陽を浴びてよい感じに色褪せてきた畳の上に正座し、日本はしばし考え込んでいた。彼女の視線の先には、訪問着である振袖とWW学園の制服が並んでかけられている。むむ、と日本は首を傾げた。
「やはり学校の用事なのですから、制服で行くべきでしょうか・・・。ですが私たちは国同士ですし、正装でなければ無礼に当たるやも」
どうしましょう、と日本は困り果てて振袖と着物を見上げる。平机の上には、WW学園の教師から頼まれた書類一式の入った封筒が置かれていた。
日差しの柔らかな午後、イギリスは自慢の庭園で咲き誇る薔薇を眺めながら紅茶を飲んでいた。平日の学校のうるささなど微塵も無い、聞こえてくるのは小鳥のさえずりと妖精たちの囁き声。素晴らしい午後だと、イギリスは満足げにひとりで頷いた。広い庭は垣根が道路との境を仕切っている。イギリスの家の四方はすべて道路に囲まれていた。特に西側は道路を挟んで大規模なショッピングモールがあり、それを抜ければアメリカの家の前に出る。故にイギリスの家の近くを彷徨う人物は、彼に用がある者がほとんどだった。しかしその来訪者も大していない。寂しくなんかないぞ、と小さく呟いたイギリスに、ユニコーンが優しく鼻先を摺り寄せる。何故か涙が出てこようとしたとき、垣根の向こうから誰かの声が聞こえてきて、イギリスはぴんっと背筋を伸ばした。
「日本さん? どうしたのですか、こんなところで」
「オーストリアさん」
声はどちらも知っているもので、けれどあまり良好な関係を築いているとは言えない二人のものだったから、イギリスは思わず眉間に皺を寄せる。垣根の上からぴょこんと見えている一筋の黒髪は、確かにオーストリアのマリアツェルだ。それでは、合間から見えている花は一体何だろうか。イギリスの育てている薔薇ではない。繊細な金が散りばめられていて、艶やかな輝きは薔薇にも劣らない。気になったイギリスは足音を立てないように背を屈めて二人のいる方へと近き、垣根の隙間からそっと覗き込み、息を呑んだ。華が咲いている。
「素敵な洋服ですね。これがキモノというものですか?」
「はい。黄色地に桜の振袖になります」
「なるほど、見事な刺繍ですね。これは素晴らしい」
「ありがとうございます」
はんなりと微笑む日本の姿が、イギリスからもはっきりと見えた。肩にかかる程度の黒髪も今はアップにされている。淡い黄色の生地は下の方にいくにつれて桜の花が咲いており、裾は紫のグラデーションになっていた。腰の位置にある太いベルトのような銀色の布は何と言うのだろうか。着方は見当もつかないが、それはオーストリアの言うとおり素晴らしいものだった。これが日本文化か、とイギリスがまざまざと見せ付けられてしまうほどに。
「それにしても、あなたがヨーロッパ圏にいるのは珍しいですね。何か用事でも?」
「はい。学園で先生に頼まれまして、スイスさんのお宅にお届けものを」
「・・・・・・スイス、ですか」
オーストリアの声に微妙なものが混ざる。垣根のこちらで聞いていたイギリスも思わず眉を顰めた。万年不登校の問題児、一年ヨーロッパ組のスイス。永世中立国を謳っているが世界中の財布を握っており、尚且つ武装も半端が無いので下手に手が出せない生徒である。もう何年も顔を見ていない相手に、イギリスは軽く舌打ちした。
「スイスの家なら、こちらではなくもっと東ですよ」
「えっ、そうなのですか?」
「どうやら迷ってしまったようですね。私でよければ近くまで送りましょう」
「いえ、そんな」
「スイスは短気ですからね。待たせると蜂の巣にされる恐れがあります」
「・・・・・・恐ろしい方なのですか?」
「いささか強烈な性格をしていることは確かです。イタリアなどはボールを取ろうとして庭に入ってしまったところ、思い切り発砲されたこともありますから」
「・・・・・・そうなんですか」
日本の声が微妙に引いた。おそらく想像の中のスイス像が可笑しな方向に走り始めたのだろう。オーストリアの申し出に少し考え、日本は「お願いします」と頭を下げた。その姿勢がとてもまっすぐで、オーストリアは心地よいものを見るかのように目を細める。並び立つと日本の小柄さが際立った。制服のときには見えないうなじの白さに、イギリスの胸がどきりと高鳴る。何だこれは、と早くなっていく心臓を押さえようとイギリスは胸に手を当てた。顔が熱い。
「綺麗なお庭ですね。薔薇の花がとても鮮やかで」
「ああ、イギリスの庭園ですよ。彼はガーデニングが趣味ですから」
「そうなんですか。きっと本当は、優しい方なのでしょうね」
血管が逆流したのかと、イギリスは思った。ですが私は、と日本のしとやかな声がする。
「私はイギリスさんに、嫌われてしまっていますから」
薔薇バラな休日
日本嬢→初対面でかなり失礼なことを言ってしまったので、イギリスには嫌われているに違いないと思ってる。謝らなきゃと思う一方、あまり会いたくないなぁとも思ってるので波風立てずスルー。
イギリス君→初対面でかなり失礼なことを言われたが、玉子焼き効果もあって最近うっかり忘れつつある。周囲が日本とどんどん仲良くなってきているので焦りも感じ、「お、おまえが望むなら友達になってやってもいいぞ!」と言いそうな勢い。
2007年10月28日