セプター4は伏見さんの私生活改善を試みたいと思います。(服飾編)
伏見さんは何でもありだ。セプター4がそういった結論に辿り着くのは早かった。イケメンだから芸能人でもないのに有名美容室のポスターにもなっちゃうし、頭の出来が違うから独学で物凄い専門知識を身に着けている。本当に伏見猿比古とは出来る男である。同性からしても憧れる。上司として尊敬もする。けれどその一方で偏食だったり小食だったり食べなかったり寝なかったりする物臭だから、手を焼きたくなってしまって仕方がない。人間上手く出来ているものだなぁ、と隊員たちは感心していた。イケメンで仕事も出来るとくれば嫉妬しても当然だろうに、逆に可愛がりたくなってしまうとはこれ如何に。不思議だなぁ、と隊員たちは思っていた。伏見さん、あんなに出来るのにやっぱり弟みたいなんだよなぁ、と。
そんなある日、今日も今日とて異能者が大人しくしてくれているためセプター4は落ち着いていた。かたかたとキーボードの鳴る音で満ちる執務室に、ぴろりろりん、とタンマツの着信音が響き渡る。すぐに止まないそれはメールではないのだろう。伏見が自身のタンマツを取り上げ、ボタン操作してから耳へと当てた。
「はい、伏見です」
聞いてはいけないと分かってはいるが、同じ部屋の中で電話されたら聞こえてしまっても仕方がないだろう。不可抗力不可抗力。そんなことを免罪符にしながら、隊員たちはそっと伏見の会話に耳を澄ませた。
「ああ、お久し振りです。・・・ええ、俺は元気です。・・・空いてる日ですか? そうですね、一番近いのだと明後日ですけど。その次は来週の火曜です」
休みの予定を確認するということは、どうやら相手は仕事関係ではないらしい。伏見さんのプライベート? プライベート? 道明寺の瞳が好奇心に輝き出す。その間も伏見の通話は続いている。
「・・・分かりました。それでは明後日の十一時に。・・・ありがとうございます。俺も会えるのを楽しみにしてます。・・・はい、それじゃあ」
にこ、と伏見が笑った。皮肉気なものではない、にこやかなスマイルだ。猫被りとは微妙に異なるそれに、盗み見していた隊員たちは度肝を抜かれた。ぴっとボタンを押して、伏見はタンマツを机に置く。
「伏見、私的な電話は控えなさい」
「はぁ」
淡島の注意に、やはり反省の欠片も見えない声で伏見が頷く。そのため隊員たちは問いかけるタイミングを失ってしまった。え、おい、ちょっとどう思う、どう思う、どう思う、どう思う。淡島と伏見以外の隊員たちが視線をやり取りし合い、そうして導かれた結論はひとつだった。それすなわち、伏見の彼女フラグの成立である。
明後日休みの奴、尾行な。道明寺の声掛けで任務決行が告げられた。
そうして電話から二日後。ついに伏見の彼女フラグ回収日がやってきた。その日休みだったのは日高と秋山で、二人は九時から寮の入り口で伏見が出かけるのを張り込んでいた。二人からはセプター4の一般隊員メーリングリストにリアルタイムで報告が入れられることになっている。惜しくもその日の日勤に当たってしまった面々は、じりじりとしながらメールが送られてくるのを待っていた。幸いにも淡島は室長執務室で宗像の仕事の補佐をしているため、この場にはいない。吠舞羅大人しくしてろよこの野郎、と思いつつ、隊員たちはそわそわしながらそれぞれのパソコンに向かっていた。
「来た!」
一通目のメールが来たのは十時半のことだった。
「日高からか。『伏見さん、寮を出たなう。駅に向かっている模様なう。』」
「なう」
「ツイッターかよ」
ツッコミを入れつつ、それでもミッションはスタートした。日高のファッションチェックによると、今日の伏見は非常にシンプルな格好をしているらしい。スラックスにシャツにジャケット、プラスしてストール。それでも十分にイケメンであることは、駅の電車待ちの最中にナンパされていることで証明された。伏見さん、やっぱりだよなぁ今更だけど。執務室にそんな空気が漂う。次のメールは秋山からだった。
「『伏見さん、東京駅で下車。東京ステーションホテルに直行。』」
「日高から『俺たちもホテルに入りますか?』って入るに決まってるだろ!」
「相手を確認するまで帰ってくんな!」
淡島がいないため、メールが来る度にぎゃあぎゃあと反応が挙がる。中に入れ、と弁財が指令のメールを飛ばそうとしたとき、逆に秋山からメールが届いた。
「『伏見さん、女性を一人伴って出てきました。』って・・・!」
「うわああああやっぱり彼女か!」
「伏見さん彼女いるのか! あれだけイケメンなら当然だけど!」
「どんなだ!? どんな女だ! 写真を送れ!」
フラグが見事成立したことに、隊員たちは喜びを隠し切れない。あの伏見に彼女、あの伏見に彼女、あの伏見に彼女! 常日頃はそんな存在を匂わせなかった伏見だが、やはりあのイケメンは伊達ではなかった。あの伏見さんの彼女ってどんなだろう、と執務室内では勝手に憶測が飛び交い出す。伏見さんの性質的にうるさい年下は有り得ない。同年代は可もなく不可もなく。っていうか伏見さんのあの性格を抱擁できるなら年上一択だろ、ということで予想は年上の女性となったのだが。
「来た!」
新たなメールの到着に、誰もが急いで添付の写真を開く。気づかれないよう遠目で撮っているため、決して鮮明な写真とは言い難い。けれども分かったのは。
「・・・年上、だな」
五島の呟きに、誰もが頷く、が。
「・・・ちょっと、年上過ぎないか?」
「・・・確かに、そんな感じも・・・?」
「伏見さん、今年で十九だよな・・・?」
「それにしては年上過ぎる気が・・・?」
うーん、と隊員たちは首を傾げた。日高の送ってきた写真に写っているのは、タクシーに乗り込もうとしている伏見と、その連れらしい女性の姿だった。亜麻色の長い髪にストッキングに包まれたすらりとした脚。高いピンヒール。黒い華やかな服装なドレスに近いワンピースのようだ。首元と耳元を飾るアクセサリーの輝きが眩しい。美人である。艶やかな美女だ。けれども、確かに美しいのだけれど年齢は高い気がする。伏見よりも三十歳くらい上な気がする。先入観ありで表現するのなら、腕利きの女性事業家といったところか。
「・・・伏見さんって熟女好きだったんだな」
そんな呟きがぽつんと、執務室に響き渡った。
年下上司の意外過ぎる嗜好が明らかになったが、とりあえず尾行は継続である。前の車を追ってください、とタクシー運転手に告げる日高と秋山をおまえらどこの刑事だと笑いつつ、伏見さんどんなデートプランニングするのかな、いやでも彼女年上だし相手のペースなんじゃないか、と勝手な予想を立てているうちにタクシーは銀座に到着したらしい。
「彼女のお供で買い物か?」
「まぁ、伏見さんを連れてたら見せびらかしたくなるだろうしなぁ」
四十代のやり手の美人キャリアウーマンが、伏見のような若くて格好いい男の子を連れているのだ。その姿は、ある種女性の理想でもあるのだろう。
「『プラダの路面店に入っていったなう。』」
「プラダか。いいなぁ、金持ちは」
もはや彼女の存在と容姿が確認できたので、報告メールを開くのもまったりだ。コーヒーの傍ら、あるいは昼食の片手間に、日高と秋山から届くメールを確認する。女性の買い物は時間がかかるというし、次のメールは一時間後くらいになるかもしれない。そんなことを予想しつつ、隊員たちはのんびりとしたときを過ごしていた。そうして予想通り一時間後にメールが届いたのだけれども。
「『伏見さん、プラダで彼女にシャツとパンツとコートを買ってもらったなう。』だと・・・?」
「『そのままグッチの路面店に直行。』だと・・・?」
ざわり。さざめきが執務室に響き渡る。え、何、どういうこと。のほほんとしていた空気が一転、どよどよとし始める。これって、もしかして。弁財が呟いたけれども、その先は続けない。少なくとも隊員のうち半数は、口にはせずとも弁財と同じような危惧を抱き始めていた。女性の買い物には時間がかかる、というか女性の見立てには時間がかかるらしく、次のメールは再び一時間後だった。その間、執務室には何だか嫌な予感めいた空気が流れていたが、ぴろりん、と場違いに明るい音がメールの着信を知らせる。
「『伏見さん、グッチでベルトバッグとアイコンリングとネクタイを買ってもらったなう。』だと・・・!」
「『そのままアルマーニの路面店に直行。』だと・・・!」
弁財が眉間に皺を寄せる。そしてまた一時間後。
「『伏見さん、アルマーニで服と靴と香水を買ってもらったなう。』だと・・・」
「『買ってもらったらしいスーツに着替えて出てきた伏見さん。』で、写真添付・・・」
「写真・・・」
映っていたのは濃紺にストライプ地の細身のスーツに身を包んでいた伏見だった。やだ何このイケメン。道明寺が力なく呟く。報告のメールでは、伏見と女性はそのまま近くの三ツ星イタリアンレストランに入っていったらしい。購入したものはすべて運んでもらうことになっているのか、手ぶらだという。つまり、それらはすべて寮に届くことになるのだろう。プラダとグッチとアルマーニのブランドロゴでラッピングされた荷物が。
イタリアンレストランから出てきた二人は今度もまたブランド店に向かったらしいが、そのどこでも店頭スタッフではなく、奥からフロアマネージャーらしい人が出てきて女性に挨拶しているのが見えたという。伏見は大人しく着せ替え人形になっているらしく、女性が選んでは伏見に身に着けさせ、気に入ればブラックカードでお買い上げ。それを五店舗繰り返したところで、時刻はすでに夜の八時を回った。山ほど買い物したはずなのに、相変わらず手ぶらの二人はタクシーに乗って始まりの東京駅へと戻ってきた。場所はステーションホテル。ちなみにすでに業務は終了している時間帯だが、日勤の隊員たちは全員執務室でパソコンにかじりついていた。定時で帰宅していった淡島は事情を知らないため不思議がっていたけれども、こればかりは行く末が気になるので残業手当がつかないのも承知で残っている。夜も更けて、いい歳した男女がホテル。伏見に限っては未成年だが、働いているという点では大人にカウントして良いだろう。とにかく、大人の男女がホテル。もはやそこに年齢差などないに等しい。
「・・・この後は、やっぱり」
「あれだよなぁ・・・?」
めくるめく紫ピンクの大人の時間、というやつだろう。伏見のようなぴちぴちの若い男の子が、四十代の美しい女性事業家を抱く、あるいは逆に抱かれるシーンを想像してしまい、隊員たちは何となくもやっとした気持ちになった。いや別に伏見の恋人関係に口出ししようとか、そういうつもりはないのだけれども、どうもこうしっくりこないというか。だったらどんな女だったら許せるんだ、と聞かれても答えに詰まる。つまり彼らはまだまだ伏見に夢を見ていたいのである。あの生意気で可愛くなくてでも可愛い年下の上司に。
「まぁ、伏見さんが童貞じゃないのは分かってたことだしな・・・」
あの色気と物腰で童貞と言われても困る。というか信じられない。隊員たちがしょんぼりとした気持ちになっていると、道明寺のタンマツが鳴った。メールではなく着信で、相手は日高だ。もうメールを送ってくるのが面倒になったのだろう。道明寺は慌ててスピーカーモードにしながら通話ボタンを押す。
「日高、どうした! 伏見さんがやっちゃったか!?」
『何の話っすか!? っていうか逆ですよ! 伏見さん、彼女とホテルの前で別れました!』
「はぁ!?」
『正確に言えばホテルの前で伏見さんだけ降りて、女性はタクシーに乗ったままどこかに行っちゃったんですよ! で、伏見さんはこれから電車で帰るみたいなんで、デート終了っぽいです!』
「マジか! 美人熟女とイケメン十代の熱い夜は無しかよ!」
『無しです!』
うわああああああええええええええおおおおおおおお!? そんな喜んでいいのか惜しがっていいのか伏見さん据え膳食わないなんて男としてやばいですよ、といった感じの歓声が執務室に響いた。理由は良く分からないが、とにかく伏見と彼女は今日はにゃんにゃんせずにお別れしたらしい。俺たちの伏見さんの貞操が守られた! そんなものはとっくのとうになくなっていると知ってはいるけれども、隊員たちはほっと胸を撫で下ろしてそれぞれ帰宅の準備を始める。
「日高、秋山、ご苦労だった!」
道明寺の声掛けで、本日の任務は終了した。伏見さんはちょっと歳の離れた金持ちのキャリアウーマンの彼女持ち。やっぱりあの人パネェよ。そんな感想を抱いてセプター4の面々は結論付けた。
・・・はずだったのだが。
「彼女なわけねぇだろ。パトロンだ」
翌日、出勤してきた伏見に対し、日高が満面の笑顔で「昨日、伏見さんが銀座で彼女とデートしてるとこ見ましたよ! 相手年上ですよね? 何やってる人なんですか?」と尋ねたところ、返されたのが上記の言葉だった。
「一流企業の社長らしいけど、一日デートに付き合えば服とかいろいろ買ってくれるから重宝してる。あっちもどうせ俺を連れて歩けることがステータスなんだろ。持ちつ持たれつだし、別に何かデメリットがあるわけでもねぇし、いいんじゃねぇの」
「・・・ち、ちなみに、関係はいつ頃から・・・?」
「十六のときから?」
報告書を作成しながら片手間にあっさりと答えた伏見に、秋山がしくしくと顔を覆って泣き出した。誰もがくらりと眩暈を感じて倒れそうになる中、弁財が昨日は口にしなかった一言をついに声にして吐き出す。
「伏見さん、それは援助交際って言うんですよ・・・」
その日の夜、寮の伏見の部屋の前には届けられたブランド品がタワーを形成していた。駄目だ、この人。早く何とかしないと。セプター4は改めて、伏見に対してそう思うのだった。
まぁ、伏見君ならこれくらいしそうかなって。お付き合いくださりありがとうございました!
2013年5月16日(pixiv掲載2013年1月3日)