All-out DASH DASH DASH!
8.一日目午後
ラーメンを食べている最中に受け取った映像は、八田の脳裏を沸騰させるに十分足るものだった。そのまま店を飛び出て、目的の人物を発見し、バッドで殴りつけたのが午後四時前の話。草薙や鎌本などと挟み込むようにして追い詰めたと思ったら、上から降ってきた新たな乱入者に持っていかれた。くそ、と八田は路地裏の壁を蹴り飛ばした。草薙は次の手である、無色の王の映像を電波に流す作戦に移行している。鎌本たちもそれぞれ逃げた少年二名を追って動き出した。八田もスケートボードを転がして、タンマツを片手で操作する。短縮ボタンの二番を押せば、コールは五回で繋がった。
『こちら伏見』
「おせーよ! もっと早く出やがれ!」
『うるせぇな。こっちは今、おまえらの電波ジャックで大騒ぎなんだよ。何があった』
「無色を見つけた!」
『どこで』
「東急の近く。チームで追い詰めたけど、何か変な奴が乱入してきて逃げられた」
『変な奴?』
「草薙さんはクロイヌとか何とか言ってたけど」
話している間も、視線は周囲に走らせている。無色を逃がしたのも悔しいが、八田としては乱入者に煮え湯を飲まされたのも屈辱でならない。電話の向こうの伏見はやはり職場にいるらしく、背後がやや騒がしい。そういや話してて大丈夫なのか、と今更ながらのことを思うけれども、駄目なら駄目ではっきり言うだろう。八田はそう考えて通話を続けた。
『黒狗なら夜刀神狗朗だな。俺たちと似たような歳の男だろ?』
「ああ。男のくせに長髪だったぜ」
『先代の無色の王、三輪一言のクランズマンだ。そいつが出てきて何したって?』
「無色を攫って逃げやがった。くっそ、あの野郎・・・! 次会ったら生かしておかねぇ!」
『攫って逃げただけじゃ、まだ無色の味方かどうかは判断できないな。他に情報は?』
「ねーよ! おまえは!?」
『制服が特定できた。私立葦中学園高校』
「あしなか・・・学園島か!」
『情報を上に報告して、明日にでも学園名簿を漁ってくる』
「へっ! その前に捕まえてやるよ!」
『もしそれが出来たなら、周防尊が留置所を出る前に片付けろよ』
「分かってるっつーの! また連絡する」
『ああ』
共闘することを決めてから、まだ十二時間も経っていないのに、事は動き出している。通話を切って、八田はスケートボードのスピードを上げた。とにかく、今は無色の王を捕まえるのが先だ。周防はセプター4が拘束しているから、今なら赤の王の力を使わせないで済む。周防が出て来る前に、すべて片付けてしまえばいい。そのためには、とにかく。
「どこ行きやがった、あの野郎!」
怒鳴り叫んで、八田は街を駆け抜ける。ようやく目の前に現れた獲物を逃がす気など、毛頭なかった。
9.二日目昼
セプター4の情報は、基本的に伏見に第一に上がってくる。もちろん同じ場に宗像や淡島がいれば話は別だが、基本的に現場で動くことが多いのは伏見だし、何より彼は特務隊情報班班長というポジションについている。露わになる情報を統合し、判別し、応用するのが役割だ。加えて情報班ならびに情報課は、伏見の子飼いに等しい。こればかりは専門職でもある部署なので、室長の宗像よりも伏見の指示を仰ぐのだ。面倒くさい仕事の多い立場だけれど、今回ばかりはラッキーだったな、と心中で思う。
葦中学園に立ち入り、淡島が理事長を前に交渉している間に、生徒を一人気絶させて校内ネットワークシステムに侵入する。生徒写真を一人一人照合していくのは時間の無駄でしかない。伏見はデータを丸ごとタンマツに移し、屯所に詰めている情報班へと転送した。ついでに校内に設置されている監視カメラの映像も取得したいが、こちらは生徒のIDでログインしているため接続は難しそうだ。けれど、その程度が出来なければ情報班の班長など任せられるはずもない。セキュリティのレベルを確認し、端からブロックを外し始める。葦中学園のセキュリティは、このご時世だからか割合と高度だ。それでも伏見にしてみれば片手間で済む類のものでしかない。十分で丸裸にした情報を、これまた情報班へと添付して送った。セプター4ではロイヤルブルーを発動し、「唯識」まで稼働させているのだ。今更学校の情報ひとつ手に入れたところでどうということもない。
さて、後はどうするか。目ぼしい情報も、それ以外の情報も、とりあえずすべて転送し終えた伏見のタンマツが鳴った。浮かび上がった相手は情報班のメンバーだ。はい、伏見。やる気のない声で応答する。
『伏見さん、生徒の照合が終了しました。該当者なしです』
「分かった。監視カメラの画像も頼む」
『はい。終わりましたらまたご連絡します』
伏見は中学卒業後にセプター4に入ったが、それから四年。ぎりぎり十代後半に差し掛かったばかりの子供に、向けられるのは猜疑の視線ばかりだった。それを才能と実績で打ち負かせて、伏見は情報課を己の色へと染め上げてきた。今や、彼の意に反する行動をとるメンバーはいない。伏見だからこそ何か考えがあるのだろう。そう考えて誰もが言われた通りの仕事をこなしてくれる。それこそが今回、伏見がスタンドプレーを取ろうと考えた理由の一端でもあった。情報にかけては誰にも負けはしない。その自負がある。
そろそろ淡島と合流するか、と伏見が椅子から立ち上がったときだった。窓の外から喧騒が聞こえた気がして、下ろしているブラインドの隙間に指を入れて垣間見る。制服ばかりの生徒のはずの場所に、明らかに私服の人間が二人。後ろ姿でも分かる。八田と鎌本だ。葦中学園に向かうという話は聞いていたため、特に驚きはない。けれども顔を合わせて面倒事になっては厄介だ。伏見はタンマツを取り出し、短縮の二番を押した。コール音が鳴り響くと同時に、窓の外にいる八田が反応を示して動く。もしもし、と聞こえないのに生の声が聞こえるかのようだった。
「こちら伏見。葦中学園の生徒名簿を確認したけど、該当者はなし」
『んだよ、空振りかよ』
「もうすぐうちの連中が出てくるから、見つからないうちに出ろよ、美咲」
『おう、サンキュ』
短いやり取りで通話を切った。下では八田が鎌本に何かを聞かれているようだったけれども、無事に誤魔化せたことを伏見としては願うのみである。まぁ、あの直情的で単純な八田のことなので、完璧なカモフラージュなどは期待していないのだが、とりあえずばれなければそれでいい。
伏見はタンマツをポケットに滑り込ませて、生徒会室を出た。眠らせた生徒は無論そのまま放置だ。
10.二日目深夜
バーHOMRAから自宅のアパートに戻った瞬間、八田のタンマツが鳴った。映し出されたのはSの一文字で、八田はもはや慣れた手つきで通話ボタンを押す。共闘する契約をしたのがつい一昨日の話だと、何だか信じられないくらいに伏見とのやり取りが自然になってきていた。
「もしもし、猿比古?」
『美咲、おまえ今どこ?』
「家だけど。何だよ、どっかで会うか?」
『無理。これから事後処理だから』
思わずベッドの横に置いている目覚まし時計を見やれば、針はすでに日付を越えようとしている。こんな時間まで残業かよ、と八田が漏らせば、いろいろあったんだよ、と伏見のやや疲れた声が返ってきた。
『遅くなったけど、報告。うちの包囲網に無色が引っかかって、さっき捕縛に行ってきた。けど逃げられた』
「っ・・・マジかよ! 何でもっと早く言わねーんだよ!」
『だから悪かったって言ってんだろ。室長がずっと一緒で連絡する隙がなかったんだよ』
「しっかりしろよ、公務員」
『もう十分働いてる』
溜息を吐き出す伏見は、確かに昨夜は学園の特定に忙しかったみたいだし、その前は八田とカラオケ店にいたから、確かにここ三日は碌に眠っていないことになる。八田自身も、十束が死んでからは彼を殺した犯人を見つけるために動いているから、ほとんど休んでいない。身体は疲弊しているけれども、心は、頭は熱くて仕方がないのだ。それでも伏見と話していると、どこか気持ちが落ち着いていくから不思議だ。
『奴らと接触して、いくつか分かったことがある。大きなところだとストレインだな』
「ストレイン?」
『ああ。無色は、黒狗の他に女を一人連れている。そいつがストレインだ。年は十代半ばで、長髪。童貞の美咲が見たら顔を真っ赤にしそうなスタイル』
「だっ、どっ、なっ、そそそそんなの今は関係ねーだろ!」
『ははっ! とにかく、その女がストレインだ。能力は知覚干渉。ある一定の範囲の人間に干渉して、その視覚や聴覚なんかを操作する。多分、記憶にも関与できるだろうな。間違いなくベータ・クラス。美咲のところの櫛名アンナと同じレベルの能力者だ』
アンナと一緒、と言われるとどの程度凄いのか八田にも分かりやすい。アンナは感応力を持つストレインだ。今回、無色の王が葦中学園にいると指摘したのもアンナだし、他にも過去にいろいろとその能力は吠舞羅のために活かされてきた。だからこそ、八田は思わず眉間に皺を寄せてしまう。厄介だな、と思ったのだ。
『こうなってくると、一般人の証言も何が正しいのか分からなくなってくる。気をつけろよ、美咲』
「ああ。つまり自分の目を信じて動けってことだろ」
『それと、もうひとつ』
「何だよ?」
帰り道に買ってきたアンパンの袋を乱暴に破く。がぶりと大口で食らいつきながら、八田は伏見の言葉を聞いた。
『俺は無色の王に会ったのは今回が初めてだけど、あれが本当に十束多々良殺害の犯人なのかよ?』
「・・・は? 何言ってんだよ、猿比古」
『吠舞羅が電波ジャックして流した映像に映ってたのと、随分印象が違って見えた。あいつ、一度逃げたのに黒狗を助けにわざわざ戻ってきたんだよ』
「仲間を助けんのは当然だろ?」
『美咲は、あの十束多々良殺害の映像を見て、無色がそんなにお優しいタイプの人間だと思うんだ?』
それは、違う。断言できる。あの夜、十束の遺したビデオに映っていたのは、狂っているとしか思えない人間の姿だった。狂いかけていることを楽しんでいるような、そんな人の情からはかけ離れた可笑しさを感じた。あの映像に残っているのが無色の王なら、彼は仲間でさえも切り捨てるようなタイプだろう。ぎゃくに仲間だけ親身になって助けるようなら、それこそ八田は全力で殴り掛かるに違いない。それが出来て何で十束を、と叫んで殴り続けるだろう。
「・・・でも、あの外見は間違いなく同一人物だろ」
思わず双子という可能性も頭を過ぎったけれど、そう世の中都合の良いものではないはずだ。まあな、と伏見が電波の向こうで頷く。
『だけど、いざ殺して「間違いましたゴメンナサイ」で済んだら、警察もセプター4もいらないんだよ。もし俺たちがミスして、あの無色を周防尊が殺して、そしてダモクレスダウンが起こって、でもやっぱり人違いだったらどうする? 周防尊は死に損だ』
「だったらやる前に確認すればいいんだろ。素直に認めるとは思えねーけどな!」
『どんなに些細でも違和感は解消すべきだ。美咲は口より先に手が出るからなぁ。ちゃんと自重しろよ』
「てめーに言われたくねーよ!」
ぎゃん、と吠えれば伏見が軽く笑った。再度時計を見れば、話している間に零時を迎えてしまったようで、とろんと八田の瞼を眠気が襲った。明日は、やはり草薙の指示の下にローラー作戦だ。伏見の話では、やはり奴らは街中にいるらしいし、とにかく捕まえなければ話にならない。その後、いくつかの軽口と報告を交わして、八田は伏見との通話を終えた。空になったアンパンの袋をゴミ箱に放り投げて、そのままベッドに倒れ込む。何だか、久し振りに眠れるような気がした。
11.三日目午前
「八田ちゃん、最近よう働いてくれとるなぁ」
「そう、っすかね」
「ん。せやけど、無理はあかんで」
にこりと、カウンター越しに草薙が笑った。瞬間、八田の背筋を冷や汗が伝う。にこりと、草薙は笑ったのだ。
「無茶と、無謀も、したらあかんよ。・・・分かっとるよなぁ?」
なぁ、八田ちゃん?
微笑む草薙の声は柔らかかった。けれどもサングラス越しの瞳は、欠片も笑ってなどいなかった。
12.三日目午後
十四時に、無色の王の可能性が高い少年、伊佐那社からの連絡がセプター4へと入った。宗像が通話を始めたのを確認して、淡島が逆探知の指示を出し、伏見が特務隊のメンバーを連れて屯所の門へと向かう。場所が特定され、首都高の交通が停止させられた。しかし、そうして辿り着いた先に待っていたのは社ではなく、細工のされたタンマツだった。遠隔操作で、離れた場所から通話をすることが出来るように改造されている。一杯食わされたと理解した伏見の行動は早かった。
「秋山ぁ!」
「は、はい!」
「後は全部どうにかしとけ!」
部下に怒鳴りつけて命令し、細工されたタンマツを掴んで伏見は首都高から飛び降りる。伏見さん、なんて慌てた声が聞こえたけれども知るものか。クランズマンになったときに与えられた身体能力を活かして移動すれば、すぐさまセプター4の指揮情報車が見えてきた。追って来いと言ってあったのだ。路肩に停止したその車のドアを開け、伏見は手にしていたタンマツを中に投げ入れる。
「発信源を特定しろ! 情報班のプライドにかけて逃がすんじゃねぇぞ!」
「はい!」
情報課の中でも、伏見が選りすぐった特務隊情報班の四名は、突然の指示にもすぐさま対応してタンマツの分解、解析に当たり始める。伏見は指揮情報車から出ると、自身のタンマツを取り出した。短縮は二番だ。番号は空で言えるし、実際は使う度に入力した方が安全なのだけれど、すぐにかけられることを考えれば登録しないわけにもいかなかった。八田の声が聞こえてくる。
「おまえ今どこ」
『あ? HOMRAだけど』
「すぐに出れる準備して待ってろ。またかける」
応答を待つことなく通話を切った。電話の向こうで八田はきゃんきゃん吠えているだろうが、今は苛立ちの方が勝っている。情報で俺に挑んだことを後悔させてやるよ、と伏見は唇の端を歪めて笑った。爪先で地面を叩いて待つこと四分。特定できました、という情報班の声が響いた。
13.三日目午後
「てめぇが十束さんを殺したのか」
八田の、湧き上がる憤怒を押し止めている、空気さえ震わせる声が響く。ネコが、びくりと身を震わせて社の背後に隠れた。狗朗は腰の刀に手を添えて構えるけれども、向かい合うのは八田とは反対側にいる伏見だ。背後の小さな小さな音を分析して、情報班が浮かび上がらせたのは川を流れる小さな貨物船の一隻だった。荷物を覆うビニール袋の下に隠れていた社とネコと狗朗を、八田と伏見で挟み撃ちにした。狗朗は気配を察知して逃げようとしたけれども、二人の方が一瞬早かった。もはやこれは執念の差と言えるのかもしれない。
「答えろよ。てめぇが、十束さんを殺したのか・・・!?」
八田の身体から湧き上がる赤い力などなくても、社にはその気持ちが痛いくらいに伝わってきていた。大切な人を、仲間を殺されたことによる悲哀と怒張だ。今すぐに殺してやりたい。そんな目で、八田は社を睨んできている。背後の伏見がどんな顔をしているのか社には見えなかった。八田から視線を逸らすことなど許されない。真摯に応えなくてはいけない。この、痛いくらいの思いに、真摯に。
息を呑みこんで、吐き出す。顔を上げて社は口を開いた。違う、僕じゃない。そう言うために。
14.三日目深夜
結局のところ、八田と伏見が社を殺すことはなかった。心情としては二人とも「疑わしきは罰する」を地で行きたかったのだが、せめて自分の記憶を取り戻して、そして本当に殺していたのなら、そのときは好きにしてほしい、という社に僅かな猶予を与えたのである。逃げたらぶっ殺す、と八田は迫り、社は頷いた。そうして同日夜、彼らはセプター4の第一王権者アドルフ・K・ヴァイスマンの捕縛のため、ヒンメルライヒ号を強襲することになっていたのだが。
何故か、八田の家のテレビが流しているのは、そのヒンメルライヒ号が墜落したというニュースだった。鳴ったタンマツを、ほぼ惰性で取り上げる。相手は見なくても分かっていた。伏見だ。
『何なんだよ、あいつらマジ何も分かってねぇよ。大人しくしてりゃうちの隊員たちを伸してヘリを乗っ取ったことも黙っててやるって言ったのに、何だよこの状況。飛行船は落ちるしヴァイスマンは死ぬし遺体はウサギが持ってくしあいつらは逃げるし、何も得るもんがなかったんだけど。どうしてくれんだよ、こればれたら俺停職どころか懲戒免職ってか下手すら犯罪者なんだけど。あいつらマジで分かってねぇよ。あぁもうやた疲れた殴りてぇ。さっさと死ねよちくしょう』
「あー・・・とりあえず、セプター4を首になったら、俺の働いてる居酒屋で一緒にバイトしようぜ」
『酒嫌い』
何か二人して、少し疲れた夜だった。
15.四日目昼
周防が脱獄した。やはり手錠など、王には何の意味もなかったのだ。今は黄金の王の元に行っている宗像からの指示は、「奴が動き出しても手を出すな」というものだった。けれども淡島は周防の行く手を遮り、サーベルを抜刀した。周防が両手に力を込める。頭上、ダモクレスの剣が形成されていく。まずい、と思った伏見は袖口に隠し持っているナイフを数本掴んで投げつけた。相手は周防ではない。淡島たちの足元だ。青い力が頑なな盾を形成する。
「伏見!?」
盾が周防を止めるものではなく、自分たちを阻むものだと気づいたのだろう。淡島が声を荒げるが、構っている暇はなかった。伏見のインカムは絶え間なく、情報班から周防のヴァイスマン偏差の値が報告されている。ここで無意味な戦闘をして、値を上げるわけにはいかない。
「どうぞ、赤の王様?」
伏見は腕を開いて、屯所の門を指示した。周防が伏見の存在に気づき、片眉を上げる。
「手を出すな、がうちの室長からの命令なんで」
「ふぅん・・・。おまえ、名前は?」
「伏見。セプター4特務隊情報班班長、伏見猿比古です。以後お見知りおきを」
引き攣りそうになる唇で名乗り、伏見は道を譲った。淡島が青いシールドを叩いているけれども、周防はその前をゆっくりと歩み、通過していく。他の隊員たちを片腕で制し、伏見は周防の背を見送った。桜門を手で開けて、周防がセプター4の敷地から出ていく。その先で待ちわびていたのは、草薙や八田をはじめとした吠舞羅の面々だった。歓声を挙げて王の帰還を出迎える。
去っていく最後、ちらりと振り向いた八田に、伏見は何も言わずに頷きを返した。
15.四日目夜
脱獄犯をみすみす逃したことは問題だが、宗像の指示は「手を出すな」だったため、伏見の処分は保留とされた。淡島は言葉にはしないものの理解しがたいといった顔をしていて、他の隊員も怪訝に思ったことは間違いないが、それでも伏見に処分が下ることはなかった。吠舞羅が学園島を占拠したという連絡を受けて、セプター4の全隊が出動する。そんな中、車内で宗像と伏見は二人、横に並んで座っていた。
「伏見君」
「はぁ」
「何か私に言うことはありませんか」
「特にないです」
「そうですか」
車は静かに夜の街を行く。気温が下がり、ちらほらと雪が舞い始めた。窓枠に肘をついてそれを眺めながら、伏見は口を開く。
「俺が礼兄のためにならないことをしたこと、過去に一度でもあったかよ」
「・・・いいえ、ありませんね」
困ったように、嬉しそうに、それでも申し訳なさそうに、宗像が淡く微笑んだ。核心に迫る言葉は言わない。車はまもなく、学園島へと続く道路へと到着する。
16.五日目昼
爆発が起きて、ついにセプター4は学園島へと突入することになった。赤のクラン、吠舞羅と、青のクラン、セプター4。今まで小競り合いはあったけれども、正面切って対峙することのなかった両者がぶつかり合う。その中でやはり八田の相手は伏見であったし、伏見の相手は八田だった。立場上、どうしたってやり合わないわけにはいかない。けれど二人の心中を埋め尽くしていたは焦りであったし、はっきり言えば、今は戦っている場合じゃなかった。早く無色を、社が犯人ではないのなら、本当の無色を、捕えなければ大変なことになる。いっそこのまま戦い続けている振りをして場所を変え、二人して抜け出すべきか。そう考えていたときだった。――宗像が、吠舞羅のメンバーに刺されたのは。
爆発の残骸が降ってきて、助けを乞うた吠舞羅のメンバーを宗像が庇い、けれどもその人物に脇腹を刺され、宗像の展開していた盾が消える。瓦礫が彼らに襲い掛かる。室長、とセプター4の隊員たちの叫びが響き渡ったが、少しの間の後で宗像は再び姿を現した。彼を刺した吠舞羅のメンバー、エリックはすでに気を失い倒れている。これは、と宗像が自身の脇腹を押さえながら、違和感を覚えたときだった。視界に影が降ってきた。反射的にエリックを引き寄せて庇う。間髪入れずに彼のいた場所を貫いたのは伏見だった。その眼は血走っており、顔は激しく歪んでいる。伏見君、という宗像の呼びかけも聞こえていないに違いない。
「殺す・・・!」
憎悪の瞳は、エリックだけを睨み付けている。
「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す!」
「落ち着きなさい、伏見君。私なら無事ですから」
「無事なわけねぇだろうが! あんたを刺した、それだけで死ぬには十分過ぎる! 寄越せよ、そいつは俺が殺す!」
「彼は操られていただけです」
「それに何の意味があんだよ! そいつの身体があんたを刺した! それだけで万死に値する!」
「猿比古君」
歯を剥き出しにして殺意を露わにする部下に、宗像はそっと手を伸ばす。大丈夫ですから、と言っても血の滲む脇腹を抱えてでは説得力もないだろう。けれど、止めなくてはいけない。宗像にとって伏見は、ただの部下ではないのだから。両の頬に手を添えて上を向かせ、その瞳を覗き込む。
「大丈夫ですよ」
「・・・っ」
額を添えて、優しく囁く。
「私は、猿比古君より先には死にません」
17.五日目昼
宗像はエリックをその場におろすと、伏見の頭を一撫でしてから、また学園の奥へと向かっていった。八田が駆けつけた頃には、伏見はただ瓦礫の中に立ち尽くしており、やや俯き加減のその表情は後ろからでは見えない。
「・・・これでもし礼兄が死んだら、おまえら全員殺してやる」
それはまるで呪詛だった。八田は足元に転がる、意識のないエリックを見やる。ざり、と足音を立てて伏見が一歩踏み出した。
「行くぞ」
「・・・おう」
そうして彼らも最後の悪あがきをするべく、真相の中へと飛び込んでいく。
18.五日目昼
巨大なダモクレスの剣が二つ、蒼天に輝いている。それは八田にとっても伏見にとっても、大事な人を失う恐怖でしかなかった。それでも王の元へ向かわないのは、根本的な解決にはならないと分かっていたからだ。もはや残されている手段など僅かでしかない。だから、それは、幸運でしかなかったのだろう。
少女の身体から抜け出た何かが、社に向かって伸びていく。それが悪しきものだと判断したのは直感だ。あれが、すべての元凶。認識した瞬間、八田と伏見の身体からは赤と青の力が暴発していた。
「逃がすかてめぇ!」
「伏見、緊急抜刀!」
八田の炎がその何かを、おそらく無色の王の本体を襲い、その上から伏見の結界が形成される。密閉された空間に閉じ込められ、焼かれる無色の王の悲鳴が聞こえた。通常、王である者に攻撃は大して効かない。けれど無色の王は七人の中で最弱であること、また八田の炎の上から伏見が結界を被せていることで、どうにか制することが出来たのだろう。空中に青い四角錐が浮かび、その中で赤い炎が激しく燃え続けている。
「君たちは・・・!」
無色の王をその身に迎え、抑え込もうとしていた社が、信じられないように目を瞠った。倒れたククリの身体を抱き留めたのは、同じく追ってきていた狗朗だ。二人とも驚愕した顔をしており、八田は息を切らしてスケートボードから地面へと降り立った。結界を維持している伏見は未だ能力を作動させており、忌々しげに空中を睨み付けている。
「おい、こいつが無色の王で間違いないんだな・・・!?」
八田の、荒い声が問いかける。
「こいつが十束さんを殺した奴で間違いないんだな!?」
懇願にも似た必死の叫びに、社は弾かれたように首を縦に振った。途端に情けなく八田の顔が歪む。良かった、と震えた瞳は涙すら湛えようとしていた。けれど、無色の王は炎に焼かれながらも、未だ結界の中をしぶとく跳ねまわっている。伏見の力では抑えるのにも限界があるだろう。殺すのなら、誰かの身体に移さなければならない。社は、それが自分だと思っていた。今までの清算をしたいと考えていた。だけど、それでも、自ら死にたかったわけじゃない。
「・・・もう少しだけ、待ってくれないかな」
心臓の前で手を握り締め、社は八田に、伏見に言った。
「僕の、アドルフ・K・ヴァイスマンの身体に、彼を入れる。そうしたらもう、その身体は好きにしていい」
「おい、シロ・・・っ!」
「いいんだ、クロ。僕は伊佐那社だから。これくらいの責任は負わせてほしい」
己のクランズマンに微笑みかけて、社はタンマツを取り出した。かける相手は、先程も話した旧友だ。大切に保管してくれていただろう身体を、こんな風に使ってごめんね。社は國常路に、そっと詫びた。
19.五日目夜
すべての者が集められた。吠舞羅の、周防の前に、アドルフ・K・ヴァイスマンの身体が転がされる。狂ったような目は間違いなく十束を殺した無色の王のもので、吠舞羅の誰もが気色ばんだ。
「周防尊のヴァイスマン偏差、九億七千一万五千四百八十八。・・・二回ほどなら、余裕があります」
インカムで情報班から得たデータを、伏見が報告する。分かりました、と頷き、宗像が周防の前へと踏み出した。無色の王を挟んで二人が対峙する。
「誓え、周防」
宗像の声が、雪の美しい夜に響き渡る。
「この男を殺したら、もう力は二度と使わないと。誓え。そうすればセプター4は、この者をおまえに引き渡す」
シロ、とネコが社の袖を引いた。いいんだ、と社が微笑むかける。狗朗はその隣で、沈痛な面持ちで場を見守っていた。
「・・・俺は一度だって、王として動いたことはねぇよ」
「そうだろうな。だが、それでもおまえが王であることは事実だ。王であるおまえのもとに、多くの人が集った」
アンナが小さな手のひらを握り締めて、周防の背中を見つめている。草薙はその眼差しを伏せていた。鎌本や他のメンバーたちは、尊さん、と情けなく眉を下げている。
「おまえのために動いてくれた者の気持ちを無視するのか?」
宗像の言葉に、ゆるりと周防が視線を動かした。その向かう先は、並んで立っている伏見と八田の片方だ。びくりと、脅えて八田が肩を跳ねさせた。尊さん、と呟く声は、懇願と脅えに満ちている。
「すみません、尊さん・・・俺、俺、どうしても尊さんに死んでほしくなくて・・・っ!」
「八田」
「尊さんがこんなこと望んじゃいないって分かってます! それでも俺はっ・・・尊さんに死んでほしくねーんすよ! 尊さんは俺らの王だから! 俺らの、最高の王だからっ!」
八田の目からは大粒の涙が溢れていた。王に従うべきクランズマンとして、王の意に反することはどうしたって罪だ。それでも死んでほしくなかったから、駄目だと分かっていても身体は動いた。周防は世界だ。失えない。失いたくない。
「これで尊さんが死んだら・・・十束さんだって浮かばれねーっすよ・・・! だってあの人、誰より王である尊さんが好きだったじゃないすか! だから・・・十束さんのために、俺らのために! 一日でも長く王でいてください!」
お願いします、と涙を振り乱して八田が頭を下げる。お願いします、尊さん。尊さん、尊さん、尊さん! 懇願はやがて重なり、絶叫となっていった。八田だけではない。鎌本や他のメンバーまでもが、顔を歪めて、時に涙し、必死に縋っていた。アンナでさえ、ミコト、と王の名を繰り返し呼んだ。草薙が大きく息を吐き出して、口を開く。
「・・・尊」
弱弱しいそれに、天を仰ぎ、自身のダモクレスの剣を見上げ、周防は瞳を眇めた。その崩壊直前の形に浮かべたのは、自嘲だったのかもしれない。安堵だったのかもしれない。
「・・・わりぃな、十束」
謝罪を口にし、周防は力を解き放った。激しい赤い力があたり一面を埋め尽くす。そうして。そうして。
八田と伏見の、長くも短い戦いが終わった。
20.十日目昼
「ちょっと会わない間に鈍ったんじゃねぇえの、美咲ぃ!」
「うるせーな! 勝手に名前で呼んでんじゃねーよ、猿!」
街はもうすぐ迎えるクリスマスのために、どこもかしこも赤と緑で彩られている。軽快なクリスマスソングを聞きながら、拳とサーベルを交わし合うのは八田と伏見だ。相変わらず顔を合わせれば、互いに口で攻撃し合って、それはすぐさま殴り合いへと移り変わっていく。二人が共闘してダモクレスダウンを防ぐために動いていたことが知られても、その関係に変わりはなかった。今日も今日とて伏見は八田をからかうし、八田は伏見に突っ込んでいく。遊びではないが全力でもない。こうして互いを相手に暴れられることが楽しくて仕方ないのだ。
「八田さーん、そろそろ行きましょうよ」
「おう、今行く!」
「伏見さん、そろそろ戻らないと会議の時間に間に合いません」
「面倒くせぇ・・・」
それぞれ背後から声をかけられて、拳とサーベルを下ろす。決着をつけるのは、まだ先でいい。今はまだ楽しみたい。だから二人とも適当なところで引くのが慣習のようになり始めていた。かといって、じゃあな、と手を振り合って別れるほど仲良しでもない。
「あ、猿比古」
けれど今日は八田が伏見を呼び止めた。青い隊服の裾を翻して振り向く姿に、あー、と八田は己の頬を掻いて、照れくさそうに視線を逸らす。
「・・・今度、飯でも食いに行かね?」
「は?」
「いや、ほら、何だかんだ言っておまえには世話になったし。草薙さんもおまえにはちゃんと礼をしたいって言っててさ。食事代も出してくれるって言うし、いや別に嫌だったらいいんだけどよ!」
頬を赤く染めて、早口で喋る八田はどうしたって恥ずかしがっているようにしか見えない。きょとんと目を瞬いていた伏見は、その様子に思わず笑ってしまう。
「何。美咲、いつもそんな手口でナンパしてんの?」
「ナ・・・!? ししし、してねーよ、そんなのっ!」
「そんなんじゃ女一人引っかけられねぇよ? 釣れるのは精々俺くらいだろ」
「だからしてねぇ! って・・・?」
「焼肉。叙々苑でいいよ」
反射的に怒鳴り返していた八田も、ゆっくりと理解が追いついていったのだろう。ほっとしたように肩を落として、へへ、と笑った。
「また連絡する!」
「ああ。またな」
互いに背を向け合って、それぞれのホームに向けて歩き出す。もう誤魔化すことも、隠す必要もない。二人のタンマツには、それぞれの名前で、きちんと相手の番号が登録されていた。
仲良しな八田君と伏見君は書いていて違和感がありました(オイ) これにて終了!
2013年12月15日(pixiv掲載2013年2月12日)