5.伏見猿比古の執着





赤と青、互いに王を戴く者同士、彼らは敵対し合えど、あえてぶつかり合うことはない。もちろん理由があれば全面戦争も辞さないが、それは決して街中の巡回中というタイミングではないはずだ。けれど、伏見の前に八田が現れたときだけ、その理屈は覆される。伏見は吠舞羅というチームには執着しない。ただ、八田にだけ狂気じみた愛憎の殺意を向けるのだ。だからこそ今回もまた、果たされてしまった邂逅に、セプター4の面々は気を張ってサーベルの柄へと手をかけた。数メートルの距離で、鎌本を背後に控えさせ、スケートボードに片足を載せて立っている八田の表情は険しい。仇を目の前にしたかのような顔で、伏見のことを睨み付けてくる。実際にそうなのだろう。八田にとって、吠舞羅を抜け、敵対するセプター4に移った伏見は、違わず「裏切り者」なのだ。だからこそそれを逆手にとって、伏見はいつだって八田を挑発するように彼の下の名前を呼び、戦闘に縺れ込ませる。今日もそうなるだろうと八田を含んだ誰もが思っていた。けれど、違った。
「・・・んだよ・・・」
堪え切れない愉悦を浮かべて前に出てくる姿がない。みさきぃ、とどろどろに甘く蕩けた毒を孕んだ声がない。代わりに発されたのは掠れたアルトの声音で、え、と秋山は思わず後ろを振り向いた。最後尾を歩いていた伏見は顔を伏せており、よく見れば青服に包まれた肩が僅かに震えていることに気づく。伏見さん、と声をかけるよりも先に、顔が挙げられた。黒髪が肩先でぴんっと跳ねるのが見えた。
「俺の前にのこのこ出てくんじゃねぇよ! 顔も見たくねぇんだよ! さっさとどっか行っちまえ!」
「ふ、伏見さん!?」
常と百八十度違う伏見の言動に、秋山たち部下だけでなく八田も、鎌本も驚いて目を丸くする。けれど伏見はそうした視線が向けられていることを認識していないのか、ただ八田だけをきつく睨んで、常の余裕ぶった態度など欠片もなく、ただただ当たり散らすように喚いた。
「てめぇなんかとっとと消えろよ! っ・・・八田美咲!」
サーベルも握らずに、抜刀もせずに、ただ拒絶だけを振り回して伏見は叫んだ。その瞬間、ふわっと意識の引き抜かれる感覚がして、視界が白く染まると同時に膝の力が抜けて崩れる。伏見さん、と慌てて抱き留めようと駆け寄ってくる秋山たちの向こう、八田の顔は、見ることが出来なかった。見たくもない。少なくとも、今日は。そう考えるだけ考えて、伏見は逆らわずに意識を手放しその場へと倒れた。





もう、つかれた。
2012年12月24日(pixiv掲載2012年12月23日)