後日談.夜刀神狗朗とネコの今後
美しく、雅で、煌びやかでありながらも広大で荘厳なその間に、狗朗とネコは通された。中央にある棺に横たわっているのは、おそらく第一王権者「白銀の王」である、アドルフ・K・ヴァイスマンの肉体だろう。魂は伊佐那社の身体に移り、その隙に入り込んでいた「無色の王」が更に他人に憑依したため、今は空っぽの状態だ。戻っているのかもしれない、と抱いていた僅かな期待が打ち砕かれたけれども、狗朗はそれを表に出すことなく深く一礼した。己の王ではないが、敬意を払うべき相手である。第二王権者「黄金の王」こと、國常路大覚という人物は。
「このような場を与えてくださったこと、心より御礼申し上げます」
顔を上げ、狗朗はまっすぐに國常路を見据えて自身を名乗った。
「俺は第一王権者『白銀の王』アドルフ・K・ヴァイスマン――いえ、伊佐那社のクランズマン、夜刀神狗朗。こちらは」
「お、同じく、ネコ!」
「第二王権者『黄金の王』であり、偉大なる王でもある貴殿に対し、前触れもなく押しかけてしまった非礼をお詫びいたします」
再度狗朗は頭を下げた。後ろではネコが、まるで毛を逆立てるように警戒しながら、狗朗のコートの袖を握り締めている。まだ十代でしかない若い来訪者二人に國常路は沈黙を布いて相対していたが、ゆっくりとその口元が綻んでいく。それは微かだったが、笑みと呼ばれるものだった。
「・・・あやつも、ついにクランを持ったか」
旧友に対する親愛の呟きは、狗朗とネコには届かなかった。柔らかな感慨を一瞬で消し去り、國常路は威圧を湛えて二人を見つめる。
「して、『白銀の王』のクランが何用だ」
「我らが王、伊佐那社を捜索するにあたり、御前の助力を賜りたく」
「あやつは死んだ。おまえたちもその眼で見ただろう」
「シロは死んでないもん! シロはネコの王なんだから、死なないもんっ!」
國常路の言葉に、ネコが長い髪を振り乱して首を横に振り否定する。首元についている鈴がちりんちりんと物悲しい音を立てた。ストレインか、という國常路の指摘に、狗朗はネコを背に庇うようにして一歩前へと踏み出す。
「あなたもご存知の通り、第一王権者『白銀の王』の属性は不変。いかなる外敵をも受け付けない絶対不可侵の力を持つ。確かにシロは『赤の王』である周防尊に貫かれたが、『白銀の王』の属性を考えれば、それすなわちシロの死とイコールとは考えられない」
「あやつの中にいた『無色の王』のみが、『赤の王』の炎によって焼かれたと?」
「少なくとも俺たちはそう考えている」
「希望的観測だな」
「希望じゃないもん! シロは、シロは、ネコを置いて死んだりなんかしないんだから・・・!」
「・・・ネコ」
ふにゃあ、と大粒の涙を零して泣き出したネコを宥めるように、狗朗はそっと肩を撫でる。シロは生きてるんだから。絶対、絶対、生きてるんだから。頑なにそう主張して止まない姿は、絶望を頑なに認めない子供のようなそれだった。シロ、シロ、と主を乞うて泣く様は憐憫を誘う。
第二次世界大戦後から、國常路は王が代替わりする様を何度となく見つめてきた。時には甚大なる被害を起こし、他を巻き込んで王権爆発する者もいれば、ただ密やかに、誰にも知られず命を落とす者もいた。類稀なる器を持つ王は、常に存在しているわけではない。空席のままの時も長く、それ故に不安定になる世界を國常路は見つめ続け、そして支え続けてきた。それが他の王の模範で在れと定められている「黄金の王」の責務であり、國常路が己に課した義務だった。
脳裏に、旧友の顔が浮かび上がる。最後に会ったのは何十年前になるだろうか。不変を謳う「白銀の王」のことだから、容姿だけでなく、精神も、きっと変わりはなかったのだろう。数日前に電話越し、聞いた声は今もなお耳に残っている。もう一度会いたかった。そう語ったヴァイスマンの声は國常路の記憶と何ら変わらず、けれど覚悟を決めた者の諦観を滲ませていた。あのときは逃げることを止めた旧友の背を押したけれども、言えなかった言葉は今も國常路の胸中にある。
「・・・俺も会いたかった、ヴァイスマン」
「え?」
小さな囁きに、狗朗とネコが顔を上げる。けれど國常路は自身の隣にある棺の表面を一度だけ撫でた後に、瞼を下ろした。次に目を見開いたとき、そこにあったのはやはり力強い王の顔だった。広い間に、深く凄みのある声が響き渡る。
「よかろう。貴様たちに貸してやろう、第二王権者『黄金の王』の権威を」
「っ・・・クロ!」
「ただし、ひとつ条件がある」
ぱっと涙もそのままに喜色を露わにしたネコが、続けられた台詞にまた全身を跳ねさせる。狗朗も緩みかけた表情を改め、気を張った面持で國常路を見やった。若いな、と國常路は心中で思う。自分とヴァイスマンが出会ったときは、まだ彼らよりも年嵩だった。けれど、何十年過ぎようとも変わらないものもある。伸ばした白い髭から零れたのは苦笑だった。
「ヴァイスマン、いや、伊佐那社は、おまえたちの王であると同時に我が友でもある。奴を見つけた暁には、必ずここへ連れて来い。友として、あやつには言ってやりたいことが山のようにあるのだ」
それが約束出来るのならば、おまえたちの捜索に手を貸そう。國常路がそう言えば、狗朗は面食らって目を丸くしていたが、すぐに仕方なさそうに苦笑を浮かべた。それは國常路ととてもよく似た表情で、ヴァイスマンの、伊佐那社の友であることが如実に分かる顔でもあった。年齢を超えて分かり合える空気が流れ、ネコは唇を尖らせていたけれども、こくんと小さく頷く。狗朗が三度、深く頭を下げた。
「ありがとうございます」
「礼はあやつを見つけてから聞こう。宛はあるのか?」
「いえ・・・。当面は、ネコの嗅覚に頼ろうかと思っています」
「ネコ、シロの臭いなら分かるもん! 今は・・・分からない、けど・・・で、でも! シロが近くにいるって分かれば絶対に分かるもん!」
「ストレインならばそれも可能か。我が『黄金のクラン』の徴を刻んだ印籠を持たせよう。ウサギから受け取るがいい」
「ありがとうございます。約束は必ず、守ります」
狗朗の真摯な態度に、ネコも感じるところがあったのだろう。握っていた拳を開いて、狗朗と同じようにがばっと頭を下げる。長い髪が無造作に散らばって、その眩しさに國常路は目を細めた。広間を後にしていく二つの背中を見送り、手元の棺に視線を落とす。もう動きはしない、旧友の身体だ。きっと魂がこの器に返ってくることはないのだろう。それでも、入れ物が何であれ、ヴァイスマンが國常路の友であることに揺らぎはない。
時間はかかるかもしれない。けれどきっと、狗朗とネコは伊佐那社を見つけ出すことだろう。それだけの信頼と敬愛があの二人からは感じられた。
「良きクランズマンを持ったな・・・ヴァイスマン」
棺を撫でて、國常路は笑った。動かないはずのヴァイスマンの口元が、そっと綻んで見えた気がした。
こんなスタートはどうでしょう?
2012年12月31日(pixiv掲載2012年12月30日)