フランスは自他共に認める美しいもの好きだった。芸術品はもとより、それは生き物にも当てはまる。美しいものはそれだけで国宝に指定すべきだし、その美を保つためなら並大抵のことはしてやってもいい。そんなことすらフランスは思っていた。そしてその美の基準が人間に、しかも異性だけでなく同性にも適用されてしまうのが彼の困ったところだった。
そのフランスは、ようやく至近距離で対面することになった日本を見下ろし、腹の底から満足していた。アジア独特の美貌は中国も持っているけれど、やはり女の子はその上を行く。しかも相手は日本、大和撫子だ。結婚するなら日本人の女性がいいというのは、世界中の男に広く知られている事実である。しとやかでありながら忍耐強く、男を立て、尚且つ芯があって美しい。男の理想をまさに体現しているのが日本女性だと言われており、その日本女性の鏡のような少女が今、フランスの目の前にいる。見上げてくる漆黒の瞳に吸い込まれそうで、フランスは喜悦に唇を緩めてしまった。挨拶に手を差し出した彼は悪くない。
「Bonjour, Mademoiselle」
しかし握った手の甲に唇を落としてしまったのは拙かった。包み込めてしまう手は小さく細く、触れた肌は絹のように滑らか。美味い、とフランスが味を占めそうになった瞬間。
彼は顎にものすごい衝撃を受け、意識を手放した。



そよそよとささやかな風が頬を撫でる。瞼の向こうから差し込む光は柔らかく、どれもが緩やかに眠りから引き上げていく。薄く開いた視界に空が映り、そこでフランスは首を傾げた。動いた拍子に顎がずきりと痛み、思わず呻き声をあげてしまう。
「気がつかれましたか?」
フランスを太陽から遮るように、女生徒が真上から覗き込んでくる。ヨーロッパ人よりも純度の高い、碧色の髪と言うらしいそれを見て、あぁ日本だとフランスは気がついた。イギリスをけちょんけちょんにしたという噂の美少女が、何故そんな困りきった顔で自分を見下ろしているのだろう。それに何故自分は中庭らしきところで、日本に膝枕をされているのだろう。確かにとても美味しい状況ではあるのだが。痛む顎に手を伸ばしながらフランスはぼんやりと考える。
「大丈夫ですか? まだ痛むでしょうから、どうかこれを」
「あぁ・・・悪いな」
水の絞ったハンカチを寄せられ、フランスも大人しく受け取る。何故自分がこんなところで寝ているのか、ようやく思い出してきた。何故日本がここにいて、心底申し訳なさそうにしているのかも。想像通り、彼女は膝の上のフランスにぶつからないよう頭を下げた。
「先ほどは大変失礼をいたしました。いくら驚いたとはいえ、フランスさんに手を上げてしまうなど許された行為ではありません。申し開きのしようもありません」
「いや、いいパンチだったぜ」
「本当に申し訳ありません・・・・・・」
目元を朱に染めて頭を下げる日本に、フランスは込み上げてくる笑いを堪えきれない。こんなに愛らしい少女に、先ほどフランスは顎に一撃を食らわされ、ノックアウトさせられてしまったのだ。いくら不意を突かれたとはいえ、フランスもそれなりの場数は踏んできている。その自分の上を行った日本に、そういえば俺たちよりも年上なんだよなぁ、と今更なことを思い返した。
「先ほどの行為は、その、挨拶だとは分かっていたのですが、身体がつい」
「そういや中国が前に、アジアにハグの習慣はないって言ってたっけな」
「はい。特に私の国では、接吻や抱擁は愛し合った者同士がする行為とされています。欧米の方にとっては挨拶なのだと頭では理解しているのですが・・・・・・」
「いや、今回は俺が悪かった。ごめんな?」
「いいえ。私こそ申し訳ありませんでした」
もう一度頭を下げてから控え目に微笑んだ日本は、目の肥えたフランスから見ても十分に愛らしい。制服に包まれている身体は欧米の女性に比べれば貧相だが、これはこれで趣がある。というか日本の顔で豊満な身体というのも想像できなくて、フランスは匙を投げることにした。日本はどう見ても少女だったが、すでに完成しているのだと培った美的感覚が告げる。
「挨拶が遅れちまったな。俺はフランス。ヨーロッパ組の三年だ」
「亜細亜組一年の日本と申します。フランスさんのお噂はかねがねお聞きしておりました」
「中国からか? あいつ、どうせ碌なこと言ってねぇだろ」
「さぁ、どうでしょう」
忘れてしまいました、と唇に指先を当てて日本は笑う。その様は一転して艶やかで、またしてもフランスは目を見張った。少女でありながら女でもある。まさに生きる美術品だと思う一方、確かにこれはイギリスの手には負えないだろうと納得した。あれは変なところで真面目だから、日本の手の内で転がされるのが落ちだ。
「実は、フランスさんとは一度お話してみたいと思っていたのです」
「俺と?」
「はい。パリは芸術の都とも言いますし、何よりフランス料理についてよろしければご教授願いたいと思っておりまして」
日本が嫌がっていないのを良いことに、フランスは膝枕から退かないことにする。試しにごろりと転がってみると、頭が落ちないようにそっと手を添えられた。そのままよしよしとまるで子供にするかのように撫でられて、思わず目を瞬いてしまう。
「あぁ・・・日本も料理は美味いよな。繊細さにおいては俺のとこよりも上なんじゃないか?」
「いえ、そんな。フランスさんにそう仰っていただくほどのものでは」
「器なんかもすげーよな。一つ一つ形が違うし、一重に皿とかいってもいろんな色や形があるだろ? そこらへん日本は独特だよな」
「ありがとうございます」
褒められて嬉しいのか、はんなりと日本は目尻を染める。髪を撫でる手は優しく温かで、母親っていうのはこういうものかもしれない、と思い、フランス自身そんな自分に驚いた。目を瞠ってしまって、日本が不思議そうに見つめてくる。逸らすことが出来ずに固まっていると、漆黒の瞳はすぐにふんわりと和らいだ。
「フランスさんって」
ぐるぐるし始めたフランスを他所に、日本は笑う。それがまた少女の顔のくせに包容力を感じさせるものだから、フランスの思考回路は切断された。
「フランスさんってお聞きしていたよりも、ずっと誠実な方なんですね」
どこをどう見てどう考えてそんな結論に到ったのかは知らないが、フランスにもこれだけは分かっていた。自分は日本に勝てない。勝てやしない。
男という生き物は総じてマザコンが多く、包容力のある女性には甘えたくなってしまうのだから。





愛の伝道師 VS 大和撫子






まぁでもあれだよな、綺麗で若い義母ってのは男の憧れだしな!
2007年9月23日