十年後の宇宙人を想像してみる。
窓ガラスの向こうでは、白と黒のボールを追いかけて子供たちが笑い声をあげている。管理されたサッカーなど、この園内には存在しない。プレーすることを純粋に楽しみ、ただ上手くなりたい、強くなりたい、最高のサッカーをしたい。そんな夢を抱いて子供たちはサッカーに励んでいる。いっそ世間から隔離されているに等しい喜楽に溢れた空間は、園を運営する大人たちによって作られていた。フィフスセクターの真逆を行く施設の名は、お日さま園。吉良財閥の下に設立され、かつてはエイリア学園としてサッカー界を震撼させた、事情ある少年少女たちを保護し養育する孤児院である。
年齢に多少の差はあれど、男女関係なく楽しそうにサッカーをしている端に、ぽつんと輪を外れている影がある。少しくすんだ青の髪は襟足を掠め、近づけばどこか少女めいた顔をしていることに気が付くが、それが擬態なのだと判断できるのは基山ヒロトという良い例が彼らの身近にいたからだ。ふっとフィールドから背けた顔は、ほら、一転して目尻を吊り上げて憎しみを浮かべている。やっぱりな、と晴矢は頷いた。
「あいつ、シードだろ」
「同感だね。見ていて危なっかしいったらない」
窓のこちら、コーヒーを片手に眺めるのは南雲晴矢だ。その向かいでは勝手知ったる我が家といった様子で棚を漁りココアを探し出した涼野風介が、同意を示して頷いている。彼らの視線の先にいる少年の名は、狩屋マサキ。先日までお日さま園に在籍していた少年である。他の園児たちに混ざることなく、木の影となる場所にひとり立っては忌々しげにボールを睨み付けている所作に、晴矢も風介も呆れたように肩を竦めた。そんなふたりに背後から固い声がかかる。
「・・・俺の生徒を、勝手な憶測で計らないでくれないか」
手にしていた書類を机に置く音が些か乱暴に響く。振り向けばそこにいたのは、ふたりが先ほど脳裏に描いたヒロト本人だ。十年という月日が流れて互いに成長したが、ヒロトは視力を落として仕事のときは眼鏡をかけるようになっている。その顔は未だ見慣れないものであり、見慣れるほど長く傍にはいないから当然でもあるのだろう。にやにやと笑い、机に肘をついて晴矢は視線を外から室内へと移動させた。
「そりゃあすいませんね、基山監督?」
「・・・それで謝ってるつもり?」
「私たちは思ったままを言っただけだが? 過剰に反応するのは君こそマサキがシードだと思ってるからじゃないのかい?」
「風介」
ぴしゃりと、今度こそ強い声でヒロトが押さえつける。それでも晴矢は笑みを消さないし、風介も小さく肩を竦める。いくら怖い顔をしたとしても、ヒロトはやはり幼少期からの連れ合いであるため今更恐ろしさなど感じない。ガイアとプロミネンス、ダイアモンドダストとして敵対し合っていた頃はヒロトの泰然とした態度に苛立つことが多かったが、今となってはむしろ逆。彼をこうしてからかうことに楽しみすら見出している。これは自分たちが大人になったからか、それともヒロトが純粋さを取り戻したからか。どちらでも構わないというのが晴矢の意見だ。
「早とちりも大概にしてほしいね。私は『危なっかしい』と言ったんだ。それは『一歩間違えればシードに落ちる』という意味で、誰もマサキが今シードと言ったわけじゃない」
「俺だって本気で言ったわけじゃねぇよ。それくらい分かんだろ?」
風介が交わすように反論し、晴矢も言葉を重ねればヒロトは口を噤む。けれども眉間に刻まれた深い皺が消えることはなく、ちらりと風介は晴矢を、晴矢は風介を見やって視線を交わした。いつもはヒロトとて流したり何なりするだろうに、こんな他愛ないやり取りにここまで反応するとは。ふたりの予想以上に、日本の中学サッカー界は不味い状況に陥っているらしい。
「そんなに厄介なのかよ、フィフスセクターってのは」
今度こそあからさまにヒロトは顔を歪めた。舌打ちしなかったのはせめてもの義理であり、縋りたい友情なのだろう。フィフスセクターの聖帝である、かつてのチームメイトに対して。
「・・・勝敗まで管理するサッカーなんて間違ってる。問題は、フィフスセクターのやり方を受け入れる学校が多いことだ」
「今やどれだけサッカーが上手いかで社会的立場が決まる。エースストライカーであるあの男に従う輩が多いのも当然だろう」
「エースストライカー『だった』だろ?」
「ああ、そうだったね」
くすりと笑う晴矢と風介は、高校卒業と同時に日本を離れ、今や韓国のサッカーリーグで活躍するプロ選手だ。大学でサッカーを辞め、指導者としての道を歩み始めたヒロトとは異なり、今も現役のフィールドを駆る選手である。アフロディに着いて日本を発ったからこそ、彼らは今の母国の現状を深くは知らなかった。そもそもそういった面倒な類のものは捨てたのだ。エイリア学園と共に、あのエイリアネームと共に。
晴矢はパワープレイヤーとしての地位を確立しつつあるし、風介はずば抜けたテクニックで名を馳せ、彼らはそれぞれのチームでエースを張っている。それはアフロディこと亜風炉照美も同じであり、三人は時折行われる対戦でぶつかることを殊更の楽しみとしていた。ぐるぐる無駄に考えてサッカーするのは辞めたのだ。好きなんだから楽しみたい。それだけが今の彼らを動かしている。まぁ、アフロディはその美貌を活かしてモデルとの二足草鞋を履いていたり、甘いもの好きな風介は某お菓子メーカーの専属としてコマーシャルに出演したりはしているけれども、それもまたサッカーの片手間に過ぎない。
窓の外を見る。マサキはまだ輪に加わらない。馬鹿だなぁ、と晴矢と風介は思う。馬鹿だなぁ。おまえの大好きなサッカーは、おまえひとりじゃ出来ないんだよ。早く楽になってしまえばいいのに。
「・・・雷門に転校したんだろ? だったら時間の問題だな。あそこには円堂がいる。あいつにかかればマサキなんかいちころだろ」
「何せグランを懐柔してみせたくらいだからな」
「グランって・・・やめてよ、その名前出すの」
「おや? ジェネシスとして我らが上に君臨されたグラン様が何を仰る」
今度はヒロトの顔が情けなく困ったものに変わる。くすくすと、今度は声に出して晴矢も風介も笑った。窓の外からはホイッスルの音が聞こえ、きっと審判を務めていたリュウジが何か指示しているのだろう。お日さま園の生徒たちは、そのままひとつの学校に通っている。その学校のサッカー部の監督を務めているのがヒロトであり、コーチがリュウジだ。かつてデザームと呼ばれていた砂木沼は、孤児院を維持するスタッフとして瞳子の補佐についている。好き勝手なことをしているのは晴矢と風介だけだが、それもすべて彼らが自ら選んだ道だ。自分で選んで、切り開いてきた。
「・・・円堂君が雷門中の監督になった今年が、フィフスセクターを倒せるチャンスだと思う。鬼道君は抜けたけど不動君が総帥に着いた帝国に、吹雪君が率いる白恋中。木暮君の話では漫遊寺中も、立向居君がいる陽花戸中も、綱海君と音村君が指揮している大海原中も、みんな反フィフスセクターの意思を固めているらしい」
強く拳を握るヒロトもまた指導者として、彼らと同じくフィフスセクターと戦う決意を固めている。
「どの学校も強豪だ。これだけ揃えば、きっとどこかの学校がホーリーロードを制することが出来るだろう。そうしたらきっと、豪炎寺君も」
「あーはいはい分かった分かった。そっちは勝手にやってくれ。日本のことはおまえに任せた」
「晴矢?」
椅子を鳴らして立ち上がった姿に、きょとんとヒロトが眼鏡の奥の瞳を丸くする。ココアを最後まで飲み切った風介は、茶請けとして用意されていたバームクーヘンを更にひとつを食してから席を立った。そこらへんに転がしていた荷物を拾い上げ、てきぱきと身支度を整えるふたりの様子に、ヒロトも呆れた様子を隠せない。
「・・・君たち、結局何しに日本に帰ってきたの?」
問えば、やはり返されたのは適当な返事だった。
「特に理由はない。チャンスウがたまには里帰りしたらどうだと言っていたから、それに乗ったまでさ」
「茶も飲んだし菓子も食ったし瞳子姉さんに顔も見せたし、そろそろ行くか」
「子供たちと遊んで行ってくれればいいのに」
「Kリーグのスターだぜ? 騒がれんのには嫌気が差してるんだよ」
また今度な、と歩き出す晴矢に風介も続く。ヒロトはそんなふたりをまるで嵐のようだと思って眺めた。今は国境を隔てて生活しているが、それでもヒロトにとって晴矢と風介は紛れもない家族だ。それはお日さま園から巣立っていった他の仲間たちに対しても言えることで、だからいつでも帰ってきてくれて構わない。そう言おうとヒロトが口を開きかけたところで、ドアを背にふたりが振り向いた。にや、と晴矢が歯を見せて笑い、風介が涼やかに唇を吊り上げる。
「さっきの反フィフスセクターのリスト。あれに世宇子中も追加しとけ」
「・・・え?」
「アフロディが監督就任の要請を受けていてね。私たちは彼に借りがあるから仕方ない」
「コーチかよ。物を教えるとか苦手なんだけどな」
「サッカーだから大丈夫だろう。馬鹿な君にもきっと出来るさ」
「おま・・・相変わらずの口の悪さだな」
晴矢が口元を引き攣らせるが、風介は素知らぬ顔だ。荷物を手に出ていくふたりを、ヒロトはぼけっとしたまま見送ってしまった。けれど遠ざかっていく足音にようやく我に返り、床を蹴る。久し振りのダッシュはほんのわずかの距離のはずなのに、やけに息が弾んでしまった。
「ねぇ、今の・・・っ!」
廊下に飛び出て声を張り上げれば、少し離れた距離でふたりが振り向く。その顔は十年経って尚、あの頃と変わらないサッカーを楽しんでいる顔だった。今の日本では滅多にみられなくなってしまった眩しさに、思わず目が暗む。晴矢と風介が笑う。
「今度は負けねぇぞ」
「首を洗って待っていたまえ」
そう言って去っていく背を見送り、少ししてヒロトは破顔した。頼もしい仲間の帰還が嬉しくて堪らなかった。
不動と佐久間が帝国を率いればいいんじゃね? むしろそれ何たる真帝国黄金期。
2011年10月28日