国として生まれたからには一度は通わなくてはならないWW学園に不登校を示して早幾年。いい加減に放っておいてもらいたいものだが、学園はそうもいかないらしく、度々スイスに登校しないかと誘いをかけてくる。今まで延々と断り続けてきたし、これからも断り続けていくつもりだが、時折学園からの使者がスイス宅を訪れていた。それは大体の場合において、溜まったプリントを渡し、テスト範囲を教えるという名目でやってくる。おそらく他の生徒と関わらせることで、スイスに学園に興味を持たせたいのだろう。無駄なことだ、とスイスは一笑に付しながら、今まで送られてきた生徒たちをプリントだけ奪って押し返していた。そして昨日、学園からまた電話があった。今回は一体誰が来るのかと、スイスは面倒くさげに眉を顰めていたのだが。
「WW学園一年亜細亜組に在籍しております、日本と申します」
チェーンをかけたまま開いた細いドアの向こうで、頭を下げたのは艶やかな民族衣装に身を包んだ少女だった。スイスとは違う漆黒の髪に、美しい玉飾りが咲いている。顔を上げて控え目に微笑んだ彼女にスイスは目を奪われてしまった。同時に、軍人としての勘が頭の後ろの方で警鐘を鳴らす。常に背負っているライフルを直し、「入れ」とスイスは日本を誘ってチェーンを外した。



リビングまで通されると、日本はしずしずと歩いていた足を止め、吐息を吐き出しながら部屋の中を一望した。スイスにとっては見慣れた我が家だが、文化の違いが珍しいのだろう。そういえば玄関でサンダルのようなものを脱ごうとして、そうではないのだと自ら直していた所作を思い出す。亜細亜圏では室内に上がるときは靴を脱ぐという文化があるということは、さすがのスイスも聞いたことがあった。
「紅茶とコーヒー、どちらがいい」
「いえ、お構いなく」
「我輩とて来客に茶を出すくらいの礼儀はある」
「・・・・・・それでは、紅茶を」
ありがとうございます、と述べた日本にソファーに座るよう指示して、スイスはキッチンへと姿を消す。日本の言葉は丁寧であり、控え目だ。悪く言えば自己主張に欠ける。数分の言葉のやり取りで、スイスはそれを理解した。視覚には強烈なまでに独特の美を刻み付けるのに、本人はいたって大人しい性格をしている。だが、とスイスは唇を吊り上げた。
トレーにティーセットと常備している菓子を載せて戻れば、日本は言われたとおりソファーの端に座っている。膝の上に置かれている封筒がスイス宛のものらしく、何冊かのノートも重ねられていた。テーブルにトレーを下ろし、ティーカップとソーサーを日本の前に置く。ありがとうございます、と彼女が頭を下げた一瞬の隙を狙って、スイスはトレーに載せていたナイフを逆手に握り込み、間髪入れず細い喉に向けて振り下ろした。
しかし響いたのは悲鳴でも肉を裂く音でもなく、かん、という物体のぶつかり合う音だった。
「・・・・・・ふむ、さすがだな」
感心したように呟いたスイスを日本は睨みあげる。綺麗にまとめられていた黒髪がさらりと肩に落ちていた。玉と鎖のついた簪が、今はナイフを受け止めている。
「これは何と言う武器なのだ?」
「・・・・・・簪という、日本女性が髪を結うときに使う伝統的な装身具です」
「装身具? 武器ではないのか?」
「武器に用いることも可能ではあります。主に護身が目的でですが」
「そうか」
満足してスイスはナイフを下ろした。もともと本気で突き立てる気もなく、首の手前一センチの距離で寸止めするつもりだった。しかし日本はそれよりも先に簪を引き抜いて、スイスのナイフを受け止めた。あの精巧なアクセサリーが武器にもなりえるのかと、スイスは日本文化に関心を寄せる。
日本はまだ簪を構えたまま、警戒した目でスイスを睨みつけていた。
「・・・・・・一体、どういうおつもりですか」
「貴様が隙の無い身のこなしをしていたのでな。武術を嗜むのだろうと思い、仕掛けさせてもらった」
悪く思うな、とスイスは言うが、日本はそれでもまだ簪を下げない。
「お戯れはお止めください。私とて、突然の襲撃に対し手元が狂わないとは申せません」
「『避けきれない』とは言わないのだな。日本女性は大人しいと聞いていたが、中々やるではないか」
「矜持を守るためならば鬼にもなりましょう。もうしないと、お約束願えますか?」
「約束は出来ん。が、奇襲は止めよう。今度は一対一の戦いを希望する」
「スイスさんの武器は銃でしょう? 刀の私では勝負になりませんよ」
ようやく日本は困ったように眼差しを和らげ、手を下ろした。一瞬前までの敵を討たんとする意志が沈められ、代わりに穏やかな雰囲気が戻ってくる。これが日本か、とスイスはまじまじと観察するつもりで彼女を見つめた。簪を帯に挿し込み、髪を軽く手櫛で整えて姿勢を正す。
「それでは、テスト範囲の説明をさせていただいてもよろしいですか?」
一瞬前までの出来事など無かったかのように話し始める日本に、スイスは久方ぶりの喜悦を覚えていた。冷め始めた紅茶を入れなおしてやろうかと思うくらいには、彼女のことを気に入った自分をスイスは自覚していた。





軍人 VS 大和撫子






WW学園一年ヨーロッパ組、スイス君。万年引きこもりの不登校児なので、留年し続けてまだ一年生。気に入らなければ銃を放つ恐ろしい性格をしているが、その基準は全員に平等である。好きなものはチーズ。
2007年11月17日