(ヒソカの語尾記号はログアウトしました。)
ヒソカはキルゴンに大賛成のようです。
「やぁ、久し振り」
「ヒソカ!」
登場の仕方はイルミと同じはずなのに、ゴンとキルアが即時に距離を取って構えたところにヒソカという人間への評価が現れている。しかもそれは攻撃されるんじゃないかという危惧ではなく、何か変なことしてくるんじゃないかという警戒だから尚更だ。街中で声をかけてきたにしては、明らかに狙っていただろうタイミングだ。オープンカフェというよりは屋台に近い店で、ゴンは野菜のたくさん入ったラーメンを、キルアは肉料理のどんぶりを注文して席に着いたところだった。現れたヒソカは相変わらず奇抜な服装をしており、頬のメイクも健在で、そして何より禍々しいオーラも何ら変わってはいない。
「酷いなぁ、せっかく会いに来てあげたのに」
「・・・何の用?」
「んー? クク、相変わらず君たちは美味しそうだねぇ・・・。特にゴン、クロロの言ってた通りだよ」
「?」
「年上の男はイイモノだよ? 君を楽しませてあげることが出来る・・・」
ゴンはきょとんと眼を瞬いたが、キルアは逆に眉間に皺を寄せた。ゴンの頬を撫ぜるように伸びてくる手は特にオーラを纏っているわけではないが、今の言葉を反芻して、反芻して、反芻して、ようやくキルアはヒソカが何を言いたかったのかを理解した。かっと頬が羞恥と怒りに熱を持ち、横から勢いよくヒソカの手を叩き落とす。
「ゴンに触んじゃねーよ!」
「じゃあ君が相手をしてくれるかい?」
「するわけねーだろ! 何の用だよ!」
「ああ、そうだった。お祝いに来たんだよ。キルア、君、ついにゴンのことを好」
きだって気づいたんだってねうふふあはは青春ー。と続くはずだったヒソカの台詞は、キルアの神速(カンムル)によって幻と消えた。一瞬にして屋台から通りを挟んだ反対側の店角まで移動したのは、まさに光速に相応しいスピードだ。首根っこを鷲掴みされて引きずられたヒソカは、それでも楽しそうに目を怪しく輝かせている。一瞬遅れてふたりが消えたことに気づいたゴンは、慌てて席を立つ。
「キルア!」
「わりぃ、ゴン! 俺ちょっとこいつに用があるから先に食ってて!」
「大丈夫なの?」
「平気平気。俺の分は取っといて!」
笑顔を取り繕い、ヒソカを拘束する腕は決して緩めず、キルアはゴンに手を振ると再度場所を変えた。次の瞬間には近くのホテルの屋上におり、ようやく解放されたヒソカは「うーん、お見事」とにこにこ笑い、若干頬を赤くしたキルアが睨み付ける。
「・・・誰から聞いたんだよ」
「何を?」
「だ、だから、俺がゴンのこと・・・っ・・・だって、誰から聞いたんだよ! 兄貴が言うわけないし、クロロ?」
「正解。大人の階段を上ったって聞いてね」
「・・・あいつ、次会ったら殺す」
「怖いなぁ」
照れくさいのを誤魔化すようにキルアは眉間に皺を寄せるが、ヒソカからしてみれば可愛らしい仕草でしかない。ハンター試験で出会ってから四年、随分と背も伸びたし実力も、それこそヒソカが舌なめずりして笑みが止まらなくなるほどについている。だが、こういった情緒面の成長はまだだったのだろう。ゴンと出逢って友情を知り、そして今、キルアは恋情を学ぼうとしている。恋が叶い、男として守りたいものを知ったとき、彼はどんな成長を遂げるのだろう。ああああああああ、美味しそう。美味しそう美味しそう美味しそう。唇の端から恍惚と期待で溢れそうになる涎を、ヒソカはもちろん堪えない。キルアが身も心も一歩どころか五歩は引いた。青い果実はこうして順調に熟そうとしている。先程ちらっと見たゴンといい、君たちは本当に期待以上だよ、とヒソカは身を震わせた。
「どうせおまえも、兄貴に諦めるよう説得しろって言われてきたんだろ? 何と言われようと、俺はゴンを諦めたりしない」
「うん、それでいいと思うよ」
「来るなら来やがれ・・・って」
はた、とキルアが顔を上げる。一瞬前までの涎をどこかへ消し去って、ヒソカは爽やかないい笑顔を浮かべる。
「ボクは賛成だよ、君とゴンが付き合うの。むしろ大賛成」
まさか応援されるとは思ってもいなかったのだろう。キルアは目を大きく瞠り、きょとんと表情を幼いものに戻している。可愛いなぁ、と思いながら、ヒソカは両手を合わせて妄想を綴る。
「君とゴンが付き合ったら、当然セックスをするだろう? 結婚して子供が産まれたら、その子は間違いなく青い果実じゃないか。君とゴンの子供なんだ、男だろうと女だろうと才能には関係ないね。ううん、女の子だったらボクが妻に貰ってあげてもいいよ。もちろん熟して美味しくなった後にぺろっといただくけど、幼い果実もそれはそれでまた・・・。だから、ねぇ、早くゴンと付き合っちゃいなよ。そして子供を」
「ややややるわけねーだろ! ばーかばーかばーか! 誰がゴンとの子供をおまえなんかの嫁にやるか!」
「男の子でも構わないよ」
「尚更だ!」
「・・・残念」
心底そう思っているのか、肩を落とすヒソカは本当に寂しそうな顔だ。だが、キルアからしてみれば当たり前のことだろう。誰が、愛しい人との間に生まれた宝に等しい子供を、みすみす変態の手に渡さなければならないのか。っていうか、子供。子供。子供。ゴンとの、子供。・・・子供。ようやく理解が追いついて、キルアの顔がぼんっと爆発したように真っ赤に染まった。右手で顔を抑えるが、もう遅い。ばっちり目撃したヒソカはまるで我が子を見るような温かい眼差しをキルアに向ける。
「想像もしていなかったって顔だね?」
「っ・・・」
「好きなら劣情を抱いて当然だろう? ゴンを抱きたいと思う君の気持ちは間違ってないよ。ボクだってゴンにはそそられるしね、いろんな意味で」
「―――あぁ?」
「分かってる。残念だけど諦めるよ」
性的な意味では、今のところ。内心でちゃっかりつけたし、一瞬で暗殺者の、否、愛しい女性を守る男の顔にしては些か殺気が鋭すぎるが、そんな顔になったキルアにヒソカは笑う。そして、とん、と人差し指でその胸を突いた。
「とにかく、覚えておいてよ。ボクは君とゴンの恋に大賛成だ。何かあったら困ったことがあったら言っておいで。そのときは喜んで協力させてもらうよ」
「・・・相手が兄貴であっても?」
「もちろん。イルミとは長い付き合いだけど、それとこれとは話が別。ボクはボクの欲望に正直だからね」
くるりと翻った手首の先、指先はいつの間にかトランプを一枚挟んでいた。そこに描かれているのがハートやスペードではなく、ヒソカのホームコードのようだったから、いくばくか悩んだ末にキルアは受け取ることにした。動機は何にせよ、実力だけを見ればヒソカは確実にイルミに対抗できる人材だ。使い捨ててやる、と剣呑な計画を企てるキルアに、またしても何かが押し付けられる。今度は茶色の紙袋に包まれた、本のような厚さのある物体だった。
「何だよ、これ?」
「プレゼント。有効に使ってくれると嬉しいな」
「はぁ?」
「じゃあ、また会おう。ゴンによろしく」
「おいっ!」
「お付き合いのイロハは、まず愛の告白からだよ。頑張って」
ひらりと手を振り、屋上から飛び降りて行ってしまった背を、キルアは呆然と見送った。とはいえ、相手はヒソカだ。追いかける理由はない。時間も随分と経ってしまったようだし、早くゴンのところに戻らないと待ちぼうけしているかもしれない。ヒソカの去った方向とは逆に向かって、キルアは駆け出した。これからゴンと美味しい昼ご飯なのだ。
屋台まで戻ってみれば、料理はラーメンもどんぶりも来ていたのに、ゴンは手を付けずに待っていてくれた。一緒に食べた方が美味しいでしょ、というゴンの言葉通り、少し冷めた料理は決して高いものではないというのにキルアにとってとても美味しく感じられた。もぐもぐと食べながら、時々相手のが欲しくなって分けて貰ったりして、ふたりは会話する。
「そういや、ヒソカの用って何だったの?」
「あ、いや、別に大した用じゃなかった。ほら、あいつ兄貴と知り合いじゃん? その件でちょっと」
「ふーん」
「で、これがヒソカからの土産だってさ! 何だろうな?」
突っ込まれたくなかったので話題を変えれば、ゴンは不思議そうな顔をしたものの追究することなく紙袋へと視線を映してくれた。何だろうなぁ、と誤魔化し笑いを浮かべながら、キルアはテープを剥がして中の物を取り出し、そして速攻で戻した。それは神速以上の速さだった。摩擦熱で紙袋が燃えなかったのが奇跡のような素早さだった。
「? キルア、何だったの?」
「あ・・・っの変態野郎・・・!」
「ねぇキルア、見せてよ。何だったのさ」
「駄目! ゴンは見るな! 絶対に見るな!」
「そう言われると気になるよ!」
見せて、と手を伸ばしてくるゴンを必死に交わし、キルアは真っ赤な顔になるのを止められなかった。心中ではひたすらにヒソカを罵りながら。あのにやついたピエロ顔が脳裏に浮かび、何故さっき殺さなかったと今更ながらに悔やまれる。
紙袋の中に入っていたのは、一本のビデオテープだった。タイトルは口に出すのもアレなので割愛したいが、男女が裸で絡み合っている類の、所謂アダルトビデオだ。加えて鞭やら蝋燭やら鎖やらのオプションが転がっているのは、もはやヒソカの性癖によるものだろう。あの野郎、とキルアは震える拳で紙袋を握った。みしっとビデオの軋む音がする。
キルアがその夜、宿泊したホテルにてビデオデッキを再生したかどうかは、彼の名誉のために伏せておくとする。
ククク、早く美味しくなーあーれー!
2012年11月23日