好戦的






とん、と地面を蹴る音は意識しなければ聞こえなかった。姿が消えたかと思うと足元に影が映り、上か、と見上げた瞬間に銀の刃が降ってくる。銃で受け止めれば撫ぜられることで先を変えられ、引いた引き金は無駄に宙を撃つ。漆黒に包まれた肢体が反転し、するりと首に何かが絡みつく。気がつけば脳天を中心に舞っていて、意識は叩きつけられた地面に奪われた。静かに着地した日本は、そのまま右手の日本刀をくるりと回す。いくつかの音が響いて弾丸が弾かれた。前髪と、布に覆われた口と鼻。合間から僅かに覗いている白い肌の中で、ただ闇色の瞳が鈍く光る。
「・・・・・・それが貴様の実力か、日本」
愛用のライフルを構え、銃口はまっすぐに相手を捉えている。身体には予備の弾丸がたすきのようにかけられ、軍服の内にはデリンジャーやサバイバルナイフを帯びている。スイスの前で、日本はゆっくりと立ち上がった。常の白い軍服とは異なり、黒一色で染め上げられている身体は細い。しなやかさを帯び、スピードとばねに満ちている。
戦ってみようじゃないか、と言い出したのは果たして誰だったか。日本の足元に転がっているアメリカではなかったか。たまには全力を出し合い、拳を交わそう。もちろん本当に殺すのは無しで、遊びだよ。だけど本気でやらなかったら怒るからね。いい、日本もだよ。八つ橋なんかで包んだりしたら怒るからね! その無邪気な提案が、今の現状だ。
す、と僅かに日本の足袋が移ろったのを見止め、スイスは反射的に連続して引き金を引いた。しかし弾丸は残像に巻き込まれて消え、逆に飛んできた針のような金属が銃口に突き刺さる。暴発する。判断してライフルを投げ捨て、左から繰り出される蹴りに備えて両腕を立てた。捕まえ、投げようとすれば軽々と受身を取って距離を保たれる。無機質な表情からは一切の行動が読み取れない。感情がないから次の手が推測できない。機械だと判ずるには応用に優れており、相手の先を読む手腕はいつもの日本と変わらないから厄介だ。
「我輩の家で訓練をしたときは、まったく本気を出していなかったということか。我輩ともあろうものが舐められたものだな」
挑発にも反応は返らない。黒目がちの瞳は興味さえ浮かべてはおらず、現状は面倒くさがっているのだろう。そういえばこのゲームが始まる前、ロシアが日本と対戦したがっていたのをスイスは思い出した。勝ち残っているに違いないあの大国は、日本のこういった面をおそらく知っていたのだろう。ヨーロッパで残っているのは、あと何人か。トルコは流石に立っていたが、相対していたのは中国だった。アジアはスイスたちの常識から外れた何かを有している。それは逆も言えただろうが、今はもう遅い。
「何とか言ったらどうなのだ、日本」
「・・・・・・八つ橋を捨てろと、アメリカさんが仰ったもので。ですが本音を語ると今後の外交に支障が出ますから、何も喋らないのが一番かと判断しました」
「ふん。素直に喋る貴様など不気味なだけなのだ」
「そうですね。だからこそ行動で示そうかと思いまして」
声は後ろから聞こえた。前の姿は囮だったのかと判断するも、遅い。首筋を押さえつけられ、足払いと同時に片足を取られ反る形になる。背骨か、とスイスは身体を捻ったが、一撃は避けられず脇腹に激痛が走った。拳であるため血は流れない。それだけの理性は未だ残しているのだろう。眼前で暗い瞳が輝く。覆面に隠された唇が弧を描くのが、分かった。





目覚めさせた、あなたが悪い。
2009年8月4日(2009年9月12日再録)