後日談.部下から上司への気遣い





「君はてっきり、吠舞羅に戻るとばかり思っていましたよ」
報告書を提出しに来た矢先にそんなことを言われ、伏見は舌打ちする以前に思い切り顔を歪めた。クッションの利いた座り心地の良い椅子に腰かけ、宗像は手元のデータに目を走らせている。顔さえ上げずに言われた言葉に、伏見は今度こそ舌打ちした。この忙しいときに、と心中で悪態を吐く。
「それ、副長にも言われたんですけど」
「おや、そうですか」
何食わぬ顔で言ってのける宗像に、伏見は二度目の舌打ちをした。あの学園島での事件から、まだ日はそう経っていない。一人の王を喪った、その余りに大きすぎる事件の渦中にいたセプター4は、公的機関として後始末に追われている最中だった。今も伏見をはじめとした隊員たちは、事件の真相究明と真偽確認のために各所を走り回っている。そんな中、時間を縫って報告書を提出に来てみれば、室長である宗像に絡まれるのだからやってられない。宗像の僅かにこけた頬のラインも、目元の隈も、理由は分かれど同情してやる優しさなど持ちえない。王は嫌いだ。今回の件で、伏見はその気持ちを殊更に強く再認識していた。
「俺、ここを辞めるつもりはないんで」
「理由を聞いても?」
「公務員で安定してるし。仕事してりゃ金も貰えるし。家も寮だから余計な金かかんねぇし。今のところメリットでかいんで」
「そこは嘘でも、『あなたが王だから』と言ってほしかったところですね」
「はっ! 欠片も思ってないくせに良く言う」
ようやく顔を上げて唇の端を吊り上げた宗像に、伏見もわざとらしく肩を竦めてみせてやった。
「大体、王がいなくなった今、吠舞羅なんてただのチンピラ集団じゃないですか。あんなところに戻って何の意味があるんです?」
「強い連帯感が吠舞羅の美徳でしょう? 王を失い立ち行かなくなった彼らに手を差し出してあげるのかとばかり」
「裏切り者が口出すんじゃねぇ、の一言で終わりでしょう。あいつらは周防尊以外に従わない。新たな『赤の王』が生まれても、それは同じですよ」
むしろ新しい王を認めずに殺すくらいのことはするんじゃないすか。皮肉を込めて笑ってやっても、宗像の表情は変わらない。それでも腹の底は穏やかではないだろうことが容易く分かり、それが伏見には面白かった。周防の跡を継ぐに相応しい王でなければ、切り捨てたくなるのはきっと宗像も同じだろう。けれど「青の王」という立場から、彼がそうすることは出来ない。そのことがやけに滑稽で、気の毒だと伏見は思い、手にしていた報告書を机の上へと叩きつける。
「どうぞ、室長」
「・・・確かに、受け取りました」
「俺は副長や他の奴らみたいに甘くないんで。あんたは馬車馬のごとく働いて働いて働き切って始末書にサインしながら死ねばいいんですよ」
そのときは餞に酒でも送ってやります。伏見が意地悪く笑えば、宗像はふむ、と小さく頷いた後に穏やかな微笑みを返してきた。
「そうですね。それでは君に私を殺させなくて済むよう、鋭意努力しましょうか」
「ちっ・・・! 現場検証行ってきます」
「お願いします。気を付けて」
にこやかに見送られ、忌々しい、と思いながら伏見は力一杯室長室のドアを閉めた。元より裏を読むことに長けた人間だとは思っていたが、こうまで容易く汲み取られると腹が立つ。苛立ちのままに伏見は特務隊執務室の扉を蹴り開けた。
「秋山! 現場行くぞ、さっさとしろ!」
「は、はい!」
駆け寄ってくる部下に舌打ちして踵を返す。駆けるような速さで足音を立てながら、伏見は屯所内を突き進んだ。窓から見上げた空は青い、綺麗な色をしている。





ちょっとやさぐれていた室長。
2012年12月31日(pixiv掲載2012年12月30日)