キルアがゴンに告白するようです。
アイジエンからヨーロピアン大陸を抜け、流星街を迂回してから新たな国へと足を踏み入れる。脚力には自信があるけれども、流石に長距離での移動は電車や飛行船を使う。ホテルはハンターラインセンスを見せれば一流にだって泊まれるけれど、綺麗な夜景もワインバーも必要ないからいつだってそこそこだ。お上品なフルコースよりも、下町の大盛りご飯の方が好き。面白そうなことがあれば右に左に走りながら、ハンターとして賞金首を狩ったり、住民からの依頼があれば事件を解決したりする。災害など人手のいるときは何を置いてでも駆けつけた。そうしてちょこちょこと感謝されたり名を残したりしながら旅を始めて、もう随分と経つ。
「キルア、今日のホテルはここでいい?」
「ん、いいんじゃね? 店も多いしハンター協会支部も近いし」
昼過ぎ、大通りから一歩入ったところにある小さな宿屋にチェックインする。恰幅な女将は近くの美味しいレストランを教えてくれたので、今日の夕食はそこに決まりそうだ。部屋に入って荷物を置き、ゴンが振り返る。
「先に支部に行っておく?」
「そうだな。これ、ずっと持ってても荷物だしな」
キルアがいつもの鞄の他に、麻袋に入った何かを面倒くさそうに揺らす。今回ふたりは、ハンター協会経由でとある富豪の依頼を受けて、彼が大昔に初恋の女性に送ったというダイヤモンドのネックレスを探していた。家格の差が何とかで両親に引き裂かれて駆け落ちの約束をしたけれど何とかかんとか。皺の刻まれた目尻を涙に濡らして富豪の男性は思い出を語ってくれたが、その大半をキルアは出された高級菓子を食べながら聞き流していた。ゴンはうんうんと相槌を打ちながら真面目に聞いており、後で「おまえあんなに長い話をよく聞けたな」と言ったところ、「だって人の話はちゃんと聞きなさいってミトさんに教わったし」と答えられ、今後はちょっとちゃんとしようとキルアが思ったのも良い思い出である。とにかく、ネックレスは見つかった。女性の怨念がオーラとなってまとわりつき、持ち主となった人々を呪い殺していたりと見事に曰く付きの品になっていたが、ふたりにしてみれば手に入れるのは簡単だった。除念は行っていない。そのままでいいというのがクライアントの望みだからだ。
「ゴン様とキルア様ですね。いつもありがとうございます」
ハンター協会の扉をくぐれば、受付で女性が明るい声で出迎えてくれた。誰が何の依頼を受けているかはネットワークを通じて全支部で共有されているため、ネックレスもスムーズに渡すことが出来る。受付嬢自身もやはりハンターライセンスを有しているか、あるいは念能力者なのだろう。ネックレスを検分し、手のひらを当ててすっと瞳を細める。放たれるオーラに本物だろうと判断したのか、にこ、とふたりに向かって微笑んだ。
「確かにお預かりいたしました。それでは依頼主に確認した後、報酬金額を口座に振り込ませていただきます」
「よろしくお願いします」
「ありがとうございました。もしよろしければ他の依頼も受けて頂けませんか? おふたりの任務達成率の高さはクライアントの間でも評判なんです。あちらに掲示してありますので、興味の惹かれる依頼があれば是非」
手のひらを使って指し示されるのは、椅子が並べられている待合所の壁だ。特別な依頼は別だが、難易度の高くないものは壁にメモが貼られる形で掲示されており、そこから自分でこなせそうなものを選び、ハンターが申請するといったシステムになっている。ありがとう、見てみるよ。ゴンが笑顔でそう言って受付から離れていく。まっすぐにたくさんのメモへと向かっていく姿を見送りつつ、キルアは受付嬢に向かって声を顰めた。その顔は若干の緊張を帯びており、整った青年の顔が常にない真剣さを湛えている。
「あのさ、聞きたいんだけど」
「はい、何か?」
噂には聞いていたけど、やっぱりイイ男じゃない。そんなことを思ったのかどうかは知らないが、相手の期待に応えた彼女は確かに優秀な受付嬢だった。
「こ、ここらへんに、いい感じのカフェとかない? あー・・・俺とゴンが行っても可笑しくない、綺麗めな店とか」
「・・・でしたら、支部を出て右に行ったところにある赤い屋根のカフェがおすすめですよ。若いカップルの方が多く利用されていますから、是非おふたりでどうぞ」
「カップルって・・・! いや、いいや。ありがと」
リア充爆発しろ。そんなことを思ったのかどうかは知らないが、顔を僅かに赤くして礼を言い、ゴンの元へと向かっていくキルアを受付嬢は見送る。順番に依頼のメモを眺めているゴンに声をかけ、ふたりでいくつか見やり、ああだこうだと何かを言い合っている。けれどもピンとくる依頼はなかったのか、彼らが申請することはなかった。ありがとうございました、と礼儀正しく頭を下げてから支部を出て行った少女の後ろ姿に、受付嬢は手を振って応える。ちょっとあのふたりまだ恋人じゃなかったの。ハンター協会じゃ超ビッグカップルって評判じゃなかったっけ。そんなことを彼女が思ったのかどうかは定かではない。
支部を出て左に行けばチェックインしているホテルがあるが、時間もあるしちょっと見て回ろうよ、とゴンが右に曲がってくれたのはキルアにとって僥倖だった。赤い屋根のカフェ赤い屋根のカフェ。まるで敵を探すかのような目で物色するキルアが、どうしてこんなに切羽詰っているのか。それはひとつの理由があった。
―――キルアは今日、ゴンに告白をするつもりなのだ。
告白。それは罪の意識を吐き出すことではない。そもそも今更キルアとゴンの間に隠し事なんてほとんど存在していない。それこそキルアの抱く恋心くらいのものだろう。そう、その恋心をキルアは今日、ゴンに伝えるつもりなのである。自分がゴンのことを女性として見ているのだと気づき、好きなのだと自覚して数ヶ月。早いか遅いかは微妙だが、恋愛のれの字も知らない幼少期を過ごしてきたキルアにしてみれば、兄であるイルミに念なしで挑むという度胸試しにも近い大事である。
告白をしようと思い立ったきっかけは、ヒソカが寄越したビデオテープだった。鞭やら蝋燭やらの折檻は幼い頃から暗殺術の一環として受けてきたため何が楽しいのか分からなかったけれども、まぁ、あれだ、男女の交わりを映像とはいえ生で見たのは、キルアにとって初めての経験だった。興奮よりも衝撃を受けたまま気づけばビデオは終了しており、新たな知識に思わず呆然としてしまったものである。え、ちょっと待てよ。俺があれをやんの? ゴンと? ざあっと身体中の血の気が引いて、次の瞬間には沸騰したのだから青少年の心理とは複雑である。けれども、やばい、ゴンとなら出来るかも。っつーかしたい。そう思ってしまったものだから、キルアは自覚せざるを得なかった。つまり自分は本気で、劣情を持って、ゴンのことを想っているのだと。
しかし如何に暗殺者として世間から隔離されて育ったキルアとはいえ、娑婆に出て数年。セックスの前にはキスがあり、キスの前にはお付き合いがあり、お付き合いの前には告白があるのだということは知識として知っていた。そういった順番を一気に吹っ飛ばした関係があることも分かっているけれど、ゴンをそんな風に扱うことは出来ない。きちんと、ゆっくり、誠実な関係を築いていきたいのだ。キルア自身は気づいていないけれども、それはゴンを大切にしたいという思いに違いなく、それだけゴンを想っているのだという証明でもある。ゴンが嫌ならしない。うん。ひとつ頷いてキルアは再確認する。とりあえず、現時点でキルアの欲しいものは単純だった。自分以外の男がゴンに近づいてきたときに、「こいつ、俺のだから」と言って追い払える権利が欲しいのだ。そのための告白だった。
赤い屋根が視界に入る、はっとキルアは思考を切り替えた。慌てて隣を歩くゴンに声をかける。
「ゴ、ゴン! あのさ、あそこのカフェでちょっと休んでいかね?」
「カフェ?」
「おう。ほら、ケーキとか美味そうだしさ。俺、奢るし」
「あはは、ちゃんと自分で払うよー。でも確かにケーキ、美味しそうだね。キルアはどれにする?」
支払わせてもらうという男の面子は潰されたが、カフェに誘うことには成功した。いらっしゃいませ、とギャルソンエプロンをつけた若いウェイターがドアを開けて出迎えてくれる。席へと案内される間にキルアは店内を見回した。暗すぎず明るすぎる、雰囲気のある店だ。小花柄の壁紙に、少し足の細いおしゃれな椅子とテーブル。ハンター協会支部の受付嬢が言っていた通り、客は若年層が中心で、半分くらいは恋人同士のようだった。他は女性同士の友達連れといった感じで、今までの旅の中では余り入ることのなかった類の店である。キルアとゴンではこういった小さくて芸術的なケーキよりも、たくさん食べられる安くて美味しい食堂を選んでしまうから仕方のないことではあるのだが。
やけに長い名前の品が並ぶメニューの中から、本日のおすすめケーキと紅茶をセットで頼む。かしこまりました、とウェイターがにこりとゴンに微笑んだのが気に食わず、キルアは思わず青筋を立ててしまったけれども、それどころじゃないと気持ちを持ち直した。今告白するのは駄目だ。すぐにケーキと紅茶が来てしまう。ならばケーキと紅茶が届いて、それを半分くらい食べ終わったときが狙い目だ。何て言おう。何て言えばいい。机の下でキルアは拳を握り締める。
「こちら、本日のケーキになります」
「わぁ、美味しそう!」
「ストロベリー・ラズベリー・ブルーベリーの三種のベリーのタルトです。クリームチーズのティラミスとタルト生地のさくさくとした食感をご賞味ください」
やっぱり、ここはストレートに「おまえが好きだ」か? いやでもそれだとゴンには「俺もキルアのこと好きだよ。友達として!」と満面の笑顔で返されかねない。じゃあ「ゴンのことが好きなんだ。友達としてじゃなく、ひとりの女として」? でもそれって長すぎないか? そんなことないか?
「キルア食べないの? 先に食べちゃうよ?」
いや俺はむしろゴンが食べたい。じゃなくて! どうしよう、何て言えばいい。キルアはぐるぐると回る思考回路に、徐々に気持ち悪くすらなってきた。参考例を考えようにもイルミやミルキが役に立つとは思わないし、アルカとカルトは論外だ。身近な恋人持ち、あるいは夫婦であるなら両親がそれに当てはまるが、シルバとキキョウは見合い結婚だと聞いている。だったらゼノじいちゃんは、と思ったところで年代が余りに違うと頼ることは諦めた。そうやって考えていけば、キルアは自分の身近に恋人持ちや既婚者の少なさに愕然とした。容姿の良いクラピカでさえ仕事と復讐一筋といった感じで浮いた噂はない。レオリオは言うに及ばず。あいつら使えねぇ! 果たして何度そう思ったことか。
「美味しいー!」
ケーキを口に運んでとろけるような笑顔を浮かべるゴンに、ぐるぐる中のキルアは気づかない。格好いい告白がしたい。ゴンがそれだけで真っ赤になってくれるような、そんな告白がしたい。けれど経験値の浅いキルアには格好いい告白なんて想像することも出来ず、せいぜいが夜景の綺麗なレストランで「君の瞳に乾杯」程度だ。ゴンのことを好きだと気づいてからは、テレビの恋愛ドラマを見たり、街中でも恋愛話が聞こえてくれば耳を澄ませたりしているけれど、どれもいまいちピンと来ない。何度も何度も脳内でシミュレートして、ああでもないこうでもないと繰り返したため、最近のキルアは寝不足だ。少し隈の出来た顔が鋭くて素敵、なんて擦れ違う少女たちからの評価も今の彼には関係なかった。意味があるのはゴンだけだ。ゴンに好きだと伝えたい。よし、とキルアは一際強く拳を握った。
小細工なんて無しだ。ありのままに、はっきりと伝えればいい。自分はゴンが好きなのだと。大好きなのだと。―――行くぞ! 息を吸い込んでキルアは顔を上げた。真正面には笑顔でケーキを頬張っているゴンがいる。可愛い。そんな気持ちに後押しされるようにキルアは口を開いた。
「ゴン、俺・・・っ!」
おまえのことが、
「えーっ! 嘘、あんた振られたの!? あんなに仲良かったじゃん!」
「そう! 信じらんないでしょ!? 絶対オッケーもらえると思ってたのに!」
「一緒に旅行とか言ってたじゃない。それなのに何で駄目だったの?」
「『一緒にいた時間が長すぎるから妹にしか見れない』とか言われちゃってさぁ。もう最悪!」
キルアの身体が固まった。その間も友達同士らしい女性ふたりの声が店内に響き渡っている。え? 何? ・・・何?
「好きだって気づいたのは最近だったけど、その前からずっと仲良かったし、恋人になれると思ったんだけどなぁ」
「あーでも一緒にいすぎると逆に駄目になるって言うよね。おまえは友達にしか見れないとかさ」
「でもそんなこと言われて友達なんか続けられるわけないでしょ? だから『ふざけんな!』って殴り飛ばして、アドレスも速攻で消去してやった!」
「振った相手と友達なんか出来るわけないじゃん。それ正解!」
「恋人になれなかったらきっぱり関係を断って、そしたら次の恋愛に直進! それが一番!」
「あはは言えてるー!」
にゃごっ、にゃごっ、にゃごっ・・・にゃごっ!? キルアの本来ついていないはずの獣耳が、女性たちの言葉にいちいち大きく反応しては身体をびくつかせる。ゴンがフォークを置いて首を傾げる。おしゃれなテーブルクロス。繊細な絵柄のティーカップ。まるで展示品みたいなケーキに、香ばしい匂いのする紅茶。ひとつの部屋を取ったホテル。いつも食べに行く大衆向けのレストラン。飛行船のチケットを受け取る窓口。並んで座るベンチ。山奥の秘境。向かってくる未知の生物たち。背を預け合って構える安心感。振り返る姿。伸びた黒髪。変わらない笑顔。呼んでくれる、声。数多の思い出が走馬灯のように浮かび上がって。
『キルア!』
失うことなんて出来ない。失うくらいなら。
「キルア?」
はっとキルアが顔を上げると、ゴンが心配そうに自分を覗き込んできていた。気づけば紅茶はすっかりと冷めきっていて、どれだけの時間が経っているのか教えてくれる。キルアの中に、先程までの意気込みや緊張感はなくなってしまっていた。あるのは萎んでしまった風船のような、そんな甘い未来への期待の残骸だけである。ゴンが「大丈夫?」と聞いてくる。
「『ゴン、俺、おまえのことが』、何?」
「あー・・・」
繰り返されても、もはやキルアに出来るのは苦笑いを浮かべることだけだった。背後の席では女性ふたりが、今後の新しい恋愛の展望について明るい声を挙げている。
「・・・何でもない」
「そう?」
「ああ。ほら、早くケーキ食おうぜ」
「食おうぜって、キルアの方が全然食べてないよ」
悪い悪い、なんて言いながらキルアは冷たいフォークを手に取った。想いを告げることで失う可能性があるのなら、恋なんていくらでも秘めてやる。傍にいてもらえなくなる以上に辛いことなんてない。今更、どう足掻いたって失えない。だから、この想いは黙っていよう。今まで通り友達として隣にいよう。大丈夫大丈夫。俺、出来る。強い子だもんな? 自らに言い聞かせて、キルアはケーキを飲みこんだ。甘いはずのケーキは、何故だかしょっぱくてほろ苦かった。
「あー食った食った。次はどっかバザールでも見て回ろうぜ」
結局のところ料金は互いに半分ずつ出し合って、キルアはまたホテルとは違う方向へと歩き始める。そのどこか力を失くした後ろ姿を見やりながら、ゴンは唇を尖らせた。
「・・・『おまえのことが好き』って、言ってくれるかと思ったのに」
雑踏の中へ紛れていこうとしている少年の背中に、少女の恨み言は届かない。不貞腐れたように拗ねた呟きには、どこか甘さが含まれていた。
「キルアのばか」
キルア、恋の臆病さを知る。そのため幸福な未来(?)が一万光年遠ざかった。
2012年11月23日