「昼休みの学食と購買は戦場なんだぜ!」
今更ながらに韓国のその言葉が思い出されて、日本はしみじみと納得してしまった。昼食の戦争なんて漫画の中でしかありえないだろうと思っていたのだが、実際はそうでもないらしい。食券の自動販売機には長い列が出来ているし、カウンターではその食券を掲げて受け渡しの争奪が行われている。購買の棚に並べられるパンは端からすぐさま消えていくし、まさに戦場だと日本は思わずにいられなかった。男子生徒が揉み合い圧し合い争って、「プロイセン、てめー卑怯だぞ!」という怒鳴り声や、「ロマーノ、席取っといてやー!」という叫び声まで聞こえてくる。女生徒はこの争いに勝ち目はないと知っているのか、並んでいるのは飲み物の自動販売機の列だけだ。ここまで来れば、すごいと感心してしまう。
しかし今日の日本は、その争いの中に入っていかなくてはならない。持ってきた弁当はアメリカに食べられてしまった。中国と韓国が分けてくれると言ってくれたけれど、成長期の二人(一人はとっくに終えていると思われるが、とりあえず外見上)に気を使わせるのも申し訳ない。購買でパンでも買ってきます、と言って教室を出てきたのだけれど。
「まさか、これほどとは・・・・・・」
呟きすら自分の耳に届かない。いっそジュースだけで済ました方が良いのかもしれない。あまりの戦場の激しさに、日本はそう判断して踵を返した。すると背後にいた男子生徒の胸に額をぶつけてしまう。慌てて顔を上げれば、見たことのある背の高さに気がつく。
「あなたは・・・・・・」
隣には小柄な男子生徒もいて、日本はあぁやっぱり、と心中で納得する。
「おめぇは・・・」
「亜細亜組一年の日本と申します。先日はご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした」
「日本さんですかー。僕はフィンランドです。こちらはスウェーデンことスーさん。二人ともヨーロッパ組の二年です。猫ちゃんはお元気ですか?」
「はい。ギリシャさんが飼っていらっしゃるらしくて、昨日も遊びに来てくれました」
「そうなんですか。今度よかったら僕にも触らせてください」
「ええ、是非」
フィンランドと名乗った小柄な生徒と、ほのぼの会話が続く。しかしスウェーデンはじっと日本を見下ろして、ぼそりと低い声で呟いた。
「なじょした?」
「なじょ・・・? あぁ、えっと、パンを買いに来たのですけれど、あまりに混んでいるのでどうしようかと思っていまして」
「日本さん、スーさんの言葉が分かるんですか? すごいです!」
「いえ、私の国にも同じような方言があるので、何となくですけれど」
「ん」
「あぁはい、分かりました。日本さん、ここで少し待っていてもらえませんか?」
「? はい」
すぐに戻りますから、とフィンランドとスウェーデンはそれぞればらばらに歩いていく。それにしても「ん」の一言でスウェーデンの言わんとしたことを理解したフィンランドの方が凄いと日本は思う。以心伝心というか、熟年夫婦のやり取りをまざまざと見せ付けられた感じだ。邪魔にならないよう壁際に寄って、何とはなしに学食を眺める。みんなそれぞれ楽しげに昼食を取っているが、一部は何故だか怒鳴りあったり蹴散らしあったりしている。これだけ国が集まれば仕方がないのかもしれない。
購買の方に視線を移せば、そこらの男子生徒より頭半分くらい背の高いスウェーデンの姿がすぐに見つかった。パンの棚にのしのしと近づき、上から手を伸ばしていくつかを掴んでいる。その鮮やかな獲得ぶりは背の低い自分には決して出来ない。いいなぁ、と日本が思っていると、スウェーデンはレジに並んだ。無表情な顔をしながらも、ちゃんと順番を待っているのがどこか可愛らしい。思わず口元を緩めていると、紙パックのジュースを抱えたフィンランドが帰ってくる。
「どうかしましたか?」
「あ、いえ。・・・・・・スウェーデンさんって、可愛い方なんですね」
「そうなんです、そうなんですよー! スーさんは怖そうに見えるけど、実は可愛い人なんです!」
ぱぁっと顔を輝かせて、フィンランドは「今まで分かってくれる人がいなかったから嬉しいです!」と自分のことのように感激している。きちんとレシートまで貰って戻ってきたスウェーデンは、にこにこと笑っている日本とフィンランドに首を傾げたが、袋の中からサンドイッチとメロンパンを取り出して日本の手に落とした。
「やる。くわっせ」
「え?」
「ジュースはオレンジでいいですか? 牛乳と苺オーレもありますけど」
「え? ・・・・・・え? いえ、そんな! そんなことをしていただくわけには・・・!」
「いいんですよ、これも何かの縁ですし。それに女の子がお昼の購買で買い物するなんて、羊が狼の群れの中に放り込まれるようなものですから」
どうぞどうぞ、とフィンランドは意外な押しの強さでオレンジジュースのパックを日本の手に握らせる。ん、とスウェーデンもサンドイッチとメロンパンを日本に持たせ、満足そうに頷いている。労せず手に入ってしまった昼食に日本は戸惑ったが、好意を拒むのも失礼だと考え、せめて御代を、と財布を取り出そうとした。けれどそれもフィンランドに止められる。
「これは僕たちからのお礼です」
「お礼されるようなことは何も」
「えーと、じゃあ猫ちゃんを華麗に助けた日本さんに敬意を表してってことで」
うんうん、とスウェーデンも頷く。微妙に腑に落ちないが、これ以上聞いても答えは得られないのだろう。そう判断し、日本は丁寧にパンとジュースを抱え込んだ。
「ありがとうございます。スウェーデンさん、フィンランドさん」
「さすけねぇ」
「僕たちこそありがとうございました」
クラス別の分かれ道まで共に歩き、ひらひらと手を振られて別れる。やっと教室まで戻ると、先に食べていてくださいと言ったはずなのに、中国と韓国が弁当に手をつけずに待っていた。その気遣いが嬉しくて、日本は小走りで彼らの元に駆け寄る。韓国が目ざとく日本の持っているメロンパンに気がついた。
「それ! 購買で大人気のマスクメロンパンなんだぜ!」
「そうなんですか?」
「限定10個で、置く端から争奪の始まる品あるよ。よく手に入ったあるね」
「えっと・・・・・・よく分からないんですけれど、親切な殿方二人が買ってくださいました」
微妙な顔になった韓国と中国を前に、違う意味で首を傾げている日本は知らない。スウェーデンとフィンランドの「お礼」が何に対してだったのかを。それがスカートを翻して降り立った女生徒に対しての眼福の礼と謝罪であることなんて、これっぽっちも知らないのだった。
学食の王子様たち
WW学園二年ヨーロッパ組、スウェーデン君。無口で無愛想で強面のため周囲から距離を置かれているが、本人はマイペースでいたって害はない。何故か東北訛りの言葉を話す。同じクラスのフィンランドと仲が良い。
WW学園二年ヨーロッパ組、フィンランド君。おっとり穏やかな性格をしているが、ネーミングセンスの無さが玉に瑕。小柄で誰に対しても礼儀正しく、敬語を用いることが多い。同じクラスのスウェーデンと仲が良く、彼の良き理解者でもある。
2007年9月30日