(アルカは弟設定でお送りしております。)
ミルキはキルゴンに反対しないようです。
イルミの呼びかけによって開催された第339921回ゾルディック家緊急家族会議は、何というかもう、言語にならなかった。イルミの「キルがゴンをお嫁さんにしたいと思ってるみたいなんだよね」と開口一番言ったところ、母親であるキキョウの絶叫が響き渡ったのである。元より甲高い声は悲鳴となると更に威力を増し、並大抵のことでは動じないゾルディック家の面々でさえ慌てて自身の両耳を全速力で塞いだくらいだ。唯一アルカだけは楽しそうにきゃらきゃらと笑い声を挙げていたが、キキョウのもはや言葉ですらない叫びはすでに公害に等しい立派な武器だ。この声だけで暗殺が出来そうじゃな、いや、うるさすぎて暗殺には向かんか。人差し指を耳に突っ込みながら、ゼノはそんなことを考える。
「キキョウ、落ち着け」
「おおぉおっ落ち着いていられるわけないでしょう、あなたっ! キルが、私の可愛いキルが、どこの馬の骨とも分からない女なんかに誑かされてぇぇぇええええええええええええええ!」
「母さんうるさい」
「ゴンちゃんがキルアお兄ちゃんのお嫁さんになるの!? それってアルカのお姉ちゃんになるってことだよね! やったー!」
「駄目よアルカちゃん! キルにはちゃんとゾルディック家に相応しい家柄の、暗殺術も素晴らしい腕前のお嬢さんをって決めてるんですから!」
「ええー。アルカ、ゴンちゃんがいいー! ゴンちゃんー!」
「いけません!」
「・・・おねだり、してもだめ?」
「っ・・・!」
「アルカ、止めなさい」
ざわりと蠢いた気配にキキョウが息を呑むが、シルバが先を制して留めさせる。はぁい、と少しばかり頬を膨らませてアルカは頷いた。けれど三秒後にはメイドから差し出されたココアを嬉しそうに受け取るのだから、ゾルディック家の四男は年齢よりも若干精神年齢が幼かった。紆余曲折があって、軟禁から解放されたアルカだ。念能力のコントロール中ということもあって屋敷から出ることは許されていないが、それでも自由を与えてくれたキルアと、そのきっかけとなったゴンを慕っている。アルカが本気で「おねだり」したら、それこそキルアとゴンの結婚は百パーセント以上の確率で現実のものとなるだろう。最終的な切り札をすでにキルアは有しているが、素直に「じゃあいいよ」と言えないのがキキョウでありイルミである。
「別にさぁ、俺はいいんだよね。キルの嫁がゴンだろうと誰だろうと。キルがうちさえ継いでくれれば、後はそれなりに自由にしてもいいと思ってるんだよ」
「駄目! 駄目よ! キルにはちゃんとしたお嫁さんを見つけてあげないと!」
「うん、母さんもこう言ってるし、じゃあキルにはゴンと別れてうちに帰ってもらう方向で」
「―――俺は、反対だ」
淡々と話を進めていたイルミ対し、待ったがかかる。テーブルについていたイルミが、キキョウが、ゼノが、シルバが、マハが、アルカが、カルトが振り返った先にいたのは、脂肪で大きく膨れ上がった身体を小さな椅子に収めているミルキだった。ゾルディック家の次男。いつもならコーラなどの炭酸飲料が彼の前には用意されているはずなのに、今はただのお茶がひとつ。菓子すら見当たらず、ミルキはただそこに座っていた。
「キルなんか無理に連れ戻さなくてもいいじゃん」
「何を言ってるの、ミルキちゃん! キルはうちの大事な跡取りなのよ!」
「・・・ミルキ、おまえ、俺に逆らう気?」
「違うって、イルミ兄! 逆らう気はないよ! ・・・だけどうちを継ぐってことは、いずれキルが俺たちの上に立つってことだろ?」
「そうだけど、それが?」
「キルが自分から進んで、なりたがってうちを継ぐなら、俺だって認めるさ。だけど嫌々継ぐようなやつに命令なんかされたくない」
ほう、と呟きを漏らしたのはゼノだったかシルバだったか。じわりじわりとオーラを纏い始めた兄に冷や汗を流しながらも、ミルキは反論を綴る。
「キルには才能があるよ。だけど、それだけだ。嫌がる奴を無理矢理当主にしたって、そんなのうちにとって利益はない」
「ふーん。それで?」
「以前のキルなら、イルミ兄の針で操れたかもしれない。でも今のあいつはイルミ兄と同じくらい強い。なら、もう言うことを聞かせるのは無理だろ? アルカを連れ出した経緯だってある。キルの心はもう暗殺者じゃないんだ」
「ミルキちゃん! 何てことを言うの!」
「ママは黙ってろよ! これは俺たち兄弟の問題だ! 俺だってゾルディック家の一員だ! 自分の上に立つやつくらい自分で選ぶ!」
「まぁ・・・!」
絶句し、わなわなと身体を震わせ始めたキキョウは、息子に怒鳴られたことがショックなのか、それとも反抗されたことが喜ばしいのか。スコープに隠されている目元からは覗けないが、ドレスの裾が小刻みに揺れている。立ち上がっていた身体が弛緩し、椅子へと戻った。イルミの黒い目はまっすぐにミルキへと注がれている。兄弟の中で誰より仕事をこなし、誰より暗殺者であろう兄に睨まれ、ミルキの顔色はどんどんと悪くなっていく。元より、ミルキの本業は暗殺というよりも機械開発やハッカーとしての情報収集など裏方なのだ。単純に戦えば、イルミに敵うはずもない。一瞬でこの心臓は鼓動を止めるだろう。分かっていながらも、ぐっと顎を引き、ミルキは言葉を続けた。
「何度も言うけど、キルが自分から進んで暗殺者をやりたいって言うなら、俺だって何も言わない。だけど、多分それはもう無理だ。だったら次を考えるのは当然だろ」
「次?」
「・・・イルミ兄、今年でいくつになる?」
「二十八だけど」
それが? 首を傾げた兄に、ミルキは「俺は二十三だ」と囁いた。
「キルが継がないなら、次の当主になるのはイルミ兄だろ? だったらイルミ兄こそ結婚して子供を作るべきだ。俺たちのさらに次のゾルディック家のために」
「俺が、子供?」
「キルの才能を抜かすなら、俺たち四人の中でイルミ兄が後継者になるのは当然だろ?」
「そうなの?」
きゅるんとイルミが顔を他のふたりへと向ける。四男のアルカは無邪気に笑ってイルミと同じように首を傾げ返しているが、彼が家を継ぐことはおそらくないだろう。悍ましい念能力を有してはいるけれど、アルカ自身は軟禁されていたことも相俟って、何ら暗殺術を身に着けていない。今行われている特訓も念のコントロールが主だったものだ。末弟であるカルトは少し沈黙した後に「イルミ兄様が相応しいと思います」と答えを返す。ふうん、とイルミが呟いた。
「家のことを考えるなら、キルを連れ戻すんじゃなくて、イルミ兄が継ぐことを考えるべきだと俺は思う。だから俺は、キルが誰と結婚しようと構わない。何度も言うけど、キルが自分から継ぎたくてうちを継ぐんだったらそれはそれでいいしさ」
でも、と言ってミルキは立ち上がる。結局最後まで菓子が用意されることはなく、彼が飲んだのは一杯のお茶だけだった。
「やる気のないキルを無理矢理当主にするんだったら、今度は俺が家を出る」
「ミルキちゃん!」
「ママ、俺だってもう二十三だ。自分のことくらい自分で決めるよ。・・・キルと、同じように」
ミルキが歩き出せば、どすどすと言った床の軋む音がする。扉の所まで来たところで振り返り、ミルキは家族を順番に眺めた。
「キルひとり抜けたくらいでゾルディック家は揺るがない。名門って、そういうことだろ?」
脂肪で丸まると厚みのある手のひらで扉を開ける。巨体を揺らして、名を呼ぶ母親からもイルミからの視線も無視して、ミルキは食堂から出て行った。
再度、キキョウの絶叫が始まる。イルミとは違った意味で従順だったミルキの反抗が信じられないのだろう。帽子を振り乱して泣き叫ぶ彼女の横で、くく、とシルバが笑みを漏らす。隣からゼノが脇腹を突いた。
「まったく。子は親の知らぬうちに成長するのう」
「ああ」
それでこそうちの子だ。そう、シルバが深く笑った。
廊下を進み、角を曲がり、食堂からなら「円」でも使わない限り悟られない位置まで来て、がくりとミルキはしゃがみ込んだ。もはや膝はがくがくと笑い、先程の比ではないほどの汗が全身を伝う。ワイシャツはすぐに湿って身体へとへばりついた。
「こえー! こえー! こえーっ・・・! イルミ兄こえー! 死ぬかと思った!」
「お疲れ様でした、ミルキ様」
「イルミ兄、マジこえー・・・! キルのやつ、よくあのイルミ兄に反抗できたな・・・」
こふーこふーこふーと荒い息を繰り返すミルキに、すっとひとりのメイドが近づく。クラシックな黒のワンピースに白いエプロンとヘッドドレスは、ゾルディック家のメイドの制服だ。くすんだ赤毛をひとつに纏め、静か佇む姿は美人ではないが不細工でもない。まだ若いそのメイドが差し出したタオルを受け取り、ミルキは滝のように流れる汗を拭い、こふー、と大きく息を吐き出す。兄に対する恐怖のためか、若干顔色の悪い主にメイドはにこりと微笑みかける。
「ご立派でございましたよ」
「何だよ、惚れたのか?」
「ゾルディック家の使用人は恋愛したら死刑と決まっておりますので」
「あぁそっか、じゃあいいや」
壁に手をついて立ち上がり、タオルを手に持ったままミルキは歩き出す。メイドは三歩下がって追従し、彼らはミルキに与えられている部屋へと戻っていく。どすどすと足音が廊下に響く。
「あー・・・イルミ兄に言い返したら腹減った」
「では、おやつをご用意いたしますね」
「またお茶?」
「本日は特別にノンカロリーのコーラを。それとゼリーもご用意いたしましょうか」
「それもどうせノンカロリーだろ。まぁいいけど」
「お痩せになったミルキ様は、きっとイルミ様にも勝る素敵な男性になりますよ。あと四十キロ、頑張りましょう」
「おー」
主従にしてはどこかほのぼのとした会話しながら屋敷の奥へと消えていくふたりを、廊下の角から高祖父であるマハだけが見守っていた。温かい目で、うむうむ、と頷きながら。
マハ様は次に会ったとき、ミルキの頭をよしよしと撫でたそうです。
2012年11月23日