「やぁ、日本君。いつまで待ってても来てくれないから、会いに来ちゃった」
そんなのほほんとした声で、のほほんとした笑顔で、のほほんとた空気で一年亜細亜組におそロシア様ことロシアは訪れた。今日は韓国の用意してきたビビンバ弁当を食していた日本と中国は、彼の登場に思わず立ち上がって身構える。韓国のスプーンからキムチがぼてっと転がり落ちた。
「ロシアさん・・・っ!」
「な、何しに来たあるかっ!」
「何って、日本君に挨拶に来たんだよ。待ってたのにいつまで経っても来てくれないんだもん」
『だもん』じゃねーよ、と中国と日本は思った。女の子にあるまじき言葉遣いと態度だが、ロシア相手に温和な日本は存在しない。アジアの中でも日本と中国はロシアとそれなりの因縁がある。韓国も苦手としている節があり、三人にとってロシアは近づいてきて欲しくない相手ナンバーワンだった。しかしその上を行くのがロシアクオリティ。
「あ、美味しそうなご飯。僕も食べたいな」
「おっおおおおまえにやるキムチはないんだぜ!」
「そっか、残念」
ロシアの登場で、もはや他の亜細亜組の生徒たちはそれぞれ壁や窓に張り付いている。彼らに視線を走らせ、それでいいと日本は思った。若い彼らにロシアの相手をさせるのは酷だ。これほど関わらない方がいい相手も珍しいだろう。
「久しぶりだね、日本君」
目の前に歩み寄ってきたロシアは大柄で、小柄な日本は首が痛くなるほど見上げなくてはならない。屈する意志がないことを示すために視線を合わせて返事をする。
「・・・・・・お久しぶりです、ロシアさん」
「やっと学校に来たんだね。会いたかったよ」
「私は会いたくありませんでした」
「何度も会いに行こうと思ったんだよ。僕と君の家は道路を挟んで隣同士なんだし、いつでも会えると思ってたんだけど。でもアメリカ君に取られるくらいなら、夜這いでもかけておけば良かったなぁ」
「なっ!」
「それではアメリカさんに感謝しませんとね。彼と出会えたからこそ、私はあなたの来訪を拒むことが出来たんですから」
思わず声を上げた中国を遮り、日本は先に言葉を返す。自分と中国では、中国の方がロシアに弱いことを日本は知っている。これはおそらく陸続きかそうでないかという差なのかもしれない。心配そうに視線を向けてくる中国に頷きをひとつ返して、日本は一歩前に出た。ますますロシアが近くなる。
「日本君、アメリカ君と付き合ってるの?」
「そう見えますか?」
「ううん、見えない」
「じゃあそうなんじゃないですか」
「そう、良かった。もしも付き合ってたらアメリカ君に喧嘩を売っちゃうところだったよ」
にこにこと変わらぬ笑顔を浮かべながら物騒なことを言い捨てる。ロシアの後ろでふらぁっと男子生徒が倒れたことで、日本は彼が取り巻きを連れてきていたことに気づいた。眼鏡をかけた男子が「ラトビアー!」と倒れた生徒の肩を揺すっている。こんな間近くでの悲鳴も耳に入らないところがまたロシアクオリティ。
「あ、そうだ。僕の友達を紹介するね」
いらんタイミングで振り返るところもロシアクオリティ。ひいっと眼鏡の男子が怯え、彼と気を失っている生徒を守るように優しげな風貌のもう一人が顔色を悪くして立ちはだかる。
「あれー? ラトビア、どうしたの?」
「いえ! ちょっと、その、体調が悪かったみたいで・・・っ」
「そうなの? 気をつけてね」
心配しているのは本当だから性質が悪い。「あいつら苦労してるんだぜ」という韓国の呟きに、日本も中国も頷いた。
「まぁいいや。倒れているのがラトビア、眼鏡をかけているのがエストニア、そしてこの子がリトアニアだよ」
「は、はじめまして、日本さん。お噂はかねがね・・・・・・」
申し訳なさそうに挨拶してくる男子生徒、リトアニアに、一体どんな噂を聞いているのか日本は尋ねたかった。しかしそれは自らの首を絞めるものだと分かっていたので、にこりと愛想笑いを返す。彼女の憎きはロシアであって、彼の取り巻きではない。
「はじめまして、リトアニアさん、エストニアさん、ラトビアさん。日本と申します。ロシアさんのお守、ご苦労様です」
「嫌だなぁ、日本君。僕は子供じゃないよ」
「そうですね、子供よりも厄介ですものね。まったく図体だけ大きくなって中身は相変わらずなんですか、あなた」
「日本君も相変わらず小さくて可愛いよね。そろそろ僕のものにならない?」
「お断りします。私は髪の毛一筋に到るまで、すべて私自身のものです。あなたのものになる日など未来永劫来ませんのでお引取りください」
はっきりと日本が言い切ると、ロシアの後ろでリトアニアが驚愕に目を瞬いている。ラトビアを抱えているエストニアなど、眼鏡の奥の目が尊敬に煌いていた。そのどちらも、あのおそロシア様にここまで言う日本に対して「すごい」という感想を抱いているのだろう。あはは、とロシアは今までよりも嬉しそうに笑う。
「それでこそ日本君だよね。じゃあ今日は大人しく帰ろうかな。今度は一緒にプラニャキでも食べようね」
「お断りします」
「食べようね」
「・・・・・・飲み物がウォッカじゃなくてロシアンティーなら、お付き合いしてもいいですよ」
いつまでも拒否しているとそれこそ夜這いに発展しかねないので、妥協案で頷くとロシアは「絶対だよ」と嬉しそうに約束して教室から出て行った。エストニアがラトビアを背負ってその後についていく。リトアニアは深々と頭を下げた。
「すみません・・・ご迷惑をおかけしました・・・・・・」
「まったくあるよ」
「お疲れなんだぜ!」
「あなたもロシアさんのお相手で大変でしょう。どうかお身体にはご自愛くださいね」
優しい言葉を受けて、リトアニアは思わず泣きそうになってしまった。同情されることには慣れているが、日本からの言葉には特に労わりの念が込められている。ありがとうございます、とリトアニアはもう一度頭を下げて、ロシアの後を追うべく教室を出た。ようやく息がつけるようになって時計を見れば、すでに昼休みは半分以上過ぎてしまっている。
「あいつのせいでビビンバが冷めたんだぜ!」
韓国が心底怒りながら、スプーンを高々と突き上げた。
極寒皇帝 VS 大和撫子
WW学園二年ヨーロッパ組、リトアニア君。ロシアの取り巻きの一人であり、三人の中ではリーダー的存在。同じクラスのポーランドと仲がいいが、ロシアに逆らえない日々が続いている。温和が不幸に繋がる人。
WW学園二年ヨーロッパ組、エストニア君。ロシアの取り巻きの一人で、最近は交友関係を広げつつあり、独立も視野に入れて考えているとかいないとか。同じクラスのフィンランドと仲良し。
WW学園一年ヨーロッパ組、ラトビア君。ロシアの取り巻きの一人で、ロシアの近くにいると常に恐怖に身体が震えてしまう。不慮の事故に遭う率が高い、可哀想な人。
2007年9月14日