45くらい.伏見猿比古と八田美咲のうっかり
それはたまたま、街中でセプター4と吠舞羅が真っ向から出逢ってしまったときだった。やり合う気はないが、やる気はある。宗像と周防が二言三言話をしている間に、にたりと厭らしい笑みを浮かべて伏見が一歩前へと躍り出た。どうせすぐに止められるだろうが、伏見にしてみれば八田が前にいるのにからかわないという選択肢など有り得ないのだ。だからこそ今日も「みさきぃ」と甘ったるく名前を呼んで虐めてやろうと思ったのに、それは先に放たれた言葉にかき消されてしまった。
「ささささささ猿ぅ!? てめっ、何て格好してやがる!」
「あぁ?」
真っ赤な顔で指を突き付けられ、伏見は怪訝な声を挙げてしまった。八田が指さしているのはどうやら伏見自身らしいが、見下ろしてみてもいつもの隊服で何ら可笑しなところは有り得ない。八田が喚いたからか、宗像や周防も会話を止めてこちらを見てきている。だというのに八田は気づいていないのか、真っ赤な顔を左手で押さえながら、それでも指の合間から視線を寄越して、だから、とうるさく喚く。
「あ、足・・・! 出過ぎだろうがっ!」
「足? ・・・あぁ、そういや美咲に見せるのは初めてか」
ようやく何を言われているのか理解して、伏見は唇の端を吊り上げる。八田が指摘しているのは、どうやらショートパンツのことらしい。先日から淡島の命令によって女性用の隊服を身に着けるようになったのだが、この格好で八田の前に現れるのは確かに初めてかもしれない。伏見自身、ようやく慣れ始めてきたくらいだ。短すぎると思っていたパンツも案外に動きやすくて気に入っている。オーバーニーソックスは時折ずり落ちてくるのを忌まわしく感じるけれども、まぁ許容範囲内だ。だが、八田にとっては別だったらしい。顔を真っ赤に染め上げている様子に、伏見のサディスティックな心が否応なしに刺激される。
「何? 美咲、俺の足に欲情してんの?」
「なっ・・・! ちげぇよ、馬鹿! さっさとそれしまえ!」
「しまえって、隊服なんだから仕方ないだろ? おまえにだったら特別に触らせてやってもいいぜ? なぁ、どうする美咲ぃ?」
ブーツのヒールでわざとらしくアスファルトを叩いて近づけば、うぐ、と言葉を飲み込んで八田が上半身だけ逃げ腰になる。可愛いなぁ、みさきぃ。にたにたと性質の悪い笑みを自覚しながら三歩の距離まで来ると、いい加減に限界だったのか八田が帽子の頭を掻き毟って悲鳴を挙げた。
「だからっ・・・そういうことホイホイ言ってんじゃねーよ! 足とか見せてんじゃねーよ、この馬鹿猿っ!」
「あぁ? さっきから聞いてりゃ童貞丸出しのこと言いやがって。何、もしかして」
悪戯に、常のような挑発で、伏見は八田を嘲笑う。
「美咲、俺に惚れてんの?」
だからいろいろ言ってくんの? そう続けた伏見に悪気はなかった。あったと言えばあったのかもしれないけれど、それもいつもの喧嘩へと誘導するための戯言のひとつに過ぎなかった。それなのに。
「っ・・・!」
「・・・え?」
ぶわっと八田が全身を真っ赤に染め上げるものだから。それこそ、先程の比ではないくらいに顔も耳も首筋も手首も指先までを、まるで炎のように真っ赤に染め上げるものだから。だから伏見はきょとんと目を丸くして呆気にとられるしかなかった。
ぱくぱくと、声にはならない口を八田が無意味に動かしている。そして唇を噛み締めて、目尻にじんわりと涙を滲ませて悔しげに睨み付ける様は、どこからどう見ても図星を指された人間のそれにしか見えなかった。ばかさる。悪あがきのような声がぽつんと、伏見の耳を擽った。
ばかさる・・・!
2012年12月24日(pixiv掲載2012年12月23日)