「それではー!」
「第一回、大和撫子日本ちゃん対策講座を開催するでー!」
「講師は日本とのお付き合い歴二千年、中国先生だ!」
どんどんぱふー、とどこから持ってきたのか知らない玩具が音を鳴らす。フランスとスペインによって教壇へと引きずり出された中国はあからさまな不愉快顔だ。常に共にしているパンダを抱きながら、「何で我が」とぶつぶつ繰り返している。
「何で我がおまえたちに講義なんかしなくちゃいけねーあるか。勝手にすればいいある」
「まぁまぁそう言うなよ、中国。今後アメリカとギリシャみたいな輩が出ないようにさ、おまえに日本との接し方を教えて欲しいんだよ」
フランスに肩を組まれて中国は眉を顰めたが、そのまま最前列の席に座っているアメリカとギリシャを見やる。今日の昼に日本に背負い投げられ、午後をまるまる保健室で過ごした二人の目は真剣だ。特にギリシャなんかはノートを開いてペンを手に握っていたりする。臨時講義場となっている三年ヨーロッパ組の教室だが、今は様々な生徒が集まってきていた。同じくノートを開いているトルコが、ギリシャから離れた廊下側の席を陣取っている。窓際の後ろの席ではロシアがにこにこ笑いながらリトアニア・エストニア・ラトビアを引き連れているし、話を聞きつけてやってきたらしいイタリアは笑顔でドイツと並んで座っている。オーストリアは興味が薄そうだが、ハンガリーは「日本さんに変なことをしようものなら許しません」と警戒をあらわにしており、プロイセンはどうせそんなハンガリーが目当てなのだろう。スウェーデンとフィンランドまで話は行っていないようだが、何故か日本と面識を得ていないはずのスペインとロマーノがいて、中国はそちらを睨みつけた。
「何でおまえたちがいるあるか」
スペインはきょとんと目を瞬いた。
「ええやろ、別にー。俺ら日本ちゃんと会うたことはないけど、今後会うことになるやろうし。そのときに変な対応したらあかんやろ? なぁロマーノ」
「俺は、別に」
「うっそだー! 兄ちゃん、日本の作るお菓子が食べてみたいって言ってたくせに」
「うううるせーんだよヴェネツィアーノちくしょー!」
理由は分かった。韓国は動揺したままの日本に付き添わせて帰らせたため、この場にはいない。使われるのは不愉快だが、これも良い機会だろう。そう考え、中国はパンダを床に下ろした。代わりに白のチョークを持ち上げる。
「いいあるか? 日本と良い関係を築くには、これが鉄則ある」
『日本の許可なく日本に触れない』と中国はでかでかと黒板に書きつけた。すぐさまアメリカからブーイングが上がる。
「何でだい、中国! ハグなんて挨拶じゃないか!」
「日本にとっては挨拶じゃないある。つーかアジアにハグの習慣が無いことも知らないあるか? 日本にとっての挨拶は言葉で行うものある。キスなんてもってのほかあるね。人前でキスしたり抱き合ったりすることは恥と考えるのが日本文化ある」
へー、とか、おー、とか変な感嘆詞がそれぞれに挙がった。
「まぁ、昔に比べたら今は随分とオープンになってきてるあるよ。一時期なんかは女と男は御簾越しでしか話せないとか、知り合うには手紙のやり取りからとか、そんなときもあったある」
「・・・すげーな」
「ヴェー・・・そこまでするんだぁ」
「なるほど、だから日本さんはあんなに控え目なのかもしれませんね」
フランス、イタリアが驚き、オーストリアは感心している。
「あと、無理に触れば死ぬある」
「・・・・・・俺たちが?」
「日本があるよ」
あっさりと言われた言葉に、教室が沈黙に包まれた。黒板に『触ると死ぬ』と書き付けた中国は、チョークで白く染まった指先を叩いている。
「確かあれは、500年くらい前の話ある。ロシアが日本と同じくらいの身長だった頃ね」
教室中の視線が窓際の後列、ロシアに集中する。制服でも巻いているマフラーをふわふわと揺らし、ロシアは微笑んだ。
「懐かしいね。あのとき僕はまだ、本当に子供で」
「こいつは初対面で日本の手を握ったかと思うと、絶対に放そうとしなかったある。あろうことかそのまま連れて帰るとか言い出して」
「だって日本君がとっても綺麗だったんだ。あの頃は髪も長くて、ウチカケだっけ? そんな名前の綺麗なマントを着物の上にを着ていて。お姫様だと思ったんだよ」
「日本がどんなに嫌がっても、こいつは手を放さなかったある。だからついに日本は」
「切り落としたんだよね。自分の手首を」
ひっと小さな悲鳴が上がった。イタリアやロマーノ、エストニアやラトビアは蒼白になっており、ドイツやプロイセンでさえ眉を顰めている。
「で、でも、今の日本にはちゃんと手があるやん・・・?」
「そりゃあね。あの頃は僕も若かったし、驚いて放しちゃったんだ」
今ならそんな勿体無いことしないよ、とロシアは笑みを深める。中国は顔を歪めて床で笹を食べていたパンダを抱き上げた。
「幸いにも刀が小さかったから、骨まで断つことが出来なかっただけのことあるよ。我が知る限りの医者を呼んで治療させたから、今も手が残っているある」
うりうり、と中国はパンダの腕を動かした。
「日本はいざとなれば、死ぬことで自分の身を守るある。そうやって二千年を生きてきているあるよ。おまえたち小童にどうこう出来る相手じゃないある」
「・・・・・・でも」
小さくギリシャが手を上げた。結局最初の『日本の許可なく日本に触れない』しか書いていないノートの上には、今は猫が載っており、教壇のパンダと向かい合っている。
「中国と韓国は、日本に触れる・・・・・・」
「そうだ! 差別じゃないか!」
「差別じゃなくて区別ある。我たちとおまえたちじゃ、日本と今まで築いてきた関係の密度が違うあるよ。おまえたちも日本に触れるようになりたいなら、地道に頑張るがよろし」
ははん、と自慢げに笑ったのは意趣返しなのだろう。素直にむっと膨れた者もいれば、感心が呆れに変わっている者もいるし、難しい顔をしている者もいる。これで少しでも日本に近づく輩が減れば、と中国は思うが、その一方で日本の可愛さが世に知られないというのも不愉快だ。隠したいけれど見せびらかしたい。矛盾した欲求が中国の中をぐるりと巡る。人形のように飾っておけたらいいのだけど、それでは日本は日本ではない。例え辛い道行きであっても、彼女自身の意志で生きていく日本を中国は愛しているのだから。
「日本は誰より優しい子ある。もしも傷なんかつけたりしたら、そのときはアジアまるごと敵に回すと思っとけある」
「・・・・・・それは学内の話だけで無く?」
「さぁ?」
唇の端を吊り上げた中国の笑みは、日本のよく見せる顔とよく似ていて、そう考えて逆なのだと気づかせる。日本よりも長く、それこそ日本が幼少の頃から彼女の面倒を見てきているのが中国なのだ。日頃は感じさせない世界でも一・二を争う長寿国としての老獪をひらめかせ、中国は今度は明らかに笑って見せた。
「日本が欲しいなら命を賭けて来るよろし。返り討ちにしてやるあるよ」
紳士、不在につき
スペインさんや中国にーにの喋りが適当で申し訳ありません・・・。
2009年2月21日