俺たち結婚します!(後編)
クローズドの看板を下ろしているバーの扉が開かれた。最近では珍しくなってきたその行為にカウンターの内側で顔を上げ、見とめた来客の姿に草薙は笑う。
「ちわっす、草薙さん」
「お邪魔します」
「久し振りやなぁ、八田ちゃん。鎌本も今日は店はええの?」
「今は親父が出てるんで大丈夫っす」
「アンナも元気そうだな」
八田に声をかけられ、カウンターの隅で教科書とノートを開いていたアンナもこくりと頷いた。
周防の死をもって吠舞羅が解散してから、すでに数年。中学から学校に通い始めたアンナも、ついに高校生になった。時の流れは決して待ってはくれず、その分だけ大人になることを強いられる。鎌本は幼馴染の少女と結婚し、実家の定食屋を継いだ。八田は未だに居酒屋のアルバイトで食い繋いでいたけれども、ついに先日、正社員への勧誘を受けたという。よっしゃ、と喜びの報告をしに来たのは記憶に新しい。吠舞羅は解散した。王である周防なくしてクランは成り立たず、それぞれが己の道を歩むしかなくなった。もちろん抱いた絆は、例え離れようと途切れることはない。今もなお、仲間が窮地に陥っているのなら何を置いても助けに向かうだろう。その誓いを胸に、吠舞羅は散った。今となってはバーHOMRAを訪れる者も少なくなり、普通の客の方が多いくらいだ。
久し振りの馴染みの顔に、草薙も自然と笑顔になってコーヒーを用意する。昔はジュースばかりを注文していた八田も、砂糖とミルクは必須だが、ようやくコーヒーを飲めるようになったらしい。お待ちどうさん、と草薙がカップを差し出せば、カウンターについたふたりも礼を言って受け取った。
「せやけど、どないしたん? こないな時間に来るのは珍しいなぁ」
壁掛けの時計を見上げれば、まもなく正午になろうとしているところだ。夜勤務が常の八田はまだ寝ていそうな時間帯だが、どうやら冷蔵庫が空っぽで買い出しに出た際に鎌本と会ったらしい。
「せっかくだから一緒に飯でも食うかってなったんすけど、何か三丁目の大通りがすげぇ混んでて身動き出来なくて。遠回りするついでに、久し振りに草薙さんの飯が食いたいって話になって」
「三丁目? ああ、歩行者天国しとるとこな。何かテレビの撮影でもあったんか?」
「そんな感じはしなかったっすけど、どうなんすかね。あ、俺ナポリタンでお願いします」
「俺はオムライスで!」
「よっしゃ、ちょっと待っとき」
食べたいと言われると、やはり料理人としては嬉しくなる。元から捲っていたシャツの袖を捲り直して、草薙はキッチンに立った。スツールから降りたアンナが軽い足音を立ててテレビに近づき、その電源を入れた。営業時間内はジュークボックスで音楽を流すが、それ以外では音のない静かな空間に、騒がしいレポーターの声が響き渡る。
『それでは中継の谷口さん、お願いします』
『はい、こちら三丁目のスクランブル交差点です。先程、午前十一時二十分頃、歩行者天国のこの道路に、突然ワゴン車が直進してきました。幸いにも怪我人は出なかったものの、辺りは一時騒然としました』
ああ、と報道に八田も鎌本も納得した。
「これだったのか。通りで騒がしいと思ったぜ」
「被害がなかったなら何よりっすね」
スツールを反転させて、天井から提げられている液晶画面を見つめる。現場からほど近い場所にテレビ局があるから、おそらくそこのスタッフが中継を行っているのだろう。マスコミとして、これだけリアルタイムなネタを逃す手はない。女性リポーターの背後には野次馬がうじゃうじゃといて、何だかなぁ、と草薙は思う。はよ逃げればええのに、と。その考えは次の中継でより一層強いものになった。
『ワゴン車から降りてきた男は、何と全身に爆弾を身に着けているようです。爆破スイッチと思われるものを手にしており、自爆をほのめかす発言を―――っきゃあ!』
「なっ!?」
「ば、爆発!?」
リポーターの語尾に被さるようにして起きた轟音に、テレビのこちらで八田と鎌本が思わず立ち上がる。画面の中ではリポーターが己の頭を抱えて脅えており、けれども被害が及ばないことに気づいて恐る恐る顔を上げた。そんな彼女を突き飛ばすように人々が逃げ惑い始める。画面の奥から、カメラのいる手前の方へと、爆発のあった中心から逃げようとしているのは明らかだった。
『ど、どうやら爆発が起きたようです! 詳細は分かりませんが・・・もう少し現場に近づいてみたいと思います!』
「あーあ、止めとけばええのになぁ。お仕事っちゅうのはほんまに辛いわ」
どう見ても怖がっている様子のリポーターだが、カメラマンやスタッフに指示されたのだろう。マイクを握り締めて少しずつ先へ進もうとする。人波に逆らうため何度となく逃げる人々にぶつかり、小さな悲鳴がいくつも挙がった。草薙は気の毒にと言いながらも、その手は冷静にパスタを湯がいている。ナポリタンの具材である玉ねぎやピーマン、ソーセージを刻んだ。そうこうしている間に、リポーターは騒ぎの中心に到達することが出来たらしい。
『あ、あれが犯人のようです! 先程の爆発は、威嚇だったのでしょうか? 近くのアスファルトから煙が上がっています。ご覧の通り、周囲の人々は逃げ惑い、現場は混乱しています。警察への通報は、先程我々スタッフで行いましたが、どうやらまだ到着するには時間がかかりそうです』
野次馬たちは逃げようとする者が大半だが、腰が抜けて動けなかったり、中には図太くタンマツで録画したりと様々だ。カメラはリポーターから、ワゴン車の前に立っている男へと絵を写す。何かぱっとしない奴だな、と八田は思ったが、動き出したくてそわそわと足踏みしてしまう。
「草薙さん、俺ら行っちゃ駄目っすか!?」
「行って何する気なん? これで騒ぎ起こしたら、八田ちゃん、せっかくの正社員の話がパァやで?」
「そ、そりゃそうっすけど・・・」
以前に比べ落ち着いたとはいえ、未だに血気盛んな八田に、草薙は呆れながら釘を刺す。吠舞羅の頃ならまだしも、赤の力を失った今、下手に現場に行っても混乱を引き起こすだけだ。万一被害を拡大させてしまったら、とてもじゃないが責任は取れない。八田もそれが分かっているのだろう。悔しそうな顔で再びスツールに座り直す。
「青服、さっさと来いよ。何のための公務員だよ!」
「いやいや八田さん、犯人はストレインじゃないみたいっすから、あいつらは来ないんじゃないすか?」
「んなことは分かってんだよ! あーくそっ!」
テレビのこちらで見ているだけだというのがもどかしいのだろう。けれども不意に、中継を見ながらも大人しく高校の宿題を進めていたアンナが立ち上がった。そうしてぱたぱたとテレビの真下に駆け寄る。
「アンナ?」
オムライス用の卵を割りほぐしていた草薙が不思議に思って声をかけるが、アンナの視線はテレビに固定されたまま動かない。カメラは未だ犯人を映し出しており、リポーターは周囲の状況を伝えているが、よくよく見てみれば犯人の視線がある一定の方向に向けられていることに気づく。何だ何だ、と八田たちが首を傾げていると、カメラマンも気が付いたのか、アングルをそちらへと展開させた。
そうして、阿鼻叫喚の喧騒の中に現れた存在に、バーHOMRAにいた誰もが目を見開いた。いや、きっと中継を見ていた全国の人間が同じだったのだろうが、それとは異なる意味での衝撃も重なり、信じられず目を剥くしかない。色鮮やかで騒がしい空間の中、まるで切り出したように美しく、幻想的ですらある純白を身に纏うその姿に、否応にも見覚えがあったのである。ほう、とアンナが恍惚の溜息を吐き出した。
「サルヒコ、綺麗・・・」
それは花嫁さんへの憧れではなく、明らかに特定の個人への、ぶっちゃけて言えばウェディングドレス姿で爆弾犯のいる現場に颯爽と登場した伏見への憧憬だった。色白の頬を薔薇色に染めて、アンナはうっとりと画面に見入る。けれどもすぐに思い立ってリモコンを探し、DVDの録画も回し始めた。どうやら記録として残すつもりらしいが、それについていけないのは男性陣三名である。え、ちょ、え、と顔を引き攣らせる草薙の手から、卵を溶いていたボールがシンクへと転がり落ちた。
「え、あれ、伏見なん・・・?」
「うん、サルヒコ」
アンナはあっさりと肯定するが、草薙はそれどころではない。視線はテレビに釘付けになり、頭の中はクエスチョンマークでいっぱいだ。
「ちょ、あの子、あないなところで何してはるの。っちゅうか、あの格好は何なん? いや、ウェディングドレスっちゅうのは分かるんやけど、何であないな格好で出て来とるん? 式はもっと先の六月やろ? いやまだ招待されたわけやないけど。っちゅうか・・・え? ・・・え?」
「・・・衣装合わせとかっすかね」
自身も既婚者であるため、思い当った可能性を鎌本が口にする。ああなるほど、と草薙は頷くものの、ほとんど条件反射だ。どうしたって目がテレビの中の伏見から離れてくれないのだ。純白のウェディングドレスが、アンナではないが文句なしに美しい。元々顔立ちの整っている伏見だが、今はドレスのせいか雰囲気が異なり、殊更に彼女を女性らしく見せていた。そこでがしゃん、という音が響き、ようやく草薙と鎌本はテレビから視線を外すことに成功する。振り向いた先、スツールの上にいたはずの八田の姿がなかった。
「八田ちゃん?」
「八田さん?」
カウンター越しに草薙が身を乗り出し、スツールの下を鎌本が覗き込む。どうやら転がり落ちたらしい八田は、床に頭と腰を打ち付けただろうに痛みを訴えもせず、ただただ全身を真っ赤にして呆然としていた。目は言わずもがな、液晶画面の中の伏見に釘付けである。ぱくぱくと意味なく開いては閉じる唇に、草薙と鎌本は顔を見合わせて肩を竦めた。どうやら八田にとって、昔馴染みの艶姿は衝撃が大き過ぎたらしい。今でこそ昔のようにいがみ合うことはなくなったが、それでも顔を合わせればバーカバーカ童貞おおお女がそんなこと言うなと言い争う間柄なのである。リポーターがカメラに映る伏見についてコメントを始める。
『あ、あれは逃げ遅れた一般の方でしょうか? 綺麗なウェディングドレスですが、花嫁さんでしょうか?』
「いやいやいやいや、伏見が逃げ遅れるようなたまとちゃうやろ」
「っていうか、自分から前に出て来てましたよね」
草薙と鎌本が呆れながらツッコミを入れるが、伏見の人となりを知るわけもないリポーターが分かるはずもない。ただ、この騒然とした現場で爆弾犯の前に現れたウェディングドレス姿の美しい女性という構図が、テレビ的に美味しいのだろう。しどろもどろのリポーターを余所に、カメラマンは伏見と爆弾犯を交互に映している。が、それも次の瞬間までだった。
「っ!」
今度は、アンナでさえも息を呑んだ。伏見が笑ったのである。八田をからかうときのような意地悪な、セプター4の現場で指揮を飛ばすような気怠いものでも、どちらでもない。柔らかく、優しく、ゆっくりと、まさに正しく伏見は「微笑んだ」のだ。ウェディングドレスに相応しい清らかで包容力に満ちたその表情は、伏見の正体を知っている草薙や鎌本にとっても衝撃だった。それほどまでに伏見は美しかったのだ。まるで女神、あるいは天使、もしくは妖精、そう呼んでも差し支えないほどに。
遠目には白一色にしか見えなかったドレスも、カメラがクローズアップすれば否応にも理解出来る。純白の生地には細かく美しい刺繍が施されており、太陽の光を浴びてきらきらとその文様を輝かせる。正面は本当にシンプルで飾り気がなく、胸の下からなだらかに腹を伝い、そうして静かに足元へと流れていくラインだ。けれども横から覗き見ることの出来る背中は腰元に何重ものドレープが出来ており、そこから豊かな波を描いて華やかさを演出している。飾りは背面の腰にひとつ、そして正面の左の胸元にひとつ。どちらも純白の花を模したコサージュで、シンプルだからこそ気品と清楚さが映える、着る者を選ぶウェディングドレスだ。背が小さくても似合わないだろうし、スタイルが良すぎても悪くても不釣り合いだろう。雰囲気も愛らしさではなく、涼やかといった伏見だからこそ着こなせるに違いない。
常はアンシンメトリーにセットされている黒髪も、今は一房編み込みにされ、額が露わになっている。髪は耳にかけられており、ダイヤモンドのイヤリングが眩い輝きを放っていた。ロンググローブはシンプルなものだが、マリアベールは大きなレースをあしらっており、黒髪を、頬を、肩を、二の腕を、柔らかな影で彩っていく。もしかしたら黒縁フレームの眼鏡がなかった方が良いのかもしれない。けれど、それすらも含んで己の美しさになるのだと、伏見はまさに体現していた。
そんな立っているだけでも美しい女性が微笑んだのだ。間近でその微笑を向けられたのなら、腰を抜かす者も出るかもしれない。性質の悪い性格を知っている草薙や鎌本でさえ見惚れずにはいられない、そんな存在へと伏見は成り代わっていた。あの子、あんなに綺麗やったんやなぁ、と草薙が呟いてしまうくらいには。尊や十束にも見せてやりたかったわ、と感極まってしまうくらいには、伏見は際立って美しかったのである。
しかし本番は、その直後に発揮された。
「サルヒコ!」
「あ、あああああああああかん! 伏見、おまえ何考えとんのや!」
「見てない、俺は見てないっすよ!」
あのアンナですら悲鳴を挙げてしまう事態が起きたのである。そう、伏見がグローブに包まれた指先で、そっと己のドレスの裾を持ち上げたのだ。露わになったのがハイヒールだけならまだ良かった。しかしほっそりとした足首に、意外と可愛らしい形のくるぶしまでが見えてしまい、しかもすぐに隠されることがないから草薙たちが叫んでしまうのも頷ける。テレビの中の伏見は女神のように神々しい微笑みを浮かべながら、自身のウェディングドレスの裾を、ゆっくりと捲り上げていくのだ。ストッキングがパールのように光り輝き、すらりと細い脚を太陽の元に晒していく。華奢な膝小僧が全国ネットで放送されてしまった瞬間、八田がついに絶叫した。
「馬鹿野郎っ、止めろ猿比古! おまえの身体はそんなに安く扱っていいもんじゃねーんだよ!」
真っ赤だった顔が真っ青に変わり、今にも泣き出しそうだ。止めろ止めてくれと八田が訴えても、当然ながら画面の向こうにいる伏見には届かない。清純の象徴であるはずのウェディングドレスが、今や誰もの視線を奪って止まないエロスの権化へと至りつつある。微笑んでいる伏見は相変わらず美しいのに、晒されていく下半身ははっきり言って目に毒だ。中学生、否、高校生、あるいは大学生男子でも十分に今夜のうにゃららになるだろう。リポーターは声を失って中継の役目が果たせていないし、爆弾犯も食い入るように伏見の脚に見惚れている。太腿はすでに半ばまで晒されてしまった。
「もうやめてくれよ、猿比古・・・!」
俺が悪かったから、と何故か八田が泣き入って土下座すらしようとしたときだった。
女神だった伏見の笑みが、刹那、小悪魔の、もしくは堕天使のそれに変わった。純白のレースをあしらったガーターベルトから引き抜かれたナイフが青い力を帯びて軌跡を描き、犯人の手から爆破スイッチを弾き飛ばす。同時にワゴン車から飛びかかって犯人を拘束した男にも見覚えがあり、どうやらセプター4の一員であるらしかったが、気になるのはそこではない。
「見えたか!?」
「「見えてない!」」
「よっしゃ、セーフや!」
草薙の問いにアンナと鎌本の声が重なり、三人して野球の審判のごとく両腕を横に開きセーフのポーズを作る。言わずもがな、一瞬だけぶわっと膨れ上がったウェディングドレスのその奥だ。太腿の付け根まで見えてしまったけれども、下着までは映らなかった。伏見の純潔は全国ネットで放送されることなく、無事に守られたのだ。ああああああ、尊、十束、おまえらが守ってくれたんか。ほんまにありがとう、と草薙はサングラスを外して思わず目頭を拭った。
三十秒にも満たずに終了した逮捕劇に、八田がついていけずぽかんと間抜けな顔をしてテレビを見上げる。アンナは鎌本とハイタッチを交わしており、サルヒコ、綺麗、凄い、格好いい、と飛び上がって興奮している。色仕掛けが犯人の油断を誘うためであったことが判明し、鎌本も巨体の肩を撫で下ろしていた。伏見はまぁ、吠舞羅では一応裏切り者とされているが、例えそうでも嫁入り前のうら若き女性であることは確かだ。むしろ嫁入りが決定しているからこそ、ああいった露出などはしてほしくないのが一般的意見である。
「八田さん、良かったっすね」
「・・・あ? あぁ、うん・・・」
鎌本が未だ床にへたり込んでいる八田の背中を叩くが、返ってくる反応は薄い。テレビではリポーターが今の逮捕劇についてテンション高く報じており、周囲の人々も歓声を挙げて祝福している。縛り上げた犯人を転がして伏見に詰め寄る男は、やはりセプター4特務隊の一員であり、数ヶ月後には彼女の夫となる日高だった。やっぱり衣装合わせだったんすかね、と鎌本が言うのを余所に、日高は何やら伏見へと噛み付いている。まぁ、自分の妻となる女性が公の場でストリップもどきを行ったのだから、男としては説教したくもなるだろう。例えそれが仕事の一環であったとしても、それでも見せたくないというのが間違いない本音なのだから。
『それでは、見事爆弾犯を捕まえたおふたりにインタビューをしてみましょう!』
同じ女性として、今の伏見のハリウッド女優が出演するアクション映画のごときワンシーンに、胸を高鳴らせずにはいられないのだろう。数分前まで爆弾犯に脅えていたリポーターが、今は頬を高揚に染めて伏見たちの方へと駆け寄っていく。その間に、日高が一瞬だけ屈んだかと思うと、伏見の膝を攫って抱き上げた。名称が周知されている割に、三次元の世界では滅多にお目にかかれない姫抱っこである。きゃあ、とリポーターが黄色い悲鳴を挙げた。一触即発の張り詰めた空間の中で爆弾犯について中継するよりも、その犯人を一瞬で仕留めてみせたウェディングドレス姿の美人とその恋人らしい男性について報じる方が、比べるのも間違っているくらい楽しいのである。何故かその場で一回転した日高の元へリポーターが到着した。
『こんにちは、東都テレビです! インタビューさせてください!』
途端に抱き上げられている伏見の顔が、これでもかと言うくらいに嫌そうに歪んだ。けれども頬から耳にかけて赤く染まっており、今の現状に照れているのが一目瞭然である。それは間違いなく先程のストリップもどきの行為ではなく、今まさに日高に抱かれていることに対してであったが、どちらであろうと関係ない。サルヒコ可愛い、というアンナの呟きに、草薙がうんうんと同意した。マイクを向けられ、日高がきょとんとした顔で振り返る。
『へ? テレビ?』
『はい! 見事な犯人逮捕でしたが、おふたりはもしかして警察の方でしょうか!?』
『ああ、俺らは東京法務局戸籍課第四分室、セプター4の隊員です。今日は非番だったんですけど、悲鳴が聞こえたので慌てて駆けつけてきました』
『セプター4の方だったんですね!』
法を犯したストレインを取り締まるセプター4は、公的機関として世間に周知されている。もちろん仕事柄、良いイメージだけでなく悪いイメージもついて回るが、今回はまず間違いなくイメージアップにしかならないだろう。リポーターは目を輝かせてインタビューを続ける。
『そちらの方はウェディングドレス姿ですが、もしかして結婚式の最中だったんですか!?』
『あ、違います。今日は衣装合わせに来てて』
『そうだったんですか! 旦那様はもちろん・・・?』
『俺っす! 俺の奥さん、格好いいでしょ!』
『はい! まるで女優さんのようで見入ってしまいました!』
伏見が消えてなくなりたいと心底思っているのが、何となく鎌本には伝わった。眉をこれでもかと顰めて不機嫌を訴えているのに、日高は伏見自慢が出来るのが嬉しいのか気づいていない。カメラに覗き込まれて、伏見が映らないよう日高の胸に顔を埋めたのも理由のひとつだろう。リポーターたちはそれを先程の行為が放送されて恥ずかしいのだと捉えたようだが、ただ単に今の現状が許せないのだろうなと鎌本は思った。そもそも伏見という人間は昔から、能力の高さに反して目立つことを好まなかった。
『それでは最後に、全国の皆さんに向かって一言お願いします!』
いくつかの質問を終えて、どうにかとりあえず満足したのだろう。背後にはようやく到着した警察の姿もあり、この後伏見たちは現場検証などに立ち会わなくてはならない。リポーターが最後とばかりにマイクを向けると、日高は腕の中で蹲る伏見を見つめて愛しげに微笑み、そしてカメラに向けて宣言した。
『日高暁と伏見猿比古、この度結婚することになりました! 全国の皆さん、祝福よろしくお願いします!』
『以上、現場からお送りいたしました!』
わああああああ、と割れんばかりの拍手が交差点で沸き起こる。テレビのこちらでもアンナと草薙が全力で、鎌本が釣られるように拍手をしていた。いつの間にか床で丸く這い蹲っていた八田が、呪詛のように呟く。
「あいつ・・・猿比古を泣かせたら、絶対にぶっ殺す・・・!」
怨念めいた声が届いたわけでもなかろうに、画面の中の日高が身を震わせて、その隙をついて伏見が腕の中から逃げ出す。ぽかりと日高の頭を一発殴って駆け出していくのを、日高が慌てて追っていく。待ってくださいよ、伏見さん! 微笑ましいカップルのやり取りを最後に、中継は現場からワイドショーのスタジオへと戻された。
それは伏見と日高の結婚が、全国規模で公認された瞬間だった。余談だが湯がく時間が長すぎて伸びきったパスタは、それでも美味しいナポリタンとなって鎌本に食されたのだった。
ちなみにドレスは室長がちゃんと買い取ってくれましたし、むしろ「あのドレスはどこのお店のですか!?」という問い合わせが全国から殺到したので、レンタル店的にも嬉しい悲鳴で万々歳だったそうです。
2013年6月11日