今回の定期試験において、一年生では番狂わせが起こった。正確に言えば新たな生徒の参戦で、順位に変動が起こったのである。ほぼ満点に近い点数で一位に君臨したのは、学園に入学して以来、初めて試験を受けたスイスだ。二位には久方ぶりの日本が僅差で続いた。貼り出された結果を見るためだけに登校したらしいスイスは、日本に向かって「我輩の勝ちである」と胸を張って言ってのけ、その後に「だから貴様は我輩に大福を作るのである」と続けたので、日本は思わず笑ってしまった。分かりました、と約束すれば、スイスは満足そうに頷く。ずるいんだぜ、と韓国が喚いたが、試験順位を出されては強く言うことも出来なかった。
二年生のトップはドイツだった。リトアニアも上位におり、平均くらいの位置にエストニアやスウェーデン、フィンランドがいる。イタリアとロマーノは揃って同じ順位で、やはり下から数えた方が早かった。
三年のトップは、やはりというか何というかイギリスで、上位にオーストリアとハンガリー、後はそれぞれ好き勝手な順位についている。前者三名だけは変動がなく、残りの面子が毎回激しく上下しているのだと日本は聞いた。確かに中国は「試験なんて平均点を取れればいいものある」と言っていたし、フランスなどは勉強よりも違うものを優先していそうだ。彼ららしい、と日本は笑う。
しかし、試験には赤点も付き物だあった。



「再試になって、しまいマシタ・・・・・・」
大きな身体をしおしおと丸めて、ギリシャは己の不振を報告した。何故か教室の床に正座している彼を椅子から見下ろし、日本は困ったように首を傾げる。ふわふわの猫っ毛に少し触れてみたいと思いながら。
「再試というと赤点ですから、点数が平均点の四割以下でしたか?」
「・・・ん」
「一体何の科目で取ったんです」
「・・・・・・経済」
あぁやっぱり、という言葉を日本は飲み込んだ。ギリシャの貿易赤字を見ていて予想は出来ていたのだが、前日になって試験範囲を聞いてきたことにより確信も強めていた。彼は経済が苦手なのだ。今回の平均点は69点だったから、その四割、27点以下を取ってしまうほどに。
「日本」
「はい」
ギリシャはじっと日本を見上げ、ぺこりと頭を下げた。
「俺に、経済を教えてクダサイ」
まるで猫のようだと手を伸ばしかけて、思い止まる。代わりに「仕方ないですね」と日本は微笑みかけた。と同時に、教室のドアが勢いよく開かれる。
「日本っ! 俺に地理を教えて欲しいんだ!」
「だから言ったでしょう。アメリカさんは地理の勉強をした方がいいと」
「可笑しいなぁ。ちゃんと勉強したんだぞ?」
「自分の国だけ覚えても、それは勉強したうちに入りません」
仕方ないですね、と先ほどとは微妙に異なる溜息を吐き出して、日本はギリシャとアメリカを順番に見やる。
「再試は一週間後。それまでは放課後毎日、この教室で勉強ですよ」
うん、と落ちこぼれ二名は返事だけはよく頷いた。

一日目にして日本は悟った。ギリシャとアメリカ、この二人に欠けているのは集中力と忍耐力だと。二人とも勉強を始めたはいいものの、分からない問題に当たると三分考えることが出来ない。視界の端を掠めた雲に目を移したり、全然関係のないことを話し出したりする。彼らの成績が振るわない理由を日本はまざまざと理解し、これは駄目だと悟った。
二日目、日本は「馬に人参」作戦を実行してみた。ギリシャとアメリカの前に、先日の試験に似た問題ばかりで作成したプリントを置く。その手前、自分の前に家で作ってきた苺大福を二つ置く。水筒にお茶も用意してきた。「全部解けた人から食べていいですよ」と言うと、二人ともわき道にそれることなくプリントに取り掛かり始めた。「馬に人参」作戦は成功だった。
三日目、日本はあられを作ってきた。ギリシャとアメリカはやはり一生懸命プリントを解いた。
四日目、日本は羊羹を作ってきた。ギリシャとアメリカはやはり一生懸命プリントを解いた。
五日目、どらやきを食すために問題を必死に解いているギリシャとアメリカを眺めながら日本は思う。この二人は正反対だと。ギリシャは理解するのが遅いが、一度教えられたことはちゃんと覚える。アメリカは理解は早いが、すぐに忘れて同じことを何度も聞く。それを踏まえて、日本はギリシャには一つ一つをじっくりと説明し、アメリカには同じ問題を何度も解かせることにした。
六日目、最後のプリントを渡しながら、日本は頭の隅っこでちょっとだけ思った。この一週間はまるで、自分の忍耐力を伸ばすためみたいだったと。ギリシャとアメリカはどうにかある程度のところまで仕上がった。
そして七日目、再試。



順位発表から八日経った昼休み、再試を返してもらったギリシャとアメリカが、それぞれの笑顔で一年亜細亜組に走ってきた。答えを聞かずとも、その表情だけで彼らが再々試にならずに済んだのは明白だ。日本も肩の荷が下りて、ほっと息を吐き出す。
「日本のおかげ・・・・・・」
「いいえ、ギリシャさんが頑張ったからですよ」
「日本の手作り菓子のおかげさ! 次もこれで頼むよ!」
「駄目ですよ、アメリカさん。次もし再試に引っかかっても、今度は自分で勉強してくださいね」
めっ、と日本が諭すと、アメリカは不満そうに頬を膨らませる。しかしそれも少しのことで、すぐに勢いを取り戻したアメリカの起こした行動に、弁当をつついていた中国と韓国はぎょっとした。一瞬で引き寄せられた日本も、アメリカの腕の中できょとんと目を丸くしている。
「とにかく日本のおかげさ! ありがとう!」
ちゅっと軽い音が、日本の頬に立てられた。ギリシャも横から大きな背を丸めて近づく。
「アメリカだけ、ずるい。・・・・・・俺も」
ちゅ、と二度目の音が亜細亜組に響く。限りなく唇に近い位置に落とされたキスに、中国と韓国が声にならない絶叫を上げた。日本の漆黒の瞳が大きく見開かれて、その様子にアメリカが満足そうに笑いながら、ギリシャが嬉しそうにしながらじっと見入っている。首筋から項、白い肌が徐々に染まりあがって、小さな身体がぷるぷると震えて、瞳がじんわりと涙を浮かべて。
そこから先はこま送りだった。

「婦女子に許可も取らず接吻するとは何事ですかっ! 無礼にも程がある! 殿方の風上にも置けません! 恥を知りなさい、恥をっ!」

聞こえてないあるよ、日本。無理なんだぜ、日本。そんな言葉は発されることはなかった。背負い投げの要領で床に叩きつけられたアメリカとギリシャは、もはや星をくるくると飛ばしている。気を失っているのは一目瞭然だが、亜細亜組の生徒たちの中に彼らを気遣う者は一人もいない。何故なら彼らにとっては、羞恥で全身を真っ赤に染めた日本の方が大切なのだから。





学生の本分・非本分






手ならまだしも、頬なのが間違ってた二人。アメリカとギリシャは亜細亜組を敵に回した!
2008年3月9日