(イナGOCSが始まる前に書いたお話です。)





剣城優一が不動の弟子になればいい。





雷門中のエースストライカー、剣城京介には兄がいる。六年前に木から落ちた弟を庇ったために、足に怪我を負い、今は車椅子での生活を余儀なくされている。そんな兄の手術費用のために、剣城はフィフスセクターに所属し、シードとして聖帝の手足となり働いてきた。だが、そんな剣城はフィフスセクターからの離反を決めた。それは兄である優一に「サッカーを裏切った」と強く叱責されたからだ。剣城は兄が好きだった。尊敬している。だからこそ離反することで手術費用が用意できなくなることが心苦しくて堪らなかったが、兄は「気にしなくていい」と柔らかに笑ってくれた。そう言われて尚、剣城は悲しくて堪らず、身近にいる大人に相談することにした。それすなわち相手は自身の所属するサッカー部の監督である円堂だ。そして円堂はその話をレジスタンスに持ち帰り、鬼道や響木、久遠たちと諮った。かつて雷門中の理事長だった夏美の父親が肩代わりしてもいいと言ったが、完全な第三者からの援助は剣城が嫌がるかもしれない。そうしてうーんと頭を抱え、全員が悩んでいるときだった。
「おい、そいつ年齢いくつだよ」
「ん? ああ、中三って言ってたな」
ソファーに背中を預け、どこかだるそうな様子で眺めていただけの不動が口を開く。
「だったら乳幼児医療制度を使えばいいだろ。稲妻町は赤ん坊から中学生までを対象にしてんだ。そいつの医療費も町が払ってくれんだろ」
ちっ、ちっ、ちっ、ちーん。鳩時計があれば鳩がくるっぽーと鳴いて時の経過を知らせただろう。それくらいの間があり、不動を除く誰もが彼を見やって動きを止めていた。ぎぎぎぎぎぎ、と油の切れたブリキ人形のような音を立てて鬼道が首を巡らせる。そのサングラスから覗く眉間には深い皺が刻まれおり、声はがちがちに固まっている。
「にゅ、乳幼児医療制度・・・?」
「何だよ。鬼道ちゃん、知らねーの?」
ふふんと馬鹿にするように鼻で笑い、不動はざっと説明する。
「保険料を払っている子供が受けられる助成制度だよ。住んでる地域によっては年齢の上限とか所得制限とかあるけどな。通院と入院費の全額を町が負担してくれるから、基本的に患者が支払うのは食事代とか微々たるもんだ。そいつが個室に入院してりゃあ差額ベッド代が生じるけど、そんなの大部屋に移ればいいだけの話だろ」
「そんな凄い制度があるのか!?」
「独り身の鬼道ちゃんは知らなくても円堂は知っとけよ。あんたは結婚してんだから、そのうち子供も出来るだろ」
「へー! 不動は物知りだな! ああでもそうか! それがあれば剣城の手術費用も心配ないな!」
むしろ俺としてはその剣城とかいうガキの親が乳幼児医療制度を知らないことが問題だと思うけどな。不動がそう呟くのを余所に、光明が見えたとばかりに円堂はきらきらと瞳を輝かせている。養子とはいえ娘がいる久遠は知っていて良さそうなものだが、ちらりと視線を向ければ顔を逸らされたため彼も知らなかった、あるいはすっかり忘れていたのだろう。どいつもこいつも使えねぇな、と不動は呆れてソファーにふんぞり返った。
「そうと決まれば剣城に連絡だ!」
「待て、円堂! ここは役所に行って詳細を確認するのが先だ! それと剣城の親御さんにも話をしないと・・・!」
「そうだな、ぬか喜びになったら嫌だもんな!」
きゃっきゃと騒ぎながら円堂と鬼道が会議室を後にしていく。響木たちもこれで安泰だと言い、のんびりと茶を啜り始めた。何だこれと思いながら、不動は役目を終えたとばかりに目を閉じて昼寝の態勢に入った。今日もレジスタンスは平和である。



―――そして三日後。驚異のスピードでセッティングされた手術は無事に成功した。
更に二週間後。リハビリを終えた剣城優一は、数多くの看護師と医師に見送られ、稲妻総合病院を退院した。



解せぬ。不思議なことに現在、不動の隣には、件の剣城優一が立っていた。何だこれ。不動は心からそう思う。
「兄さん・・・! これで兄さんと一緒にサッカー出来るんだな!」
「うん。これも京介のおかげだ。ありがとう」
手を握り合い、感極まったように目を潤ませている剣城は、本当にあの雷門中のエースストライカーと同一人物で良いのだろうか。ちょっとばかしツンが姿を消し過ぎてはいないか? 不動は心底そう思うが、兄弟間の愛情は例え弟だろうと妹だろうと関係ないのだろう。良かったな、とまるで我がことのように目尻を拭っている鬼道から、そっと不動は視線を逸らす。その間も麗しき兄弟劇場は続いている。不動の真横で。
「ブランクは長いからね。京介と一緒のフィールドに立てるよう、俺も頑張るよ」
「ずっと待ってる」
「ああ。必ず帰ってくるよ」
弟の頭をよしよしと撫でて、優一が見上げてくる。にこ、と浮かべられる笑みは柔らかなのに反論を許さないように感じられるのは何故だこれ。
「よろしくお願いします、不動さん」
いつの間にか面倒を見ることが決定事項になっている弟子の存在から、不動は目を逸らしたくて仕方が無かった。いや確かに素材は悪くないのだろうし、才能もあるとは思うのだが、これを自分が育てなくてはならないのかと思うと頭が痛くて堪らない。というよりも。
「・・・物凄いバケモンが誕生しそうな気がするのは俺だけか・・・?」
「大丈夫だ! 不動だからな!」
「ちくしょうこのサッカー脳め!」
「さあ、行きましょう不動さん!」
左腕をがしっと掴まれる。つい三分前まで入院していたはずなのに、この指の力は何事か。というかこいつならリハビリなんかしなくても十分フィールドに戻れるし、とんでもない化身も生み出せそうな気がするのは気のせいじゃないはずだ。ずるずると引きずられ、円堂や鬼道の姿が遠ざかっていく。剣城が兄に向って大きく手を振っているのが見えたが、それもすぐに暗転した。優一の酷く楽しそうな声だけが悪魔の囁きのごとく響き渡る。
「よろしくお願いしますね、不動コーチ!」
不動明王の明日はどっちだ。





優一兄さん+不動明王直伝スキル=最強!
2013年3月31日(pixiv掲載2011年11月4日)