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【「僕は虹に目がくらんで空の青が見えなかった」を読むにあたって】
この話は2011年12月23日公開の映画「劇場版イナズマイレブンGO 究極の絆グリフォン」のネタバレを含みます。これから見に行かれる予定があり、ネタバレが嫌な方は決してご覧にならないでください。
ちなみに小説版は手に入らなかったので未読です・・・。あくまで映画設定ですのでお気を付けください。
閲覧後の苦情は申し訳ありませんがお受け出来ません。何でも大丈夫という方のみお付き合いいただけたなら幸いです。
▼ 大丈夫です、読みます ▼
サッカーが楽しかった。生まれて初めてだ。引き分けだったのに、爽やかな気持ちが身体中を満たしている。―――ああ、これで逝ける。これでやっと、妹に会いに行ける。光に満ちた海を見つめ、シュウはそっと瞼をおろした。指の先が粒子へと変わる。輝き、溶けていく。天馬、ありがとう。囁き、すべてに別れを告げ、シュウは微笑んだ。さよなら、そう呟こうとしたとき。
「待った!」
大きな掌が腕を引き、シュウをこの世へと繋ぎ止めたのだ。
僕は虹に目がくらんで空の青が見えなかった
どんっと身体が後ろの何かへぶつかった。粒子となって消えかけていた指先が、再びその形を取り戻していく。息を呑んでシュウが顔を上げれば、そこにあったのは強い眼差しだった。オレンジ色のバンダナには見覚えがある。
「あなたは、雷門の・・・!」
「シュウ、だよな?」
「どうして、何でここに・・・」
「まだ消えちゃ駄目だ。勿体ないだろ? おまえは折角サッカーが楽しいってことに気が付けたのに」
その男の名前は、存在は、フィフスセクターのシードとなってから、要注意人物としてシュウも教えられていた。雷門中サッカー部の監督、円堂守。そしてその警戒に相応しい人だと、シュウは先程の試合で確信していた。フィールドにいたのは天馬たち雷門中のイレブンだったが、彼らの精神的支えとなっていたのは円堂に違いなかったからだ。大人だというのに、彼は天馬たちと同じ目線に立って物事を受け止めていた。シュウにとってそんな「大人」は初めてで、もし彼があのとき、この島にいてくれたなら、なんてことまで思ってしまったくらいだった。そうすれば妹は生贄になんてならなくて済んだかもしれない。サッカーは楽しいものだと、自分だってもっと早くに知ることが出来たかもしれない。けれど円堂は今、シュウの腕を掴んでいるのだ。目を細めて、にかっと笑って、彼はシュウの名前を呼ぶのだ。
「でも、僕は」
この時代に生きていていい人間ではないのだと、そう言葉にしなくてはならないのに、シュウには出来なかった。ぐいっと円堂が握るのを腕から手のひらに変え、シュウを引っ張って歩き始めたからだ。
「大丈夫。おまえの妹だって、きっと分かってくれるさ!」
振り向いて笑う円堂を見て、まるで太陽のようだとシュウは思った。白竜の光とも、天馬の風とも違う。ああ、とシュウはまたしても納得する。これをフィフスセクターは恐れているのか、と。
円堂に手を引かれるままに連れてこられたのは、つい先程去ったばかりのゴッドエデンスタジアムだった。あんなに暗い場所だと思っていたのに、暗雲が晴れたからだろうか、青空に照らされたそこはとても輝いて見える。芝生さえ喜んでいるようで、緑がいつになく鮮やかだ。観客席にはまだ多くの訓練生たちが残っており、フィールドには自分以外の、白竜をはじめとしたチーム・ゼロの皆もいる。だが雰囲気がさっきとは異なっていることに気づき、シュウは眉を顰めた。サッカーの楽しさを取り戻した興奮の代わりに、今は動揺とでも言えばいいのか、困惑にも似た悲しみが広がっている。白竜に目をやれば、彼も俯くようにしてフィールドを睨み付けていた。どうしたの、とシュウが問うよりも先に、円堂の仲間である、確か壁山という名前の大きな男が近づいてきた。
「キャプテン、やっぱり駄目みたいっす。電話とか通信機は全部壊されてるみたいで、船も一隻も残ってないっす」
「食料はあるけど、大人はひとりも残っていないね。さっきヘリコプターが飛んでいくのを見たよ」
「こんなの酷いっす! あんまりっす!」
憤慨する壁山に、深刻な表情の吹雪。円堂の背で話を聞いていたシュウも、はっとして真実に気が付いた。連絡手段がなく、船もない、大人もいない。自分たちはこの島に取り残されてしまったのだ。おそらくサッカーの楽しさに目覚めてしまったがために、シードの養育を目的としていた大人たち、フィフスセクター側からしてみれば用無しになったのだろう。だから、捨てられた。今このスタジアムにいる子供たちは皆、無慈悲にも切り捨てられたのだ。シュウの視界の端で、白竜の握り締められた拳が震えている。これが、現実だ。これがフィフスセクターの、今のサッカー第一主義である社会の現実なのだ。
唇を噛み締め、シュウも眼差しを伏せる。けれどそんな彼の肩を叩く大きな掌があった。すぐにそれは離れていったけれど、温かな体温がまるで「大丈夫だ」と言ってくれたようで、シュウは前へと踏み出していく背中を見送る。大きくて広い、それは大人の背中だった。
「みんな、聞いてくれ!」
フィールドの中央に立ち、円堂が声を張り上げる。広いスタジアムはざわめきや怒り声、小さな嗚咽などで溢れていたが、その声は確固として響き渡り、誰もが口を噤んで円堂を見た。それはシュウも白竜も同じで、彼らはただじっと円堂を見つめた。
「フィフスセクターの大人たちは、この島を出て行った。でもそれは悲しむことじゃない、むしろ喜ぶべきことだ。ここにいるみんなはフィフスセクターから解放されたんだ。本当のサッカーを取り戻した。だから心配するな! おまえたちはそれを誇ればいい。後は俺たちが引き受ける!」
どん、と拳で自身の胸を叩き、円堂は安心させるかのように歯を見せて笑う。
「風丸、不動」
「ああ。ヒロトと連絡がついた。お日さま園は百人、エイリア学園は三百人までなら受け入れもオーケーだそうだ」
「佐久間にも連絡しといたぜ。帝国は二百人までなら平気だってよ」
「そうか、ならいけそうだな」
携帯電話を片手に示す仲間たちに、円堂は頷いてスタジアムをぐるりと見回す。上から見下ろすのでも、見下すのでもない。視線に含まれているのは覚悟を問う姿勢と、心配、そして慈愛だ。胸にせり上がってくる何かに、シュウは自身のユニフォームの胸元を握り締めた。熱い。じわりじわりと込み上げてくる。これは一体何なのだろうか。
「おまえたちはサッカーの楽しさを取り戻した。もうこんな孤島にいる必要はないんだ。家族のところに帰るなら、俺たちがちゃんと家まで送っていく。フィフスセクターは部活サッカーを管理するけど、個人でやる分には手を出してこれない。だから、これを機会に学校でサッカーするのを辞めるのもいいだろう。試合には出れないけれど、同じような『サッカーを楽しめる仲間』を作って練習するのもいいと思う」
ざわざわと訓練生たちが騒ぎ出す。彼らの中にはサッカーの才能故に親元から強引に連れ出された者も少なからずいたから、帰れることが嬉しいのだろう。だが、逆にサッカー第一主義の社会でのし上がっていくために、自ら子供を差し出した親もいる。エンシャントダークで共に戦ったカイもそのひとりだ。シュウは不安になって彼を見やるが、それすらも円堂は心配無用だと吹き飛ばしてくれる。
「事情があって帰れない奴もいるだろう。そういう奴らは、俺たちが今の社会を元に戻すまで少しの間、養護施設で待っていてほしい。もちろんそこは『楽しいサッカー』が出来るところだ」
でも、と円堂の声が引き締まる。喜びに沸き始めていたスタジアムが、またぴんと張り詰めた空気を取り戻す。
「でも、出来れば俺は、俺たちは、おまえたちにも一緒に戦ってほしい。フィフスセクターを倒して楽しいサッカーを取り戻すためには、一人でも多くの仲間が必要なんだ。だから頼む! 俺たちに力を貸してくれ!」
がばっと潔く下げられた頭に、シュウの方が動揺して狼狽えてしまった。風丸も吹雪も壁山も不動も止めようとはしない。大人が子供に向かって頭を下げるだなんて、シュウは一度も見たことがなかった。このゴッドエデンでは子供は本当にサッカーの道具でしかなかったし、最強を求めるためにはそれでいいと思っていた。遠い昔、すべてをサッカーで決めていたあの頃だって同じだった。シュウの周りにはいつだって、シュウの味方になってくれる「大人」はいなかったのだ。
せり上がってくる思いが熱い。苦しいくらいに胸がいっぱいになって、目の奥が滲んでくる。ああ、天馬。シュウは出来たばかりの友に問いかけたくて仕方がなかった。天馬、この人なら信じてもいいのかな。頼っても、いいのかな。僕も本当は辛かったんだって、苦しかったんだって、悲しかったんだって、泣いてもいいのかな。この人になら。
「・・・俺も、戦います」
「白竜」
誰より先に、円堂に向かって踏み出したのは白竜だった。目標を見据えた強い眼差しに、僅かな笑みさえ浮かべて、彼ははっきりとこの場で宣言してみせた。
「俺は雷門中とした試合のような、『楽しいサッカー』がしたい。楽しいサッカーを取り戻したい! だから円堂監督、俺に学校を紹介してください。フィフスセクターと戦える学校を!」
「っ・・・俺も!」
「僕も!」
「俺もお願いします!」
私も、俺も、僕も、お願いします、円堂監督! チーム・ゼロやエンシャントダーク、アンリミテッドシャイニングに所属していた選手だけじゃない。スタジアムのあちらこちらから声が挙がり始め、それは歓声のように大きくなっていく。みんな、と円堂が感動したように目を瞠り、破顔する。シュウもそっと足を踏み出した。
「・・・円堂監督」
「シュウ」
「僕も、一緒に戦ってもいいですか・・・?」
小さな声での懇願に、それでも円堂は笑ってシュウの肩を抱き寄せてくれた。力強さが直に伝わる。
「当たり前だろ! おまえの妹もきっと褒めてくれる! サッカーで決まる社会なんて間違ってるって、おまえが証明してやれ!」
「っ・・・はい!」
ぽろりと一粒零れた涙をばれないように拭う。肩を叩いて励まされ、シュウは円堂から離れて白竜の元へと駆け寄った。瞳を見れば分かる、気持ちは同じだ。いや、あの雷門中との試合を観ていたなら誰もが同じ意思を抱いているだろう。ずっと昔、サッカーを始めた頃に感じた、あの情熱。サッカーが好きだと思った気持ち。それを今ようやく思い出せた。
先程までの悲愴な空気なんてどこへ行ってしまったのか、今のスタジアムは未来への喜びに溢れている。うんうん、と壁山が嬉しそうに目尻を拭い、良かったね、と吹雪が笑って、不動が小さく肩を竦める。フィールドに転がっていたボールを風丸が柔らかなタッチで拾い上げる。
「鬼道の話じゃフェリーが迎えに来るのは明日だろ? それまでどうする、円堂?」
「そんなの決まってるだろ?」
「そうだな」
風丸のパスを、円堂がワントラップして高く垂直に蹴り上げる。落ちてきたボールをキャッチした手のひらにはグローブが嵌められていた。にっと笑う顔が眩しい。嬉しくて、嬉しくて、嬉しくて、シュウは綻ぶ表情を抑えることが出来なかった。
「よーし! じゃあまずは、そこの一列目と、そっちの一列目!」
観客席の指を指された訓練生たちは、驚きながらも互いに顔を見合わせている。おいで、と手招きして円堂が呼ぶ。
「出て来いよ! 時間はたっぷりあるんだ。みんなでサッカーしようぜ!」
「は、はい!」
チーム・ゼロと雷門中の試合を観ていて、やっぱり自分たちでもやりたくなって仕方がなかったのだろう。誰もが喜色いっぱいの顔でフィールドへと降りてくる。選ばれなかった者たちは、それでも自分たちの出番も順に回ってくると理解したのだろう。わくわくと期待に胸を膨らませている。元はただ、サッカーが好きな少年たちだったのだ。取り戻した心は未だ純粋で、やはりサッカーへの愛は色褪せてなんていなかった。
「白竜」
隣に立つ仲間に、シュウは語りかける。
「サッカーって、いいね」
「・・・ああ。これからきっと、もっと楽しくなる」
「うん」
深く、シュウは頷いた。フィールドでは試合が始まろうとしている。化身なんて出せなくてもいい。力を精一杯出し切ってプレーすることに意義があるのだ。観客席から飛ぶ応援のエールも熱くて、シュウは再び零れた涙を手のひらで拭った。視線の先、円堂が笑う。
ありがとう。シュウの唇がそっと動いて、柔らかく笑った。
タッグバトルならカオスはゼロに勝てないと思う。シードだけあってシュウと白竜はとても優秀だ。
2012年1月2日(title by
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