6.九月中旬





春高自体は一月の上旬に東京で行われるが、その県予選は宮城の場合、十月の下旬の三日間で行われる。つまり六月にインターハイ予選の決着がつくから、それから七・八・九・十月の四ヶ月間でチームを再び仕上げる必要がある。強豪と呼ばれるところは、どこも余程の理由がない限り三年生が残る。白鳥沢の牛島なんか、その最たる例だろう。噂では、すでに今年のインカレで全国三位の成績を残した大学へのスポーツ推薦が決まっているというから、引退する理由もないのかもしれない。くそ、と岩泉は吐き捨てる。羨ましいと何度思ったか知れない。あれだけの体格が岩泉にもあったなら。岩泉に牛島ほどの実力があったなら、もっと及川のトスを活かしてやることが出来るのに。脳内をかき乱すのは堂々巡りだ。考えても仕方がない、けれど羨まずにはいられない。この思考はきっと、青葉城西が白鳥沢に勝てたときに、初めて消すことが出来るのだろう。今の岩泉に出来ることは、自分自身として全力を尽くすことだけだ。
スパイクは大分拾えるようになった。正直な話、牛島ほどのスパイクを打つ選手は大学のバレー部にもひとりかふたりしかいなかったけれど、それでも十分だった。目が慣れるだけで随分変わる。花巻も松川も、二年生でリベロの渡も、全てとはいかないがかなりの確率でボールをセッターへ返せるようになった。これだけで大きな躍進だ。確かな手応えに、よし、と岩泉は拳を握る。
及川とも結局のところ毎日一緒に帰っている。共に自主練をする時間が減った分、近くで見ることが出来ないため、共有できる空間があることは助かった。青葉城西は常に思考し、考え、意思疎通することをチームの第一と掲げているが、それは幼い頃から岩泉と及川が実践してきたことでもある。ああでもないこうでもないと、勝っても負けても検討してきた。次はこうしよう、次はああしよう。そうして積み上げてきたのが今のふたりの関係だ。超絶信頼関係なんて言うつもりはないけれど、でもまぁ、うん、そういうことだと岩泉は思う。
もうすぐ衣替えが来て、秋になる。そうしたら最後の挑戦が始まる。今度こそ、と岩泉は決意する。今度こそ勝つ、と。今までにも何度も同じことを繰り返しては無為に終わって来たけれど、それでも諦めるつもりなど毛頭なかった。





何度でも立ち上がる。何度でも、何度でも。
2014年1月5日(pixiv掲載2014年1月3日)