セプター4は伏見さんの私生活改善を試みたいと思います。(食生活編)





「諸君、聞いてほしい。先日、由々しき事態が明らかになった」
セプター4特務隊執務室には、すべての隊員が揃っていた。正確に言えば副長である淡島とナンバー3の伏見、そして執務室が別である室長の宗像は不在だったが、それ以外のすべての平隊員は全員揃ってテーブルを囲み、それぞれが真剣な顔をしている。その中央、道明寺は机の上に両肘をつき、口元で指を組み、真剣な面持ちで話し始める。
「由々しき事態・・・?」
「そ、それは・・・?」
普段からかけ離れた道明寺の真面目な様子に、他の隊員たちも思わず唾を飲み込む。不安そうな顔をする同僚たちの視線を集め、くっ、と道明寺は喉を鳴らして告白する。
「それは・・・」
「それは!?」
一瞬の間の後、絞り出すような声が執務室に響いた。
「伏見さんの部屋に冷蔵庫がないことだ・・・っ!」
ざわっと動揺が部屋中に満ちる。ちなみに今現在、セプター4は少しばかり暇だった。対能力者組織である彼らは、能力者が良い子にしてさえいてくれれば、日常業務だけで基本的に穏やかな時間を過ごすことが出来るのである。宗像と淡島は他部署に出向いており、伏見は情報班の指導に行っているため、上司がいなくてやることもなく話に花を咲かせてしまうのは仕方のないことだろう。そうして道明寺が告げた内容に、隊員たちは衝撃を受けて固まっている。
「・・・伏見さんって寮だろ?」
「室長のお気に入りってことで、一人部屋をぶんどったよな?」
「でも寮って言ってもマンションみたいなもんだし、食事は自分で用意しなきゃいけないのに」
「それなのに冷蔵庫がないって・・・」
「・・・それ、やばくないか・・・?」
「やばいんだよ!」
がん、と道明寺が拳でテーブルを殴りつける。おちゃらけていることの多い道明寺だが、今は本気で嘆いているのか眉間には深い皺が寄っている。うぐぐ、と喉の奥から声を絞り出し、彼は先日目の当たりにした事実を語る。
「この前、用があって伏見さんの部屋に行ったんだよ。そうしたらあの人の部屋、何があったと思う? 何もないんだよ! ベッドとパソコンしかないんだよ! 冷蔵庫とか電子レンジとかトースターとか炊飯器とか、そういう料理家電がひとつもないんだよ! ちなみに伏見さんが見てない隙にキッチンをチェックしたら調味料ひとつもなし! 食器もマグカップ一個しかなかった! フォークとナイフはマックのパンケーキについてるやつだった! カップめんを作るためのやかんも鍋もなかった・・・!」
「テ、テレビもないのか・・・!?」
「洗濯機は!?」
「テレビはない。洗濯機はあった・・・。乾燥機もついてるやつ。あと、去年の忘年会のビンゴで伏見さんが当てたドライヤーもあった」
クローゼットは各部屋に括り付けになっているので、家具としては論外だ。ちなみに流石の道明寺も、同じ室内に伏見がいる状況でクローゼットの中を覗き見ることは不可能だったらしい。しかし、冷蔵庫がない。冷蔵庫がない。トースターも炊飯器も、一人暮らしの大切なお友達である電子レンジもないという。その事実に隊員たちは愕然とした。
「伏見さん・・・一体どんな食生活してるんだよ・・・」
「・・・キッチンの隅に、ゼリー系のエネルギーチャージとカロリーのメイトさん、サプリメントがいくつか、コンビニの袋に入って置いてあった」
メイトさんはチョコレートとチーズとメープルとフルーツで、ポテト味はなかった。道明寺の報告に、うわぁ、と隊員の誰もが悲愴に顔を歪めた。元より伏見の食の細さはセプター4でも有名だ。朝食を抜くのは当たり前。業務中は当然ながらコーヒーくらいしか飲まないし、昼食は道明寺なり日高なり秋山なり誰かしらが食堂に引っ張っていくからいいとして、夕食はチェックしていなかったのだが、この分では食べていない可能性が高まってきた。
「一日一食とか・・・」
「伏見さん、まだ十代なのに・・・」
「十代って食べ盛りだろ・・・」
彼らの脳裏に伏見の姿が浮かび上がる。すらりとしたシルエット。細い腰。細い腕。細い脚。細い首筋。横から見ると薄いとしか言えない身体に、ぎりぎり血色が悪いには分類されない白い肌。そんな伏見がくるんと彼らの脳内でターンを決める。あの身体を動かしているのが十秒チャージだとすれば、細すぎる腰が折れる日もそう遠くはないだろう。だん、とすべての隊員がテーブルを叩いて立ち上がる。決意に表情を引き締めた彼らの心はひとつだ。
「駄目だ、あの人! 早く何とかしないと・・・!」
こうしてセプター4のセプター4によるセプター4のための、彼らが上司、伏見猿比古食育生活が始まったのだった。



とりあえずターゲットの食生活を再確認しよう、ということで隊員たちの考えは一致した。いつもは食の細い伏見を気にして、誰かしらが昼食に誘ったりお菓子を差し入れたりするのだが、今日はそれを止めて伏見の自然な食事摂取量を観察しようということになった。
「秋山、絶対に差し入れするなよ」
「・・・分かってるよ」
日頃、伏見に付き従うことの多い、それすなわち一番近くで伏見の生活を見ているが故に世話を焼いてしまっている秋山に、道明寺が釘をさす。断腸の思いなのだろう。秋山は悩ましげに表情を歪めて、それでも頷く。彼にしても伏見の食生活改善に繋がるのなら、という苦肉の決断だった。そうして全員が意志を確認し合ったとき、執務室の扉が開いた。始業五分前ぴったりである。伏見は遅刻はしないが早くも来ない。最小限の働きですべてを要領よくこなすのが伏見という人間だった。
「伏見さん、おはようございます」
「おはようございます!」
「あー・・・」
見るからに朝が強そうではない伏見に、しっかりとした挨拶を望んではならない。声が返ってくるだけ今日はまだマシだろう。夢見が悪かったりすると返事すらなくなるのだということをセプター4の面々は知っている。
「・・・弁財、コーヒー」
「はい」
伏見が望むのならば提供はオーケー。道明寺が机に隠れてオッケーサインを出したことを確認し、弁財はコーヒーメーカーへと向かう。
「伏見さん、今日の朝食は?」
「食ってないですけど、それが何か?」
日高と伏見のやり取りを背中で聞きつつ、弁財は戸棚からミルクと砂糖を取り出した。伏見はブラックコーヒーを好むが、朝ばかりは話が別だ。空っぽの胃にブラックなんてとんでもない。弁財からしてみれば、コーヒーよりもホットミルク、もしくは野菜ジュースを提供したいくらいである。けれども出せば伏見がこれでもかと顔を歪めることは想像に容易いため、妥協案として朝はカフェオレと決めていた。伏見専用のマグカップを取り出し、そこにコーヒーを注ぐ。ミルクと砂糖を入れてかき混ぜれば、柔らかな色合いのカフェオレが出来上がる。
「どうぞ」
「どーも」
マグカップを伏見のテーブルに置く。榎本がこっそりとメモを取った。本日最初の飲食、カフェオレ一杯。

ちらり。かた。ちらり。かたかた。ちらり。かたかたかたかた。異能者たちが良い子にしてくれているため、本日のセプター4は暇、ではなく平和である。故に彼らは業務の合間にターゲットもとい伏見を落ち着いて観察することが出来ていた。九時の業務開始から二時間、すでに秋山が泣きそうである。それもそのはず、伏見は朝のカフェオレ一杯以来、何も口にしていないのだ。確かに業務時間内の飲食は褒められたものではないが、内勤ならちょこっと摘まむくらいは許される。それこそ飲み物は自由だし、チョコレートや飴くらいなら食べたところで御咎めはない。しかし伏見はそれすらしないのだ。十九歳の男が昼までカフェオレ一杯で過すなんて有り得ない。伏見さん何か食べてくださいお願いします。見ているこっちがそんな気分になったところで昼食の時間がやってきた。
セプター4では有事に備えて、昼食は前半と後半に分かれて食べることになっている。前半は十一時半から、後半は十二時半からそれぞれ一時間だ。誰が先に行くのかはその日によって変わってくるが、今日の伏見は前半だった。飯に誘いたい。同じく昼食前半組の日高がじたばたと無言で葛藤している。何か食べさせたい。同じく昼食前半組の加茂もじりじりと視線を走らせている。しかし、今日は無理矢理昼食に誘う輩がいないと悟ったのだろう。伏見はこれ幸いと自身の机の引き出しを漁り、何かを取り出した。大豆で出来た栄養食品だった。ブルーベリー味だ。伏見さん、あんたどこの女子高生。もぎゅもぎゅと大豆バーを咀嚼する上司に、セプター4の面々はそっと涙を拭った。ゼリーで済まされなかっただけマシだと思うべきか。いやでも泣きたい。十九歳男子にあるまじき食生活を目の当たりにして、セプター4の隊員たちの心は折れそうだった。
榎本がメモに書き込む。昼食、大豆の栄養食品ブルーベリー味一個。ぱさぱさしていたのか、苺牛乳のパックがプラスされていただけ良いと思うべきか否か。

秋山の胃をしくしくと痛めつつ、弁財の眉間に皺を刻みつつ、道明寺が爆笑から無表情へ変化をしつつ、日高のやきもきを抱えつつ、午後の業務もこなされていく。一部の隊員は巡回に出かけて行ったけれども、今日の伏見は内勤だ。急ぎの仕事を抱えているわけではないのか、情報班からの報告書に目を通しつつ、一定の速度でキーボードを叩いている。猫背気味の体勢はどうしたって怠惰にしか見えないが、それでも有能なのが伏見という人間である。いやもうあの人、あの栄養素だけで何であんなに働けんの。燃費どうなってんの。それが隊員たちの本音だった。
そんな中、室長室に行っていた淡島が出ていくときは持っていなかった箱を手に戻ってきた。
「室長からの差し入れだ。貰いものの洋菓子らしい」
わぁ、とそこかしこで歓声が挙がる。甘いもの好きは女子に限らず、加えて頭を使う業務中なら尚更のことだ。箱の中身はどうやらパウンドケーキだったらしく、淡島はハサミでビニールを開けると、常備されている果物ナイフで人数分に切り分けていく。そうして当然の様子で戸棚の中からあんこの缶詰を取り出した。うわああああああ、と心中で叫んだのは隊員たちである。
淡島のあんこ好き、もしくはあんこを何にでもトッピングする悪食は、伏見の小食と同じくらいにセプター4内では広まっている。ドライフルーツがたくさん入っている洋風パウンドケーキにあんこ。あんこ。マティーニに入れるよりはマシかもしれないが、それだってない。有り得ない。淡島は限度を知らない。パウンドケーキ一切れに、山盛りのあんこを投入することは想像に容易い。駄目だ。せっかく伏見さんが本日二つ目の固形物を口にするかもしれないのに、あんこなんて載せられてしまったら間違いなく食べなくなる。さっと互いに視線を走らせ、一致団結した隊員たちのすべきことはひとつだ。
「副長! 自分たちがやりますので、副長はどうぞ座ってお待ちください!」
「副長はあんこたっぷりですよね。任せてください」
「皿は、えーっと、全員分ないな残念だなー!」
「じゃあ副長の分はこちらの皿に載せて」
布施や五島たちがさささっと歩み寄って淡島の手からパウンドケーキとあんこの缶詰をさりげなく、けれど強引に奪取する。副長に手掴みで食べさせるわけにはいかないから、なんて言いながら一切れだけ皿に載せ、あんこを山盛りにしている横で弁財がビニールに載ったままのパウンドケーキを他の隊員たちに配っていく。
「伏見さんも召し上がりますか?」
これはセーフかアウトか。弁財がちらりと道明寺を見やれば、伏見さんが自分から手を伸ばせばオッケー、というアイコンタクトが返される。切り分けたパウンドケーキを見せて弁財は声をかけた。伏見はしばらく弁財の手元を眺めていたが、あんこの脅威から守られていることを確認したのだろう。無言で指を伸ばし、一番薄い一切れを摘まんでいった。伏見さんは、甘いものが結構お好き。
「秋山、コーヒー」
「はい」
にこりと微笑んで秋山が立ち上がる。榎本がメモに追記した。午後三時、パウンドケーキ薄いの一切れとブラックコーヒー一杯。

異能者が大人しくしていてくれたため、本日のセプター4は定時で帰宅が可能となった。事件が入っているときは一週間の屯所缶詰や三日間徹夜などは当たり前だが、穏やかなときは穏やかなものである。だからこそ日頃問題を起こしがちな吠舞羅に対し、てめぇちくしょうやんのかこるぁ、とセプター4の面々が恨みを抱いても仕方のないことだろう。夜勤入りの隊員に申し送りをして、午後五時のチャイムが鳴ると同時に伏見が席を立つ。この仕事の出来る上司は、業務時間にとても正確だ。超過勤務があるときは誰より残業する羽目になるナンバー3だけれども。
「お先です」
「お疲れ様でした!」
「伏見さん、お気をつけて」
「また明日」
隊員たちににこやかに手を振られて帰る伏見は制服のままだ。セプター4では通勤時の服装は自由だが、寮が敷地内にあるため私服で通いわざわざ制服に着替える者はほとんどいない。タンマツだけをポケットに入れて伏見が扉の向こうに消えていく。ひらひらと手を振って見送り、ぱたん、と扉が閉まり、一、二、三、四、五。
「行くぞ、日高!」
「よっしゃ! お疲れ様でした!」
道明寺と日高がそれぞれ鞄を持って立ち上がる。彼らの任務は伏見が寮の部屋に戻るまでの尾行だ。自宅にあるのは簡易栄養食品だと分かっているため、それ以外の何かを食べるなら帰り道でどこかに寄るはずである。近くなら屯所の目の前にあるコンビニか、歩いて三分のところにあるスーパーか。もしくはどこかの店で食べて帰るのかもしれない。とにかく、夕飯に何を食べるのか。それを確認するのが道明寺と日高の仕事だ。他の隊員たちはそれぞれ寮に帰り、二人の報告を待つことになっている。
「せめて夕飯くらいはちゃんとしたものを食べてほしいな・・・」
「いくら伏見さんでも夕食くらいは大丈夫だろう」
秋山と弁財も心配しながらも流石に夕飯くらいは、と考えながらそれぞれ机の上を片付ける。いくら小食の伏見とはいえ、ちゃんとした食事をとらずに一日を終えるはずがない。それでは余りに不健康すぎるし、あの戦闘における運動量のエネルギー源が説明できない。隊員たちの誰もが心配しつつ、けれども心のどこかで楽観視していた。所詮伏見も十九歳の男だ。米あるいはパンもしくは麺を食べずに一日を終えるなんてことはないだろう。そう考えていたときが、彼らにもあった。
しかしそれは僅か五分後、隊員全員のタンマツに送られてきた日高からのメールで瓦解した。
『伏見さん、寮に直帰。何も買わずに帰りやがったあの人・・・!』
『やべーよ、あの人マジで碌に食べないで一日終えるぞ!』
道明寺からの追撃メールを読んで、秋山をはじめとしたセプター4の面々は崩れ落ちた。伏見はやはり彼らの想像の斜め上を行ったのである。あの人、マジ、十九歳男子じゃない。食糧、霞? いやマジで。



一度戻って制服を着替えてから出かけるんじゃ、という隊員たちの一縷の希望的観測も、伏見が寮から出てこないことで無に帰した。上下左右の部屋で監視していたのだけれども、伏見が寮から出て行く気配は一切なかったのである。在室の証として蛍光灯の電気が消えることはなかったし、道明寺が明日の予定確認と嘯いて電話し居場所を聞いたところ、寮、と一言返されたからもうどうしようもない。そして深夜一時、伏見の部屋の電気は消えた。帰ってから一度も彼が寮を出ることはなかった。それすなわち夕飯を食べたのだとしたら、部屋にストックされているゼリーもしくはカロリーのメイト、そしてサプリメントの錠剤だろう。つまり伏見の本日の総摂取量は、カフェオレ一杯、大豆の栄養食品ブルーベリー味一本、苺牛乳二百ミリリットル、パウンドケーキ一切れ、コーヒー一杯、そして再び簡易栄養食品。以上である。ついに秋山が手のひらで顔を覆った。
「野菜を食べろとか言ってる場合じゃねぇよ・・・!」
日高の言葉に、全隊員が頷く。
「この際、肉でも魚でも何でもいいよ。とにかく伏見さんは食わせなきゃ駄目だ!」
「駄目だ、あの人! 何とかしないと死ぬぞ! このご時世に栄養失調で!」
「今すぐじゃなくても早死にするって!」
うわぁうわぁうわぁ、と誰もが頭を抱えて呻いた。これほどとは思っていなかったのだ。若者にありがちな不摂生という域を伏見は軽々ぴょこんと飛び越えている。飛び越えて平気な顔して動いている。駄目だ、どうにかしないと。倒れられては困る。それは上司という以前に、年少者に対する慈愛だった。っていうか、あんな困ったちゃんを放っておけるわけがない。
「とりあえず明日・・・伏見さんに弁当を作っていってもいいかな・・・?」
はらはらと涙しながらの秋山の言葉に、セプター4特務隊全員が頷いた。彼らの心は違うことなくひとつになっていたのである。
駄目だ、伏見さん。早く何とかしないと。もうこれだけなのだった。





とりあえず食わせよう、という結論に達したそうです。
2013年5月16日(pixiv掲載2013年1月3日)