21.十一月
「おい、起きろグズ及川。ロードワーク行くぞ」
「痛っ! 岩ちゃん、もっと優しく起こしてよ・・・!」
「おまえにやる優しさなんかねぇよ」
翌朝、及川は頭を叩かれた衝撃で目を覚ました。寝ていた位置が壁際であったため床に蹴落とされることはなったけれども、場所が違ったら冷えたフローリングとキスする目覚めになっていただろう。もう、と叩かれた側頭部を撫でながら寝返りを打てば、隣のスペースはまだ温かい。結局のところふたりで抱き合いながらベッドで一晩寝ていたらしい。じっとしていたからか身体の節々が軽く痛んで、んん、と及川は布団の中で両手足を伸ばした。岩泉はさっさとベッドから降りてクローゼットを開け、ジャージなどを取り出している。勢いよくスウェットを脱ぐことで露わになる肩甲骨は、惚れ惚れとするほどアスリートの身体だ。
「そういや聞きたいことがあんだけど」
「んー?」
ごろごろと温もりの残る布団で転がる及川を余所に、岩泉はティーシャツを着込む。
「おまえの昨日の話? りっきょーだっけ? あおがくだっけか。それどこにあんだよ。東京?」
「・・・へ?」
「スポーツ学科の偏差値いくつだよ。俺の頭で入れんのか、そこ」
「へ? え、えっと」
くるりと岩泉が振り返る。スウェットのズボンも脱いでいるため、ボクサーパンツがシャツの合間から見え隠れしている。いつだったか及川の母親が二枚同じ柄のを買ってきて、せっかくなので岩泉に「お揃い!」と決めポーズをして押し付けたそれだ。脳天にチョップを食らったが、あれ今日俺も同じの履いてなかったっけ、と考える及川は一種現実逃避でもしていたのかもしれない。しかし岩泉のまっすぐな視線はそれを許さない。あの、と絞り出した声は情けなくも動揺に掠れていた。
「岩ちゃん・・・昨日、起きてたの・・・?」
質問に質問で返せば、岩泉は眉を跳ね上げたけれども答えてくれた。
「寝てた。けど何かおまえがべらべら喋ってんのは聞こえてた」
「へ、へぇ・・・」
「で? どうなんだよ、それ俺の頭でも受かんのか」
「え、あ、うん。偏差値は五十八だから、岩ちゃんが頑張ればいけると思う。場所は埼玉」
「五十八かよ。ぎりぎりだな・・・」
頭を掻いて唸った後に、岩泉はジャージの下を履き始める。おまえの分、と寄越された別のジャージを受け取りつつ、及川は身を起こしてベッドの上で正座した。着替え終えた岩泉は不思議なくらいいつも通りだ。だからこそ及川は、膝の上で拳を握り締める。願いを口にするなら今だ。はっきりと、言っておくことに意味がある。
「岩ちゃん」
「おう」
「俺と同じ大学に行ってください。大学でも俺と一緒にバレーしよう」
緊張の意味合いが、試合のときとは全然違う。逸る心臓の音が体内に直接響き、今か今かと審判を待っている。イエスの答えしか欲しくはないと、もしかしたら顔に書いてあったのかもしれない。岩泉は照れくさそうに視線を逸らした後に、尖らせた唇で頷いてくれた。
「俺とおまえの行きたい科があって、合格出来そうで、バレー部も強いなら、離れる理由がねぇよ」
「っ・・・岩ちゃん好き! 大好き!」
「ああああああうるせぇ! さっさと着替えろグズ及川! ロードワーク行くぞ!」
「うん着替える!」
暴言は照れの裏返しだ。顔を赤くして怒鳴る岩泉に、及川もベッドから跳び上がってスウェットを脱いだ。これであと四年一緒にいられる。少なくとも共にバレーが出来る。最初はコートに立つのは難しいかもしれないが、そういったことには慣れている。及川も岩泉も苦汁を舐めてきた人生だから、忍耐力は並大抵ではない。
「あ、でも埼玉ってことは家を出るんだろ。親が許してくれっかな・・・」
「それなら大丈夫! 岩ちゃんのお母ちゃんにはもう相談済みだから!」
「何でおまえが先に話してんだ。あぁ?」
「運動部だから寮に入ってもいいし、アパート借りるなら俺と同居なら心配ないって岩ちゃんのお母ちゃんも言ってたよ」
「勝手に決めんなボゲェ!」
ぎゃあぎゃあと騒ぎながら階段を降りて、朝から元気だな、と岩泉の父親に見送られて玄関を出る。吐く息が白く濁る季節がやってきた。柔軟を殊更丁寧にこなしてから、ふたり並んで走り出す。
「岩ちゃん」
「あ?」
「これからもよろしく!」
「・・・おう。仕方ねぇから面倒看てやるよ」
「それはこっちの台詞だよ」
お互いに軽いパンチを食らわせ合って笑った。未来への約束が嬉しくて堪らなかった。
現実ではりっきょーのスポーツ学科と社会学部はキャンパスが埼玉と東京で異なるのですが、まぁそこは捏造で。
2014年1月5日(pixiv掲載2014年1月3日)