9.八田美咲の苛立ち





最近、伏見猿比古の姿を見ない。八田がそれに気が付いたのは、最後に彼女に会ってから二週間が経過した頃だった。同じチームにいた頃ならまだしも、今は吠舞羅とセプター4とで対立し合っている。だからこそ顔を合わせないのは当然だったけれども、それでも伏見はレーダーでもついているのか、八田の居場所を確実に見つけ、絡んでくるのが常だった。少なくとも週に一回は定例のように邂逅していたのに、半月が経っても伏見は八田の前に姿を見せなかった。セプター4は変わらずに毎日巡回を行っている。それなのに、その中に伏見の姿だけがないのだ。
「ちっ! いねぇ・・・」
スケートボードを走らせて、少し遠い位置からセプター4を観察する。その中に眼鏡をかけた伏見の横顔はなかった。今日もかよ、と舌打ちして八田は地を蹴ってボードを滑らせる。街並みが流れ、セプター4が遠ざかっていく。伏見のいない青服に用はないのだ。
顔を合わせればからかってくる、チビだの童貞だの揶揄してくる、腹が立って仕方のない裏切り者を、どうしてこんなに気にするのか。考えるだけで腸が煮えくり返り、これもすべて猿の所為だ、と八田は半ば八つ当たり気味にそう結論付ける。伏見が自分の前で、意識を失い、倒れたりなんかするからだ。行くあてもなく、闇雲にボードを走らせる。
二週間前のあの日だって、たまたま出くわしただけで八田に他意はなかった。それでもどんなときでも、例えそれが別の事件の対応中であっても、伏見は八田を見つければにやりと性質の悪い笑みを浮かべて「みさきぃ」と彼の嫌がる下の名前を呼んできた。煽られているのは分かっているけれども、どうしたって腹が立つのは仕方がない。伏見が八田を殺したがるように、八田だって伏見が気に食わないのだ。吠舞羅を抜けて、あろうことかセプター4に走った裏切り者。だからあの日だって、いつものように互いを貶し合って戦いになると思っていたのに。
『てめぇなんかとっとと消えろよ! っ・・・八田美咲!』
「っ・・・!」
思い起こされる悲鳴にも似た叫びに、八田はぐっと唇を噛み締める。あの日、伏見が紡いだのは八田の名前ではなく、拒絶の言葉だった。今までずっと絡んできたのが嘘のように、あの日の伏見は八田への拒絶を明確にしていた。顔も見たくない。どっか行け。消えろ。それは今までの応酬からしてみれば子供じみた暴言だったけれども、八田に与えた衝撃は大きかった。余裕の睥睨ではない。憎悪に満ちた、憎悪しかない目で、伏見は八田を睨み付けていたのだ。あんなに本気で憎しみをぶつけられたのは初めてだった。今までどれだけぶつかってきたのか数えてもいないけれども、それでも初めてだったのだ。
そして、八田にそんな言葉を叩きつけた直後に、伏見は糸の切れた人形のように全身の支えを失ってその場に崩れた。伏見さん、とセプター4のメンバーが手を伸ばさなければ、きっと八田がボードを蹴って細い身体を受け止めていただろう。実際に、手は伸びた。けれどもそれは伏見の身体を受け止めることなく宙に浮き、そのまま行き場を失った。伏見は横抱きにされて車に運び入れられていった。最後にセプター4の一人からきつく睨まれたけれども、それだけだ。車はすぐに走り去ってしまい、八田だけが残される。
あれから二週間、伏見の姿は未だ見ていない。





清々すらぁ!
2012年12月24日(pixiv掲載2012年12月23日)