7.伏見猿比古の我儘





「・・・どこ、ここ」
「私の執務室です。生憎と、救護室のベッドが埋まっていまして」
こちらに布団を敷かせてもらいました、という声に数秒遅れて、伏見の視界に室長である宗像の姿が映し出される。ああ、と寝起きのぼんやりする頭で考えれば、確かに見上げる天井はセプター4のトップである宗像専用の執務室のものだ。おそらく、部屋の一角に設置されている和室に布団でも敷かれており、そこに自分は横になっているのだろう。想像に違わず、宗像は靴を脱いでから座敷へと上がってきた。寝ている伏見の枕元に綺麗な所作で腰を下ろし正座する。伸ばされた手の輪郭がぼんやりと歪んでいて、伏見は今更ながらに自分が眼鏡を外していることに気が付いた。額に触れる手のひらは大きく、そして意外にも温かい。
「体調がすぐれないなら、先に言わないといけませんよ」
「・・・すみません」
「君を連れ帰ってきた秋山君たちが血相を変えていました。医師の見立てでは貧血と過労だそうです。君が優秀とはいえ、無理をさせてしまいましたね」
すみません、と頭を撫でてくる宗像に、伏見は沈黙を返す。過労だなんて、倒れるまで働かされているつもりなどない。確かに超過勤務は多いし、非番の日も緊急出動があれば召集される。だがそれは伏見に限ったことでなく、セプター4に所属する人間全員に言えることだ。だから、今回のこの様は前者の理由が大きいのだろう。宗像は伏見にそう思わせないように、柔く自分の非を口にしたに過ぎない。額に触れていた手はいつの間にか移動して、よしよし、と伏見の頭を撫でてきている。
「伏見君にはしばらくデスクワークをお願いしますね。巡回は他のメンバーに行ってもらいましょう」
「・・・生理休暇とか、マジ嫌なんですけど」
「体調が悪い人を気遣うのは、男女関係なく当たり前のことですよ」
「だから、そういうのが・・・」
舌打ちをして寝返りを打つ。おやおや、と宗像の手が離れていったけれども、そうしたかったのだから妥当な結果だ。横向きで丸まれば白い敷布団が目に入ってくる。血が漏れて染み込んだら嫌だな。そんなことを考える伏見の脳裏は、倒れる前の記憶を呼び起こしていた。巡回の途中で八田に会った。いつもなら会いたくて会いたくて愛したいほど殺したくてたまらない相手だけれど、今日だけは会いたくなかった。夢見が悪すぎたし、何より今の伏見は、八田がこれでもかと否定した「女」である真っ最中だ。誰に会っても構わなかったけれども、八田にだけは、会いたくなかった。女であるだけで、隣に立つことを許してくれなかった八田にだけは。
「・・・室長」
「どうしました?」
セプター4に入った理由は簡単だ。八田が、着いてくるなと言ったから。ずっと隣にいて背を守ってきたのに、女というだけでそれを許してくれなくなったから。だから、嫌でも視界に入る前に立ち、敵として相対した。裏切り者? 何とでも言えばいい。おまえが俺を見るのなら、立ち位置など些事でしかない。でも、それでも。
「・・・戦う女って、どう思いますか」
こんもりと布団を被っての問いかけは我が事ながら女々しくて、伏見は消えてなくなりたくなった。ふっと、背中で宗像の微笑む気配がする。布団越し、今度はとんとん、と手のひらが背中を優しく叩いてきた。
「格好良くて魅力的ですね。ひたむきで、いじらしく、とても愛らしい」
「変態くせぇ・・・」
「おや」
失礼な、と布団越しに窘められて、伏見は思わず肩を揺らした。そしてそっと目を閉じる。





おやすみなさい、と優しい声がした。
2012年12月24日(pixiv掲載2012年12月23日)