4.伏見猿比古の思い出





出逢いは中学。馬鹿みたいに運命みたいに馬が合って四六時中二十四時間常に一緒にいた。お互いがお互いの隣にいるのが当然だと思っていて、それは中学を卒業するまで変わらなかった。高校に入って、吠舞羅に入って、まぁその頃には八田は「赤の王」である周防尊に心酔したりするようになり、伏見のことを振り返ることは少なくなったけれども、彼が楽しそうなのでそれで良かった。バーカウンターの隅に腰かけて、仲間たちと戯れる八田を眺めた。退屈だったし物寂しくはあったけれども、いざ戦闘になれば八田が背中を預ける相手は変わらずに伏見だった。だから、それで良かったのだ。世界が二人きりでなくなっても、八田の世界が伏見だけでなくなっても、伏見から八田には、細い糸一本でも通じていたから、それで良かったのだ。だけど唐突に、その糸は切り落とされた。
「伏見はスカートとか履かないの? せっかく女の子なんだから、可愛い格好をすればいいのに」
十束にしてみれば、きっと善意の言葉だったのだろう。けれど他愛ないそれが伏見と八田の間にあった、細い、それでも確固とした、おそらく絆と呼ぶことの出来たかもしれない糸を引き千切ったのは確かだった。その瞬間の八田の顔を、伏見は今でも覚えている。忌まわしい絶望の先走りとして、きっと一生忘れることはないだろう。何言ってんすか、十束さん。猿が女だなんて。笑っているんだか戸惑っているんだか信じたくないんだか、そんな震えた声で言い返す八田の横顔を、伏見はずっと見つめていた。表情が強張っていき、否定も肯定もしない己を振り向き、嘘だろ、と八田が呟いた瞬間が、きっと崩壊の始まりだった。
生まれたときから伏見は女だった。スカートよりも動きやすいパンツルックを好んだのが小学校低学年のときで、ショートカットの髪型を維持するようになったのが小学校中学年のときで、男のような言葉使いと態度を取るようになったのが小学校高学年のときだ。中学の制服は女子でもズボンが許されていたから、スカートを履いたことは三年間一度もなかった。購入すらしなかったくらいだ。胸が膨らみ続けるのを止めることは出来なかったけれども、押さえつけるタイプのブラジャーを買ったり、重ね着したりすることで目立たなくさせていた。傍目には、伏見は男に見えていただろう。それでいいと思っていた。八田は、女子が明らかに苦手だったから。だから、八田が勘違いをしているのなら、そのままでいいと思っていた。このままの関係でいられるのなら、元よりどうでもいいと思っていた女の性を捨てることなど迷いもしなかった。八田の隣にいられるのなら、と。―――それなのに。
ぐらぐらする。足元がふらつく。股の間を血が流れ続けている。女であるこの証が伏見は忌まわしくて堪らなかった。視界に映る街並みはどれも輪郭を描かない。雑踏の無意味な賑わいとブーツの踏み締めるアスファルトの感触だけがすべてで、思考さえ上手く働いてくれない。それでも感覚は鋭敏に、常に一人の気配だけを捉えて伏見をがんじがらめに縛りつけるのだ。今朝の夢が、壊れたビデオのように繰り返される。赤い炎と共に、スケートボードの車輪の回る音がする。





おまえのことを、ただ、あいしていたときがあったよ。
2012年12月24日(pixiv掲載2012年12月23日)