薄暗い施設の中を、足音を殺して三つの影が進む。設置されている監視カメラの死角を縫うようにして這う影は、ひとつの場所だけをただ目指していた。見回りの兵士の見つけては、物陰に潜んでやり過ごす。それを何回繰り返しただろうか。辿り着いた扉を、バダップはきつく睨み上げた。この先に求めているものがある。
「おい、バダップ・・・。本当にやるのか?」
影のひとつであるエスカバが、躊躇するように囁く。対してもうひとりの共犯者であるミストレは肩を竦めてその三つ編みを揺らした。
「怖じ気づいてるの? 情けないね」
「違っ・・・!」
「―――俺は」
バダップの声に、エスカバもミストレも顔を上げる。彼らの位置からは認証キーを操作する背中しか見えなかったが、そこには断固たる決意が浮かんでいた。
「俺は、この日のために生きてきた。軍事学校に入学したのも、成績でトップを取り続けたのも、すべてこの日のためだ」
小さな機械音を立てて扉が開かれていく。学校ではない、紛れもない政府の軍の施設である。ひんやりとした空気を醸し出している空間の中に、それはあった。カプセルよりも大きい、透明な丸いステージ。今はついていないが、吊るされているライトから注がれる光が奇跡を可能にするという。ごくりと、ミストレが喉を鳴らした。
「これがタイムワープマシン・・・!」
「本当に完成してたのか・・・」
「試運転はまだだが、理論は完璧で設計も正しい。おそらくちゃんと起動するだろう」
真っ暗な空間にライトひとつで足を踏み入れ、バダップは機器に向かう。記憶の中のデータと照らし合わせてボタンを押し始めれば、モーター音を立てて計器が動き始めた。設定する。行くのは、五年前。愚かにもサッカーボールを追って道路に出た、あの瞬間だ。あんなに自分を殺したいと思ったことは、後にも先にも一度きりに違いない。
「俺はお祖父様を死なせない。そのためだけに生きてきた」
「・・・過去を変えることは大罪だぞ? 血縁であるおまえにだって、どんな影響が出るか分からない」
「理解している。それでも俺は、お祖父様に生きていてほしかった。生きて、もっと、サッカーやいろんなことを教えていただきたかった」
最強とされ、鬼と呼ばれ、常に孤高を貫いてきたバダップの声に、そのとき初めて感情が浮かんだ。だからこそエスカバは少しの沈黙の後に大きな溜息を吐き出し、隣に並んでずいっと機器に手を伸ばす。
「設定は済んでるんだろ? 後はタイミングを見計らってレバーを下げるだけか」
「エスカバ・・・。すまない、迷惑をかける」
「水臭いね。俺たち、友達だろう?」
「ミストレ」
ホルスターから銃を引き抜き、ミストレが華麗にウィンクする。ありがとう。ふたりにそう心から述べて、バダップはステージへと向かった。ライトから淡い光が落ち始め、立つバダップの姿を照らし出す。ばたばたと騒がしい足音が近づいてくる。ミストレが扉に向けて銃を構え、エスカバがレバーを握る。光の中、バダップは静かに目を閉じた。・・・お祖父様。大きな音を立てて扉が破られ、兵士たちが雪崩れ込んでくる。
「行くぞ!」
レバーが引き下ろされ、眩い輝きがバダップを包んだ。





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2011年10月30日