18.十一月





笑顔で帰宅してから、早一週間。その頃になればようやく喜びの余韻も落ち着いてくる。負ければ引退となるはずだったが、及川たち三年生は一月までの残留が決まった。受験を踏まえればとんでもないことなのだろうが、初めて勝ち得た全国への出場権だ。誰もが意気込んで決戦の日を待っている。もちろん一方で勉強はしなくてはならないけれど、それくらいは当然だった。今日も今日とて泊まりに来た岩泉家で、及川が風呂を頂いて部屋に戻れば、岩泉が参考書を開いたまま寝落ちしていた。机に突っ伏して、ぐうだか、があだか、良く分からない怪獣のような寝息を立てている。
「岩ちゃん、睡眠学習? それで実になるならいいけど」
笑いながら、どうしたものかな、と及川は考える。岩泉はすでに風呂を済ませているから、このまま寝ても問題はないだろう。問題なのは寝方であり、流石に机に突っ伏したままでは身体を傷める可能性がある。本来ならば起こすべきだろうが、この間抜けな寝顔を見ると眠りを妨げるのも憚られた。うーん、と考えた後に及川は苦笑する。
「本当は女の子にしかしたくないんだけどなぁ」
岩ちゃんだから特別、と呟いて、手のひらからシャープペンシルを抜き取った。正直な話、体格が余り変わらない岩泉を抱き上げるのは楽ではない。いくら鍛えているとはいえ、両腕にかかる負荷は厳しいものがある。なので及川は岩泉が崩れ落ちないように支えながら椅子を引っ張ることにした。机から離して、ベッドの方へと近づけていく。ずりずりと床を擦ったが、フローリングに傷はついていなかったので良しとした。ぐでん、と陸揚げされたマグロのように岩泉はされるがままだ。及川は自ら先にベッドに上がり、そうして岩泉の身体を椅子から自身の腕の中へと引き寄せる。上半身を移して、足を挙げて、ごろんとその身体をベッドの上に転がす。そこまですればようやく岩泉も違和感を覚えたのか、小さく唸りながら瞼を押し上げた。
「・・・ぉいかわ・・・?」
「うん。寝てていいよ、岩ちゃん」
ポジショニング的に壁と岩泉に挟まれてしまい、及川もベッドに横になっている。体格の良い男ふたりにシングルベッドはやはり狭く、落とすわけにはいかないと及川は岩泉の身体を抱き寄せた。風呂上りで温かいからかもしれない。平時なら「気持ち悪い」とか何とか言って突っぱねてくるだろう岩泉も、自らすり寄るようにして及川の懐に収まる。眠りに落ちる直前の無防備な様子に、くふくふと及川は笑った。
「ねぇ、岩ちゃん」
八割方微睡んでいると知っている。だから、と言ったら怒られるだろうか。
「ねぇ、岩ちゃん。俺と同じ大学に行って?」
逞しい二の腕を、スウェット越しに撫で上げる。しなやかでバネに富み、何度となく及川のトスを得点に結び付けてくれた剛腕だ。及川の大切な、慈しみたい、愛している岩泉の一部だ。
「りっきょーとかね、いいと思うんだ。岩ちゃんの希望してるスポーツ科学系の学科があるし、将来的にトレーナーとか監督とか、そういう資格も取れるらしいよ。俺の行きたい社会学部もあるし。何より、バレーボール部があるしね。結構強いみたいだよ。今年のインカレもグループ戦勝って、トーナメントに出場してるし」
「・・・ん・・・」
「勉強は、ちょっと頑張らなくちゃだけど。岩ちゃん集中力あるし、短期間でもがっちりやればいけると思うし、まったく無理ってわけじゃないと思うんだよね」
ぐう、と眠っているときは皺のない眉間に、キスをしたいしデコピンをしたいと及川は笑う。
「岩ちゃんはきっと、良いトレーナーになるよ。選手のメンタルを支えてくれる、頼りがいのあるサポーターになると思う。だから、ね? 学生時代の岩ちゃんは、全部俺にちょうだい」
露わになっている額に、及川は自身のそれを寄せた。分け合う熱が心地良い。視界が歪むのは近すぎるからだろうか、それとも別の理由だろうか。力一杯抱き締めたいのを堪えて、起こさないように優しく、及川はその背に腕を回した。
「大好きだよ、岩ちゃん。俺の、俺だけのエース様」
囁く声は、異性に捧げるそれより甘い。幸福に揺蕩い、及川もそっと目を閉じた。





ウシワカさんの進路はじゅんてんどーをイメージしてます。
2014年1月5日(pixiv掲載2014年1月3日)