やってしまった、と日本は心の底から後悔していた。小走り程度だった足も今は全速力に変わっており、廊下の生徒たちが一様に避けていく。やってしまった、とぐるぐるそればかりを思いながら、日本は己のクラスであるはずの教室のドアを力いっぱい開いた。クラスメイトの中に見覚えのある姿を見つけ、ぶつかるように抱きつく。
「に、日本!? どうしたんだぜ?」
日本からしてみれば弟分の韓国は、それでも筋肉質な身体で倒れることなく抱きとめてくれた。学校では久しぶりに会う日本がいきなり自分にしがみついてきて驚いているのだろう。「どうしたんだぜ!? 何で泣いてるんだぜ!?」と韓国は矢継ぎ早に質問を繰り返す。その胸に顔を埋めて、日本はふるふると小さく頭を振った。
「日本ーっ! 大丈夫あるか!? 泣いてねーあるか!?」
「泣いてるんだぜ、兄貴!」
「あああ、やっぱりある! 英國にいじめられてるって聞いて来れば・・・・・・っ」
僅かな沈黙の後、おどろおどろしい声に変わる。
「・・・・・・今度こそあの小童、殺ってくるある」
「だ、駄目です、中国さんっ! 私なら泣いてないですから!」
展開の先行きが暗雲であることに慌て、日本が韓国の腕の中で顔を上げる。その視線が一年のクラスに乗り込んできた中国とばっちり重なった。今にもイギリスの元に駆けていこうとしていた中国の顔つきが途端に妹を心配する兄のそれに変わる。
「日本、大丈夫あるか!? 痛いとこあったら言うあるよ!」
「そうだぜ! イギリスに謝罪と賠償を要求するんだぜ!」
「い、いえ、大丈夫です。すみません、私こそ心配をお掛けしてしまって・・・・・・」
「妹を心配するのは当然ある!」
「姉を心配するのは当然なんだぜ!」
「・・・・・・ありがとうございます」
ふわりと日本が微笑む。先ほどイギリスに見せたようなものではなく、頬をうっすらと喜色に染めての微笑はとても愛らしいもので、中国と韓国も釣られてほっと気を緩めた。中国が優しく日本の髪をすいてやれば、恥ずかしさからか僅かに目元を赤くする。
「それにしても日本、一体英國と何があったあるか? 誰かと揉めるなんて事なかれ主義のおまえらしくねーあるよ」
「・・・・・・大したことじゃありません。イギリスさんの領土のお誘いをお断りしただけで」
「兄貴、やっぱりイギリスは敵なんだぜ! 日本の起源は俺なのに、日本を領土にしようなんて100年早いんだぜ!」
「100年じゃあっという間あるから、あと9900年加えるある。だけどそれくらいじゃおまえはここまで動揺しねーある。全部話すあるよ、日本」
顔を覗き込まれ、瞳をまっすぐに見つめられるように説かれ、日本は僅かに唇を尖らせる。身体はまだ韓国に抱き締められているままなので逃げ場もなく、日本は諦めて小さな声で答えた。
「・・・・・・名前を聞いたら、我慢できなかったんです。イギリスさんは、中国さんに酷いことをした方ですから」
「日本・・・・・・」
「だからつい言い過ぎてしまって・・・・・・。ごめんなさい」
瞼を震わせて俯いた日本に、中国は柔らかく微笑んでその頭を抱き寄せる。艶やかな髪に頬ずりをして、「日本は阿呆あるなぁ」と笑った。
「そんなこと、おまえが気にしなくてもいいあるよ。謝る必要もねーある」
「そうなんだぜ! むしろ日本が言ってくれて俺もすかっとしたんだぜ!」
「韓国、おまえも阿呆か。英國はあれでも生徒会長あるから、敵に回さねーに越したことはねーある。我のせいでおまえたちが睨まれたら、そっちの方が苦しいあるよ」
「・・・・・・でも」
「でもも何もねーある。おまえたちみたいな弟妹がいて、我は十分に幸せ者ね」
ぽんぽんと頭を叩いて顔を上げさせ、中国は日本のほっぺたを指で優しく摘む。拗ねるように眉を顰めた日本に中国はもう一度笑った。韓国も覗き込み、同じように声を上げて笑う。
「よく学校に来たあるね、日本。これからは毎日一緒に弁当を食べるあるよ」
「そうなんだぜ! これでようやく三人揃ったんだぜ!」
「・・・・・・はい。よろしくお願いします、中国さん、韓国さん」
溢れんばかりの信頼を表情に載せて、日本も微笑んだ。「おまえは可愛いあるねー」と中国はぐりぐりと日本の頭を撫で、韓国が「兄貴兄貴、俺も撫でて欲しいんだぜ!」と主張し、変わらない兄弟の姿に日本はもっと幸せそうに微笑んだ。





介入不能の歴史と愛情






WW学園一年亜細亜組、韓国君。中国と日本の弟分。兄姉大好き。欧米は嫌な奴が多いんだぜ、とか思ってる。
WW学園三年亜細亜組、中国君。生徒会役員で日本と韓国の兄的存在。かつてヨーロッパ組のイギリスと喧嘩し、麻薬漬けにされてぼこられた過去がある。今は立ち直り、弟妹とシナティに愛情を注ぐ日々。学園のどの生徒とも多少なり交流がある(中華街)
2007年9月2日