかと草薙が企んでいると、伏見はつれなく自身の手を回収し、自ら店員の持つトレーへと手を伸ばした。そうして摘まんだのは、プリュムの指輪だ。
「そっちが気に入ったんか?」
「・・・そういうわけじゃないですけど」
「けど?」
語尾を繰り返せば、伏見は言いにくそうに、視線を指輪からも草薙からも逸らして言った。
「・・・草薙さんとつけるなら、こっちの方がいいんじゃないかって」
逃げた手のひらを捕まえ直して、草薙は伏見の左手の薬指からトルサードの指輪を引き抜いた。そして伏見の選んだプリュムを指さす。
「これの十号と十七号を見せてもらえる?」
「すぐにお持ちいたします」
店員が満面の笑顔ですべての指輪を下げていった。草薙は伏見が選んだ指輪を、改めてじっくりと見つめる。プリュムのそれは、アームの幅が広く、プラチナは装飾がなくいっそシンプルすぎるほどだが、だからこそ逆にセンターに据えられているブリリアントカットダイヤモンドが映えている。無駄をそぎ落とした美しさがあり、確かにこれなら草薙の指にも、そして伏見の指にも似合うだろう。二人とも手を使う作業をするからこそ尚更かもしれない。草薙が選んだのなら、もっと伏見に合わせた女性的なデザインにしただろうが、それでは逆に草薙に似合わなくなってしまう。あくまで伏見に着けさせることが目的だったためそれでも良かったのだが、草薙にも似合うと選んでくれたのなら喜ばしい限りで拒否する理由などひとつもない。
店員が運んできた指輪を受け取り、草薙は再び伏見の手を取った。いい加減に覚悟を決めればいいのに、どこか困ったような、戸惑ったような顔をしているのがまた稚い。アクセサリーをしているのなんて見たことのない伏見の指に、今、草薙が指輪を嵌める。
「俺に嵌めてくれへん?」
眉を下げる伏見に、どうぞ、と店員が笑顔でトレーに載っている指輪を指し示す。急かすことなく微笑みを浮かべて草薙は待った。観念したのか、伏見が手を伸ばして指輪に触れる。彼女自身が左の薬指に嵌めているものと揃いの、サイズだけが違うそれを手にし、もう片方の手で草薙の手を取る。絡まりそうになる指がこそばゆくて、草薙の目尻が自然と緩んだ。同じ、左手の薬指の爪にプラチナが触れる。それはゆっくりと関節を抜けて、草薙の指へと落ち着いた。
「・・・うん」
自分の手と伏見の手を並べて、草薙は満足して頷いた。シンプルすぎるし、甘いというよりはスタイリッシュな印象を与えるけれども、自分たちにはこれくらいの方がいいかもしれない。揃いだということは一目で分かる。明らかに安物ではないと理解させる質の良さは、確かに特別な誰かと共有するのに相応しい輝きだ。
「うん、ええな。これ貰うわ」
「かしこまりました。そのまま着けていかれますか?」
「せやな。ケースだけ準備してくれる?」
「はい。少々お待ちくださいませ」
店員が晴れやかな笑顔で奥へ戻っていく。伏見は自分の指に嵌っているリングを見下ろした。プラチナにダイヤモンド。値段は、先程垣間見えた値札が確かならば二つで約三百万円。はっきり言って、伊達や酔狂で払える金額ではない。バーHOMRAの売り上げなど知らないが、それでも月にこれほどになるわけがない。草薙は裏で吠舞羅の資金を調達しているとはいえ、どうしてこんなに金をかけるのか。伏見の疑問を読んだかのように草薙が肩を震わせて笑った。
「安もんなんかしてたら舐められるやろ?」
「だからって・・・ちっ! もういいです」
「せやせや。伏見はおとなしゅう、その指輪をしとったらええ。そんで、何か言われたらすぐに俺の名前を出し」
「身体で吠舞羅にいるとか思われるのも嫌なんですけど」
「そんなん一瞬だけや。出入りで一緒すれば、おまえが強いんは嫌でも分かる。だからこそ『吠舞羅の草薙の女』っちゅうのが生きてくるんやで」
「どうでもいいです、そういうの。・・・っていうか、マジ壊しそうで怖いんですけど」
それが本音なのだろう。そろ、と右手の指で左手の指輪に触れる。愛の結晶とされるダイヤモンドが、そんなに簡単に壊れるわけがないのに、どうも気にかかるらしい。かぁいらしいなぁ、と草薙は左手で伏見の頭を撫でた。
「壊れたらまた買うてやるから」
「・・・こんなのいくつも買われたくないんですけど」
「せやったら大切にしてや。一応エンゲージリングなんやし」
「重いです」
「愛が?」
「物理的にも値段的にも」
つれない、けれども伏見らしい物言いに、草薙は思わず吹き出してしまった。店員がビロードのケースを小さな紙袋に入れて持ってくる。会計はクレジットカード払いで一括だ。契約書にサインを走らせるだけで、草薙は三百万円の買い物を済ませる。ありがとうございました、という店員の声を背中に聞きつつ、草薙は左手で伏見の右手を引いた。そうすれば、周囲の行き交う人々からは、伏見の左手が見えることになる。ダイヤモンドの輝きを放つ、その左の薬指を見せつけるように、草薙は足取り軽く道を歩んだ。
「尊や十束は事情を知っとる。八田ちゃんにやったら話してもええよ。せやけど、あまり多くの人に言うたらあかん」
「・・・押し付けられたもんですけど、百五十万分の働きはしますよ。ロリコンって言われる覚悟が出来たら呼んでください。彼女の振りをしてやります」
「そんときはめちゃめちゃ着飾らせてるから、伏見こそ覚悟しときや」
「やっぱこれ返してもいいですか」
「あきまへん。さぁ、次は飯や、飯。婚約の祝いにぱーっと派手に行こか!」
むう、と頬を膨らませる伏見に、草薙は笑った。二人の左手の薬指で、揃いの指輪がきらりと光る。仮初で偽りのものではあるけれども、その輝きだけは確かだった。
永遠の輝き、ダイヤモンド。
2014年11月8日(pixiv掲載2013年3月1日)