ゴンはずっとキルアが好きだったようです。
「あんたたち! まだ付き合ってないってどういうことなのさ!?」
「そうよ! ちゃんと話を聞かせなさいよね!」
「えーと・・・」
詰め寄るビスケとメンチという先輩女性ハンターを前に、困った顔をするゴンは間違っていなかった。事は十数分前に遡る。
ゴンとキルアがいつも通り協会経由で任される依頼をこなしたり、耳にした楽しそうな珍種動物の生態を確認したりしながら、たまたま立ち寄った大きな街だった。ハンター協会の支部の中でも有数の大きさの施設に顔を出し、今回の依頼の報酬を受け取っていたところ、奥まった扉を物凄い勢いで叩き壊して飛び出てきたのが念の実質的師匠であるビスケット・クルーガーと、ハンター試験のときにお世話になった試験官のメンチだったのだ。何やら凄い形相をしていたふたりはフロアを見回してゴンとキルアを見つけると、一瞬で飛んできてゴンを掻っ攫ったのである。「キルア、ちょっとゴンを借りるわよ!」という言葉を残してはいたけれども、親友が今どこで何をしているのかゴンはちょっとばかし心配になってしまう。キルア、不貞腐れてないかなぁ。そうは思うが、今は目の前のビスケとメンチの質問に答えない限り解放してもらえなさそうだ。
「で! どういうことなの!?」
どん、とビスケが勢いよくテーブルを叩く。それでも壊れないのは流石ハンター協会の備品といったところだろうか。ビスケとメンチによって連れ去られた先は協会支部の応接室のひとつで、ふかふかのソファーに放り投げられた次の瞬間には、受付嬢がオレンジジュースを運んできてくれた。ありがとう、とメンチが受け取り、いえいえ、私たちも興味がありますから、なんて受付嬢が言っていたけれども、ゴンは気に留めないことにする。うーん、と首を傾げて、とりあえずゴンは正面から乗り出してくる師匠の質問に答えることにした。
「ビスケとメンチさんは、何で俺とキルアが付き合ってると思うの?」
「だってあんたたち、十六にもなった男女が一緒に旅をしてたら普通そう思うわさ!」
「数多の試練を乗り越えてきたわけよ! しかもゴンは可愛いし、キルアは、まあそこそこイイ男だし、出来てないと思う方がおかしいじゃない!」
あたしの好みじゃないけど、と声高に付け加えてメンチも言い切る。うーん。今度は反対方向にゴンは首を傾げた。
「でも俺とキルアは恋人同士じゃないよ」
「だから何で!」
「だって俺、キルアに告白とかされてないし」
「雰囲気で付き合うとかあるでしょ!? あぁでもこの子たちまだ十六歳なのよね、それはまだ早いか・・・」
今度はぶつぶつ何やら呟き始めたメンチを余所に、ゴンはオレンジジュースを啜る。美味しいなぁ、と考えるゴンの向かいでは、ビスケが何やら考え込むように拳を顎に寄せていた。あの馬鹿、どうして告白してないの。早くしないと他の男に獲られるっていうのに、という声はゴンの耳まで届かない。よし、とビスケが思考を振り切ったのか、改めてゴンに問うてくる。
「キルアは置いておくとして、ゴン、あんたはどうなわけ? キルアのことをどう思ってるのか聞かせなさい」
「俺? 好きだよ」
「だから、そういう友達としてじゃなくて! 異性としてどう思ってるのか聞いてるわけ!」
「うん。だから俺、キルアのこと好きだよ。友達じゃなくて、男の子として。ビスケが聞いてるのってそういうことでしょ?」
違うの、とゴンが逆に問い返せば、ビスケだけでなく頭を抱えていたメンチまでもが振り返って固まった。音まで立てて石像と化してしまったふたりに、どうしてそんなに驚くんだろう、とゴンは不思議に思う。自分がキルアに好意を抱いていることなんて、考えなくても分かるだろうに。そんなに俺、表情に出ないのかな? ゴンが自身のほっぺたを抓ったり伸ばしたりしていると、ようやくビスケとメンチもこちらの世界へと帰ってきた。先程よりも凄い勢いで、もうテーブルに乗り上がるような態勢でふたりは詰め寄ってくる。
「いいいいいいいつから!? あんた、そんな様子全然見せなかったじゃないの!」
「両思いなのに何やってんの! あああ苛々するったらないわさ!」
「っていうかキルアどんだけヘタレ! ハンゾーよりヘタレじゃない! 三枚におろしてやろうかしら!」
「出会ってから四年も経ってるのに未だ友達止まりってどんだけ! あああどんだけ馬鹿! 馬鹿キルア! あんなのあたしの弟子じゃないわさ!」
ぎゃあぎゃあと騒ぐ先輩たちを、元気だなぁ、とゴンは眺める。オレンジジュースがなくなってしまったけれど、どこからか現れた受付嬢が新しい一杯を差し出してくれた。ありがとう、と礼を言えば、いいえ、ととても良い笑顔が返される。何だか本当にとてもイイ笑顔だったが、扉の向こうに消えていく彼女をゴンは追及しなかった。
「・・・で?」
「で?」
約十分後、ようやく騒ぎ終わったらしいビスケとメンチはどこかぐったりしてソファーにもたれかかりながら聞いてきた。だから、とメンチがもどかしそうに言葉を続ける。
「キルアのことが男として好きって本当なの?」
「うん、本当だよ」
「男としてって、あー・・・あれよ? 例えばキスとか・・・ビスケさん、これ言っちゃっていいんですか?」
「十六歳だし、そろそろいいんじゃないの」
「じゃあ言うけど、ぶっちゃけセックスしたいとか思ったりするわけ? キルアと」
真剣な様子のメンチに、日頃の自分を思い返してゴンは答えを返す。
「そこまではまだ思わないけど、でも、手を繋ぎたいなぁって思うことはあるよ。あと、キルアが他の女の子に話しかけられてるときとかは、ちょっと気持ちがもやってするし」
これって好きってことだよね、とゴンが尋ねれば、今度はメンチがソファーの上で丸くなって身悶えしていた。やだもう何この子天使、ピュアすぎてお姉さん辛い。ビスケは飲んでいたコーヒーカップをテーブルに置くと、仕方なさそうに苦笑する。
「あたしもまったく気づかなかったわさ。ゴン、あんたいつからキルアのこと好きだったの?」
「うーん・・・はっきり自覚したのは、NGLから帰ってきた後かな」
「結構前じゃない」
「うん。あのときキルア、俺の怪我を治してくれるために自分の家族を敵に回したよね。その前のNGLのときとかも、俺、自分勝手な行動ばかりで本当にたくさん迷惑をかけてるのに、キルアはいつもそれに付き合ってくれるんだ。キルアの命が危険に晒されたことだってたくさんあるのに、それでもいつも俺のことを助けてくれる。俺のことを心配して、怒って、いつも傍にいてくれる」
ゴンの脳裏にキルアの姿が浮かんでくる。この四年間、誰より近くにいた。物理的な距離だけじゃない。身体も、心も。分かり合える距離にいたと信じている。
「あんなに優しい人、好きにならないでいられるわけがないよ」
だから自分がキルアのことを想うのは自然なことだと、ゴンはそう思っている。素直に言えば、ビスケは優しく笑ってくれた。ようやく起き上がったメンチは何だか自分のことのように照れくさそうで、よくそんなにはっきり言えるわね、と僅かに頬を赤くしている。
「だって本当のことだし」
「あーはいはいもう分かったから。それで? あんただってキルアに好かれてることは気づいてるんでしょ? だったら告白してさっさとくっつけばいいじゃない」
「え? 俺、自分から告白するつもりはないよ?」
「どうせキルアだって満面の笑顔でイエスって言うんだろうから、早く・・・って、え?」
「え?」
今度はメンチとゴンがふたり揃って首を傾げる事態になった。ビスケが呆れた様子で肩を竦めている。え、だって、とメンチは狼狽えているが、ゴンは自分からキルアに想いを告げるつもりはなかった。これはキルアからの告白を待っているからというような理由ではない。
「だって俺、キルアにたくさん迷惑かけてるから。これ以上負担になりたくないんだ」
「負担だなんて! 好きな女に告白されてそう思う男がいるわけないでしょ!」
「違うよ、そういう意味じゃなくて。うーん、何て言えばいいのかな」
うーんうーん。首を捻ってゴンは最適な言葉を模索する。いつだったかクロロが「理由の言語化は難しい」というようなことを言っていたけれど、それが多分こういうことなのかな、とゴンは考える。横道にそれてしまったけれども、今思うのはキルアのことだ。好きだよ。大好き。だけど告白はしない。恋人になりたくないわけじゃなくて、友達という関係を壊したいわけじゃなくて。
「・・・たぶん、俺は、キルアに俺を選んでほしいんだと思う」
「?」
考えながら、ひとつひとつ確かめるように、ゴンは言葉を紡いだ。
「キルアの世界は広いようで狭いから、もっといろんなことを知って、いろんな人と出逢って、その中から俺のことを選んでほしいんだ。今俺が好きだって言ったら、キルアもきっと俺のことを好きだって言ってくれると思う。だけどそれじゃ、俺がキルアの世界を閉じ込めちゃう。今までたくさん迷惑をかけてきたから、これ以上キルアの負担になりたくないんだ。だから俺からは言わない」
「・・・迷惑だなんて、思ってるわけないわさ」
「うん、それでも。俺はキルアが納得したときに、俺のことを好きだって言ってほしい。だから俺からは言わない」
「確かにキルアの視界は狭いからね。円も苦手だから、あの子は」
ビスケは苦笑しているけれど、メンチは納得いかないのだろう。ぐぐぐぐぐぐ、と何やら苦虫を噛み潰したような顔をして、ゴンに向かって唸ってくる。
「・・・そんなことしてる間に、あいつが他の女の子を好きになっちゃったらどうすんのよ?」
「そのときは、それでいいよ。キルアの選んだ子ならいい子なんだろうし」
「よくないわよ! 全然よくない! ああもうっ! あたしはあんたたちが並んでるのを見るのが好きなのよ! それなのに何なの、このふたりは!」
「メンチ、落ち着きなさい。所詮恋愛なんて当人の問題だわさ。あたしたちに出来るのは見守ることだけ」
「でもビスケさぁん・・・!」
応援してくれているらしいふたりに、ありがとう、とゴンは笑う。メンチには余計に睨まれることになってしまったけれど、ゴンには意志を変えるつもりはない。キルアのことは好きだ。大好きだからこそ、告白はしない。ゴンにはキルア以外を選ぶという気持ちがまったくないのだから、キルアが告白してくれるのをいくらでも待つことが出来る。他に好きな女の子が出来て離れていってしまったとしても、そのときはきっと笑って見送ることが出来るだろう。それだけの厚意を、今までキルアはゴンに示してくれた。友愛だったとしてもそれが愛であることに変わりはないから、ゴンにとっては十分なのだ。結果的に恋人になれなかったとしても、ゴンがキルアを想う気持ちは変わらない。だから、それでいい。
「・・・恋愛偏差値ゼロのあの子が挑むには、こりゃあ難関過ぎるわさ」
「同感・・・」
気の毒そうな表情をするふたりに、ゴンはただ笑うだけだった。
結論から言えば、キルアはどこにも行かずにハンター協会支部のホールで、ただひたすらに待っていたらしい。だんだんだんだん。ソファーに座りながらも床に足を打ちつけている様は、元暗殺者だけあって凶悪な人相だ。けれどそれも、奥からゴンが出てきたことでぴたっと止む。代わりに立ち上がって駆け寄ってくる顔には心配しか浮かんでいない。うわーあたしたちのことガン無視だわ。メンチが心底呆れていた。
「ゴン、大丈夫か!? 何もされてないか?」
「あはは、何言ってんのキルア」
「ビスケ! てめーゴンを勝手に攫ってくんじゃねーよ!」
「あんたはもうちょっと師匠に対する礼儀を学びなさい!」
ビスケの容赦ない蹴りがキルアの脛にぶつかる。いてぇ、と叫んで喚き出す応酬はいつものことなので、ゴンは笑って見ているだけだ。ビスケのプロレス技がキルアに決まる。ギブギブ、と床を叩いている姿にメンチが溜息を吐き出しながら話しかけてきた。十六歳になり、それなりに外見はいい方に成長したと思うけれども、メンチにとってキルアは未だに生意気なガキという印象が拭えない。
「・・・ねぇ、あんな男のどこがいいわけ?」
「全部だよ?」
これには迷うことなく答えを返すことが出来たので、ゴンはメンチに笑い返した。呆気に取られているのを見てから、床に崩れ落ちているキルアの方へと近づいて手を差し出す。くそ、あのババア。悪態をつくキルアに再度ビスケの一撃が決まって、また挙がる笑い声。変わらない日常が愛しいと思う。ゴンの手に、キルアのそれが重なった。好きだなぁ。この気持ちが指を通して繋がればいいのにと、ゴンはそんなことを考えている。
早くキルアが俺に好きだって言ってくれますように。実はそんなことを毎日願っていたりするのだ。
オンリーじゃなくてベストを望んでいるゴンちゃんです。
2012年11月23日