イギリスの朝は登校してくる生徒のチェックで始まる。己が会長を務める生徒会室の窓から校門を望み、己の領土である生徒たちの状態を確認し、新たに領土としたい国をリストアップする。制服の襟元からちらちらと覗く首輪の数を数えていると、見慣れない生徒がいることに気がついた。体格の良い周囲に紛れ、小さな女生徒が俯きがちに校門をくぐってくる。にやりとイギリスは元ヤンらしい笑みを浮かべて立ち上がった。
「まぁ、植民地はいくつあっても構わないからな」
ちらりと一瞥した窓の向こうで、女生徒は昇降口へとまっすぐに向かっていた。



「おい、そこのおまえ」
一階と二階の階段で、イギリスは踊り場から鷹揚に呼びつけた。目が合えば領土にされる、とばかりに他の生徒たちはイギリスから必死に目を逸らし、それぞれ壁際に引っ付いている。その中を女生徒は一段一段確かめるように階段を登ってきていたので、見つけるのは容易かった。自分を前にしても反応を示さない様子に、おそらく新たに出来た国なのだろうとイギリスは当たりをつける。髪の色と肌の色からして亜細亜組か、と。女生徒は緩く顔を上げて左右を見回し、そして僅かに首を傾げた。
「・・・・・・私、ですか?」
瞳まで黒い、とイギリスは妙なところに感心する。同じ生徒会メンバーである中国も黒髪と黒目を持っているが、それよりも目の前の女生徒は柔らかな印象をかもし出していた。感情を悟らせない顔が、どこかあどけないからかもしれない。
「ああ。おまえ、名前は?」
「・・・・・・日本と申します。あなたのお名前をお聞きしてもよろしいですか?」
「俺はイギリスだ。日本、おまえは今日から俺の領土になれ」
今まで何度となく告げてきた宣言を繰り返して、イギリスは一人満足する。この日本と名乗る少女の細い首に己の首輪が嵌るのかと思うと、どこか倒錯的で興奮を覚える。日本がさらに首を傾げると、黒髪がさらさらと彼女の肩を流れた。
「領土、というのは、植民地になれということでしょうか?」
「そうだ」
「でしたら、申し訳ありませんがお断りいたします。他の方を当たってください」
ひいっという悲鳴が階段に轟いた気がした。少なくとも、その場にいた他の生徒たちは心の中ではもっただろう。このWW学園の覇者と言われるイギリスの命令を拒否するだなんて。あの子の国は今日で終わりだな、と生徒たちは可哀想にという眼差しを日本に送った。けれど当の日本は相変わらず表情の読めない顔で、通学鞄を持ち直している。
「私は欧米の方に比べたら小国ですが、小国なりの誇りがあります。やすやすとそれを塗り替えられるわけにはいきません」
「・・・・・・おまえ、俺が誰だか分かってるのか?」
「イギリスさん、ですよね? ですが相手がどなたでも私の答えは変わりません。私は、私以外の誰にも支配されない。力ずくでと仰るのなら受けて立ちもしましょう。私の矜持は何物にも砕かれない」
想像していたのと異なる反応に、イギリスは眉を顰める。そこでようやく日本が表情を変えた。瞳を細めて唇の端をほんのりと吊り上げたそれは、おそらく笑顔だったのだろう。しかしそれにも気づくことが出来ず、どくりとイギリスの心臓が大きく鳴った。反射的に息を呑み、足を引きかけて思い止まる。自分が目の前の女生徒に圧されたのだと、彼は認められない。くすりと微笑み、日本は唇を開く。
「それとも薬を使って私を屈服させますか? ―――中国さんにしたのと、同じように」
放たれた言葉に、今度こそイギリスも、周囲の生徒たちも息を呑んだ。公然の秘密とされているイギリスの所業を、日本はあっさりと指摘した。それも恐怖にではなく、挑発に使った。イギリスの顔が明らかに歪む。
「・・・・・・中国の領土なのか、おまえは」
「いいえ。中国さんは私の兄であり、師です。・・・・・・お話が以上でしたら、失礼してもよろしいですか? さすがに初日から遅刻したくはありませんから」
手首を返して腕時計を見つめ、少しだけ早口で日本は言う。答えを聞くよりも先に彼女は「失礼します」と頭を下げて、イギリスの隣をすり抜けた。ほとんど足音のしない歩きに、反射的にイギリスは振り返って日本の手首を掴む。首よりも細い手首はイギリスの指が回りきる。折れそうだと思った瞬間、腕を逆回転させられることで拘束は外された。そこらへんの女生徒よりも長い、規定のスカートが視界の中で翻る。
「・・・・・・急ぎますので」
黒い瞳がイギリスを見下ろして、駆け足で視界から消えていく。予鈴のチャイムが鳴ることで、固まっていた周囲の生徒たちも我先にと教室に向かって走り出した。イギリスはひとり、階段の中央で立ち尽くす。
ぎり、と握り締められた拳は、紳士のそれではなかった。





元ヤン VS 大和撫子






WW学園三年ヨーロッパ組、イギリス君。
生徒会長を務め、校内に「領土」を作っては植民地を増やしている。下僕はいても友達はいない。かつて亜細亜組の中国君と喧嘩し、麻薬に溺れさせてからぶちのめした過去がある。悪人に見られがちだが、基本はツンデレでピュア。元ヤン。

2007年8月26日