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キルアはゴンと結婚したいようです。
「や」
突如にょきっと現れた顔に、ぴゃっと跳ね上がって飛びずさったキルアを責められる者はいないだろう。兄と弟、どちらが猫らしいかと聞かれれば微妙なところだが、キルアの背を伝った冷や汗は間違いない。次の大陸へ行く飛行船を待っているところだった。ゴンはちょうど飲み物を買いに行っており、キルアひとりとなるのを見計らっていたのだろう。相変わらず気配の消し方は超一流である兄に、キルアは思わず舌打ちをした。行儀悪いよ、と窘めてくるイルミは相変わらず無表情を地で行っている。
「久し振り、キル」
「兄貴・・・。何だよ、また連れ戻しに来たのか? 何度言われても俺は」
「うん、それはちょっと置いといて」
両手で箱を脇に避ける動作をし、イルミがずいっと一歩踏み出してくる。いつ瞬きをするのかと思わせる目が眼前に迫り、キルアは兄が少しばかり背を屈めていることに気が付いた。だが、それは以前と比較して随分と程度が浅くなっている。思えば視線が近い。自分の身長が兄に近づいていることを知り、キルアが喜んだそのとき。
「ねぇ、キル。おまえ、ゴンが好きって本当?」
アイジエン大陸ゴダイゴ国行き、定刻十六時五分発、四十二便をご利用のお客様は、ただいまよりご搭乗を開始いたします。七番ゲートへお進みください。ぴんぽんぱんぽーん。
どこか作り物めいた女の声に、間の抜けたチャイム。空港内に響き渡るアナウンスに、ちらほらと周囲の人々が搭乗口に向かって歩き出す。キルアの乗る予定の便はまだコールされていないが、もし呼ばれていたとしても今の彼に理解することは出来なかっただろう。ぐわぁっと真っ赤になった顔が次の瞬間青くなり、白くなり、そしてまたじわじわと色を取り戻していく。その間、ずっと兄が自分を観察していることは分かっていたが、キルアに自身の動揺は止められなかった。ぐっと息が詰まる。落ち着け、と何度も言い聞かす。拳を握って顎を引くまで、少なくとも三十秒はかかっただろう。この兄を前に隙を見せるわけにはいかない。この世の誰より警戒しなくてはならない相手が、キルアにとっては兄のイルミだ。しかし喉から絞り出した声ばかりは震えてしまった。主に、己の恋を言い当てられてしまった初心な動揺にだ。
「べ、べべべべべべ別に、ゴンのことなんて好、き、じゃねー、し」
「ふーん。じゃあキルに来てる見合い話、進めていいよね」
「何でそうなるんだよ!? 好きだよ! ゴンのこと好きだ! それでいいんだろ!?」
「全然よくないけど。うーん、困ったな。どうしよう」
屈むのを止め、顎に手を当ててイルミは全然困ってなさそうな様子で考え込む。唆されるように暴露させられてしまったキルアは今度こそ耳まで真っ赤になったが、ぐっと踏み止まって兄をねめつけた。どくん、どくんと鼓動が耳元で聞こえるかのようだ。どうしよう、どうしよう、そう不安になる一方で、どうなったってゴンを離さない、と覚悟を決めている自分がいる。キルアはじっと、兄の反応を待った。ぴっとイルミが右手の人差し指を立てて頷く。
「うん、じゃあこうしよう。キルがうちを継いだら、ゴンを好きでいてもいいよ」
「断る。俺は暗殺者には戻らない」
「そう。ならゴンを殺して、キルにはうちに戻ってもらおう」
「・・・兄貴」
すうっと自身の纏うオーラが変わったのが、キルアにも分かった。そしてそれは正しいのだろう。目の前の兄のオーラも反応するように少しばかり固くなる。緊張だ。湧き上がる憤怒を隠さず、キルアは兄に叩きつける。
「兄貴がゴンを殺すなら、その前に俺が兄貴を殺すよ」
「出来るの、おまえに?」
「出来るさ。俺は四年前の俺とは違う。兄貴も分かってるんだろ?」
俺たちの差が、もうほとんど無いってことに。指摘して、いつからだろうとキルアは思う。いつから自分は、兄を前にして虚勢ではない笑みを浮かべることが出来るようになったのか。それは間違いなく、実力が近づいてきてからだろう。キルアにはもう、兄を倒す自分の姿が想像出来るようになっていた。幼い頃からの反射として急に目の前に現れられれば、そりゃあ驚いてしまうけれども。それでもいざ対峙した際に、もはや負ける気はしない。少なくとも相打ちには持っていける、それだけの自負がついていた。ましてや事がゴンに関わることなら、決して負けは許されない。実力以上に力を発揮できるだろう自分がキルアには確信できた。四年経った。幾度となく死線を経験し、苦難を舐め、自分は成長した。客観的に判断できる。自分と兄は、同等なのだ。
「・・・確かに。今のキルと俺がやり合ったら、どっちもただじゃ済まないね」
「だろ? だったらもう俺には構わないでくれ」
「それは無理。キルはうちの後継者だし、俺にはおまえを連れ戻す義務があるんだよね」
ねぇ、とイルミが首を傾げる。
「ゴンを好き。それって、どんな『好き』?」
「・・・は?」
今更になって周囲の喧騒が戻ってくる。ざわざわと行き交う人々、窓の向こうで離着陸する飛行船。そんな中で、イルミはじっとキルアの目を覗き込んでくる。
「殺したい好き? 嬲りたい好き? 爪を剥ぎたい好き? 拷問したい好き? 叫び声を聞きたい好き? 肉を抉り出したい好き? 這い蹲らせたい好き? 足蹴にしたい好き? 骨を砕きたい好き?」
「え、ちょ」
「抱きしめたい好き? キスしたい好き? セックスしたい好き? 喘がせたい好き? 咥えさせたい好き? ぶち込みたい好き? 舐め回したい好き? 無理矢理したい好き? 言葉責めしたい好き?」
「兄貴!」
「ねぇ、キル。おまえがゴンに抱いているのはもしかして」
黒い瞳に、ひゅっとキルアは息を呑んだ。
「―――お嫁さんにしたい、好き?」
アナウンスがいくつ目か分からない搭乗の案内を繰り返す。飲み物を買いに行くついでに土産物店を覗いてきたのだろう。小さな袋を手にきょろきょろとしているゴンに、キルアは片手を挙げて位置を示した。途端に笑顔になって、ゴンが小走りに駆け寄ってくる。
「ごめん、お待たせ」
「おせーよ。どこまで行ってたんだよ?」
「向こうに市場の出店が出てて、お店のおばさんと話しこんじゃった」
リンゴをおまけしてもらったんだよ、とゴンは笑いながら袋を掲げる。それをさり気無い動作で奪い取り、キルアは自身の左手に持った。アナウンスがようやく目的の便を告げ、搭乗口を案内する。行こうぜ、と促して、キルアは空になったゴンの左手を握った。常にはない行動に、ゴンが不思議そうに首を傾げる。。
「キルア? 何、急に」
「い、いいだろ、たまには。おまえ迷いそうだし」
「飛行場じゃ迷わないよ」
笑いながらもゴンは振りほどこうとはしない。逆に握り返されることで密着した手のひらに、キルアの体温が一気に上がる。真っ赤になっている自信があったので、キルアは一歩前を行き、ゴンを引っ張るようにした。指を、そっと、互い違いになるよう絡める。ゴンがまたしても握り返してくれたから、キルアは頬が緩むのを堪えられない。馬鹿だなぁ。目を丸くしていた兄の姿を、小さく笑って思い出す。
俺の『好き』は、そんな好きじゃないよ。ゴンのことが本当に好きで、大好きで、どこまでも一緒に行きたいし、いつまでも一緒に生きたいし。ずっと見つめていたい。見つめられたい。ゴンが泣くときは隣で慰めたい。涙する原因を取り除きたい。そりゃあ触れたいと思うし、キスだってしてみたい。その先だってゴンとなら、一緒に経験したいと思う。戦いにおいて少しばかり後れを取っているのを気にしてる。それでもいつか必ずゴンより強くなってみせると誓ってる。ゴンの心を、身体を、守りたいと思う。ゴンに俺の心を、守ってもらいたいと思う。他愛ない会話を繰り返して、当たり前のように手を取り合って、共にあることを公的にも認めてもらいたい。誰にも邪魔されない絆を得たい。他の男と話してほしくない。俺のことも束縛してほしい。キルアはまったく、と怒ってもらいたい。仕方ないんだから、と笑ってほしい。欲望は絶えない。でもこれは当然のことだと思ってる。だって自分は、ゴンのことが好きなのだから。
「・・・馬鹿だなぁ、兄貴」
キルアは囁いた。―――俺のゴンへの『好き』は、世界中の『好き』を全部掻き集めて足りないくらいの、『大好き』、なんだよ。
はいはいはいはい全員集合ー。只今より第339921回ゾルディック家緊急家族会議を始めまーす。
2012年11月23日