22くらい.八田美咲の衝撃
物が散らかっている自室のパイプベッドは、安物に相応しい軋みを立てて八田の体重を受け止める。うあー、と情けない声を漏らして、八田は小さく被りを振った。ここのところずっと考え事をしていて、考えないようにしているのにずっと脳裏には伏見の姿があって、そうすると彼女のことを考えずにはいられなくなって、ずっとそればかりを繰り返している。裏切り者だとは今でも思っているのに、街中で姿を見ることが出来れば心臓が大きく飛び跳ねる。今までの、うげ、というような邂逅を苦々しく思うものではない。あ、と呟いた途端に鼓動が速まるような、嬉しいんだか困るんだか自分でもよく分からない動揺のそれだ。だが、今日は会えなかった。一週間のうち一回でも会えれば良い方の巡り合わせを、少ないと感じ始めたのはつい最近のことだ。伏見が吠舞羅にいた頃は、中学の頃は、隣にいるのが当たり前だったのに。
そこまで考えて、八田ははっと息を呑んだ。中学という単語から連想的に思い出してしまったのだ。この、今自分が横になっている古びたパイプベッドに、伏見も確かに寝たことがある、と。気が付いた瞬間、ぶわっと八田の全身が沸騰したように熱くなった。慣れ親しんだはずの自分のベッドが違うものに成り変わった気がして、迂闊に身動ぎすることも出来ない。
あれは、そう、いつだったか。明確な日にちまでは思えていない。それでも伏見は八田の部屋に泊まったことがあるし、八田も伏見の部屋に泊まったことがあった。それこそ今の会える日にちよりも頻度が高く、週に二回はお互いの家を行き来していただろう。あの頃の八田はまだ伏見が男ではなく女であると欠片も気づいていなかった。だけど、そういえば伏見は、八田の前で着替えたことはなかったと思い出す。あれはそういうことだったのか、と納得すると同時に恥ずかしくなって、八田は大きくはない身体を更に小さく縮めた。頬に触れる枕。これに頭を載せて伏見は寝ていた。このパイプベッドで、八田と二人並んで。身を寄せ合いはしなかったけれども、肩と手の触れる距離で、確かに一緒に寝た。
「っ・・・」
気が付けば、八田の手は己の下半身に伸ばされていた。中学生の頃の記憶など、もはや曖昧で朧でしかない。だから脳内に描かれるのは、今の伏見が今の姿で八田のベッドに横になっている光景だ。忌々しい青いコートを脱ぎ捨て、白いシャツと濃灰のベストの姿で。大きく開かれている襟口から、もしかしたら八田と同じ場所に刻まれている吠舞羅の証が垣間見えるかもしれない。瞼を閉じて安らかな寝息を立て、赤い唇を僅かに開いて眠る伏見を想像したら、もう手のひらの動きを止められなかった。
「は・・・ぁ・・・っ」
裏切り者と罵っているくせに、こうして自慰の相手には伏見の姿を求めてしまう。馬鹿みたいな矛盾に自分自身をぶん殴りたいけれども、身体は正直だ。己のものを握る手に力を込めて、八田は枕に鼻を押し付ける。もう、伏見の匂いなんて残っているはずがないのに、それでも。
ここまで来て、ようやく八田は認めざるを得なかった。自分は伏見を、一人の女として見ているのだということを。
何であのときの俺は平気だったんだ・・・!
2012年12月24日(pixiv掲載2012年12月23日)