キルアがゴンへの想いを自覚したようです。
「どうしよう! ゴンが女なんだけど!」
「どうしようも何も、ゴンは最初から女性だろう。というかキルア、君はそんなことを言うために私の仕事場に押しかけてきたのか? 厳重警戒していたビルの仕掛けをすべてぶち壊して?」
「そんなことなんかじゃねーし! なぁ、ゴンっていつから女だった!? 前は違ったじゃん!」
「・・・落ち着きたまえ。ちゃんと話を聞くから」
はぁ、と大きく溜息を吐き出してクラピカはメニューを手に取り、キルアへと渡した。ぺしっと叩き落とされそうになったが、そこはきちんと握らせる。喫茶店の窓からは賑やかな街の喧騒が窺え、クラピカは再度溜息を吐き出しながら、現在仕えているボスへの言い訳を考えた。日頃の勤務態度は真面目だし、主からの覚えも良いので多少の我儘は許されるだろうが、現在は敵対マフィアとの抗争のために下準備を行っている最中なのだ。なるべく早く切り上げたいと考えながら、クラピカは近づいてきたウェイトレスにコーヒーとコーラをひとつずつ注文した。その際にウェイトレスがちらりとキルアを見やったので、おや、と片眉を上げる。彼女は注文をメモに書き取り裏方へと戻っていったが、キッチンの方から黄色い声が聞こえてきたのでクラピカは苦笑してしまった。そうして、目の前に座る相手を見やる。勝手にコーラを注文されたキルアは不服そうに睨んできた。
「・・・何だよ?」
「いや、成長したなと思って」
電話やメールでやり取りはしていたが、こうして直接会うのは約一年振りだ。出会ってからはもう四年になる。二十歳を超えて落ち着き始めたクラピカに対し、キルアは十二歳から十六歳へとまさに成長期の最中におり、会う度に時の流れを突き付けてくる。身長はもう百七十センチメートルを優に超えただろう。バランスの良い筋肉を備えた身体は、まるでしなやかな豹のようだ。出会った頃は生意気な面が押し出されていた表情も、今はニヒルな笑みが似合うようになっている。どこからどう見たって美青年へと育ちつつある彼に、周囲の異性が騒がないはずがない。今もキッチンからは複数のウェイトレスが瞳を輝かせながら自分たちのテーブルを見やっていて、クラピカは肩を竦めざるを得なかった。不貞腐れている顔などクラピカからしてみれば相変わらず子供でしかないが、彼女たちにとっては違うのだろう。
「それで? ゴンがどうしたって?」
熾烈な競争を勝ち取ったウェイトレスが、楚々とした所作でコーヒーとコーラを運んでくる。グラスをキルアの前に置いてにこ、と微笑むけれどもキルア自身の関心は彼女に微塵も寄せられていない。少し落ち込んだらしいウェイトレスに、クラピカは代わりに「ありがとう」と笑ってコーヒーを受け取ってやった。途端に頬を染めて去っていくのだから可愛いものだ。
「いや、だからゴンが何か変なんだって」
聞けば、わたわたと両手を振って話し始める。こんなに焦ってるキルアを見るのは久し振りだな、とクラピカは新鮮な気持ちで応対する。
「朝起きたらいい匂いがするし」
「何か食べてたんじゃないか?」
「身長もすっげー小さくなってるし」
「ゴンは百六十センチくらいだろう? 突然縮むことは普通有り得ないな」
「髪とかさらさらしてて!」
「キルアのお兄さんもそうだったはずだが?」
「手とかぷにぷにしてるし、足もむちっとしてて、肩とか薄すぎるんだよ!」
「はいはい」
「あいつ、あんな細い身体で今まで戦ってきたわけ!?」
「そうだな」
「ちょ、真面目に聞けよな!」
「聞いているよ」
「なぁ! ゴンっていつから女だった!? 前は違ったよな!?」
握り拳を作って訴えてくるが、クラピカからすれば笑いを誘われてしまうのだから仕方がない。喋る度に思い出してしまっているのだろう。赤く染まった頬がすべてを証明している気がするが、本人は無自覚らしい。コーヒーに口をつけてクラピカはさらりと答える。一年前に会ったゴンはまだ幼さを残していたけれども、伸びた髪をカチューシャで収めている姿を見て、愛らしいな、と思った覚えがある。
「私にとって、ゴンは最初から女の子だったよ」
「な・・・!」
「確かにゴンは無茶をするし、時にこちらが唖然としてしまうような行動を取るけれど、それでも十分に女性だったさ。あの包容力はまさに母性としか言いようがない」
予想もしていなかったのだろう。驚愕するキルアに、クラピカは柔らかく目を細めた。出会ったときは互いに幼かったから、性別を認識する前に親友になってしまったふたりだ。無理もないだろうとクラピカは思う。人として互いに尊敬し合っている間柄には、唯一無二の絆を感じさせる。このまま変わらぬ関係で行くのかと思っていたが、やはり時は来たのだ。キルアは少年であり、ゴンは少女だ。ずっと一緒だったから意識するのが遅かっただけで、ようやく彼らはスタートラインに立とうとしている。貧乏だが、それでも立派な医者となったレオリオもいつだったか言っていた。あいつらが結婚するとしたら、その相手はお互いしか有り得ないよな、と。クラピカも心底そう思う。
「キルア」
「あ?」
「彼女たちをどう思う?」
つい、と指さした先にいるのは先ほどのウェイトレスたちだ。客は決して少なくはないのだが、彼女たちはこちらを見てきゃっきゃと黄色い声で囁いている。キルアがそちらを向いたことで一際大きな歓声を挙げ、何人かはキッチンへと逃げていった。残った数人の少女たちは逆に手を振ってくる。
「あれが何?」
「どう思う?」
「別に。仕事しろよって感じ」
「可愛いとか綺麗とか、そういったことは?」
「全然思わねー」
テーブルに肘をつき、評価する声も表情も冷ややかだ。そこにあるのは完全な無関心で、やっぱり、と納得したクラピカだが、次の呟きには思わず声を失った。
「っていうか、ゴンの方がずっと可愛い」
ぐいっとコーヒーを飲み干してクラピカは立ち上がる。年下に奢らせる趣味はないので伝票を手にすれば、キルアが慌てた様子で顔を上げてくる。その額に指を突き付け、クラピカはにやりと唇の端を吊り上げた。
「キルア、よく考えるといい。ゴンが女性になったんじゃない。君が男になったんだ」
「え?」
「余りぼさっとしていると横から掻っ攫われるぞ? ヒソカや・・・そうだな、私などに」
悪戯にウィンクをし、本気で思ってなどいないことを言ってやれば、キルアの表情が変わる。一転して殺意さえ含みそうなそれを余裕を持って交わしてやれば、ますます険しくなっていく。急いで自覚する必要はないが、ゴンは老若男女関係なく周囲を魅了するため、敵が増えすぎては厄介になる。友人としては応援したいのだ。この、楽しさだけでなく苦難さえも共に乗り越えてきたふたりを。伝票をひらりと振って、クラピカは背を向ける。
「君たちは親友だが、夫婦にもなれる。そういうことさ」
カウンターで会計をしている間もウェイトレスから向けられる視線は熱かったが、もはやそれも無意味なものだ。営業スマイルを向け、釣り銭のないようきっちりと支払いを済ませて店を出る。外から振り返れば、窓越し、未だ呆然としているキルアが見えた。その白い肌が首筋からじわりじわりと赤く染まっていく。そしてついに机に突っ伏した彼に、クラピカは往来だというのに声を挙げて笑ってしまった。
結婚式には呼んでくれ。追い打ちのメールを送信して、クラピカは明るい気持ちで仕事へと戻っていった。
同じ頃、ゴンはレオリオに「キルアが突然ホテルを飛び出して行っちゃったんだけど、どうしよう」と相談してる。すべてを察したレオリオから「頑張れよ、性少年!」というメールがキルアに届くまで、あと三分。
2011年12月11日