お付き合い後の番外編
「キルア、明日の飛行船のチケット取れたよー・・・って」
ドアを開いてホテルに戻ってきたゴンは、言いかけていた台詞を語尾だけ弱めて、慌てて自身の口を手のひらで覆った。その際に買ってきていた飲み物の入ったビニール袋が音を立てたので、じっと動きを止めて立ち尽くす。様子を窺うが、どうやらキルアが気づいた気配はない。ほっと息を吐き出して、ゴンはそろりと室内に足を進めた。奥にあるベッドのうち、ひとつに仰向けになって、キルアが小さな寝息を立てている。気の抜けた寝顔に、思わずゴンは笑ってしまった。
正式な、所謂「恋人同士のお付き合い」を始めてから、宿に泊まるときは部屋をひとつだけ取るようにした。出会ったばかりの頃もそうだったのだが、いつからかキルアの希望により部屋は別々になっていたのだ。元に戻った今の部屋がダブルではなくツインなのは、ゴンには良く分からないけれども、キルアの「いや無理だから勘弁しろってマジで! まだ無理! まだ無理まだ!」という主張による。「今だってやばいのに、ダブルとか俺が死ぬだろ」という小さな呟きも聞こえたけれど、首を傾げて問い返したら、何でもないと返された。よってふたりは隣り合うベッドで過ごす夜が多く、寝顔を見ることは決して少なくはないのだけれども。
「あはは、キルア可愛い」
窓から差し込む午後の光は明るく、そんな中で寝ているキルアの顔は、どこか幼い。まるで出会った十二歳の頃のようで、ゴンとしては少しばかり懐かしくなってしまった。ビニール袋を、音を立てないようにテーブルに置く。荷物もおろして、足音を消して近づいた。悪意がないからキルアは起きない。出会った頃の、まだ暗殺者としての癖が抜けていなかった頃のキルアと比べてみれば、物凄い気の許し方だ。それだけ近くにいて当然の存在と思われているのなら、嬉しいことこの上ない。
「やっぱり格好いいなぁ」
ベッドに腰掛けるのではなく、絨毯の床に膝をついて、ゴンはキルアの横顔を眺める。十六歳になった今となっては、キルアは美醜に頓着しないゴンでも分かるほどに格好いい青年になっている。背も高いし、体格もいいし、顔立ちが良くて、町中でも多くの女の子が彼に熱い視線を送る。その眼差しは時としてゴンにも向けられ、嫉妬やら羨みやらを投げつけられることもあるけれど、ゴンはそれを真剣に取り合わない。彼女たちがキルアのことが好きで、大好きで、どうしても恋人になりたいというのなら、真正面から言いに来るはず。そうしないのなら、その程度の気持ちということだ。ゴンはそう考えている。それに。
くうくうと寝息を漏らしているキルアの左手に、そっと指を触れさせる。固い皮膚は、戦いに慣れているからか、それとも単純に異性だからか。かさついた感触と伝わってくる体温に、自然とゴンの唇も綻んでいく。眠っているからか手のひらは少しばかり重く、ゴンは両手で包み込むように優しく握る。節くれだった指に、厚い甲。気づけばゴンはその爪先にキスを贈っていた。何だか頬を思い切り摺り寄せたい気もするけれど、流石にそれをしたらキルアが起きてしまうだろう。代わりにぎゅっと両手で握り締め、ゴンはシーツに頭を投げ出した。すぐそこに、愛しい人の寝顔がある。
「・・・キルア」
想いが溢れて、泣いてしまいそうだ。
「俺と出会ってくれて、ありがとう」
囁いて身を乗り出し、うっすらと開かれている唇の端に、ちょこんと口付ける。何だか照れくさくなって、ゴンはえへへ、と頬を掻いて立ち上がった。キルアは気持ちよさそうに寝ているし、今のうちに夕飯の美味しそうなレストランでも見つけて来よう。バッグを抱えて足取り軽く、ゴンはホテルの部屋を後にした。頬をうっすらと染めて、幸せそうに笑いながら。
同じ頃、比較にならないほど顔を真っ赤にしたキルアがひとり、ベッドの上で身悶えていたのだった。
やばいやばいやばいやばい、ゴン可愛い! 超可愛い! ゴン可愛い過ぎてやばい俺死にそう! っていうかこんなことされて、今夜普通に寝れるかよ・・・!
2012年11月23日